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封魔十六

 

「お前には期待していない」


 そう言われたのは、私の能力が人族並みだとわかった時でした。


 封魔一族にしてはひどく体は貧弱。外にでることすら危うい状態で、私は不良品のハンコを押されました。

 幸いそれで虐げられることは一族柄上なかったけれど、私はずっとひとりぼっちになってしまいました。


 家はとても厳しく、こんな私相手にはもう関わらないようにと、ほかの子たちにも言い渡されます。はじめはそんなことを無視して会いに来てくれる子もいましたが、長くは続きませんでした。


 ――ひとりぼっち。


 外にも出られず、暗い家の中で、いったいなにをすればいいのか、どうすればいいのか。


 非力がゆえに恐ろしい父に逆らうこともできません。

 ……今でも、思い出すことさえ恐ろしい、父の怒鳴り声。


 思わず涙が出ました。

 助けて、助けて。

 そんなことを呟きますが、当然誰も来ません。


 きちんとした食事を与えられ、ふさわしい教養を受け、しかしひた隠しにされる私の存在。

 そんなふうに年月が経つにつれて、多少は体は丈夫になり、外にでることぐらいはできるようになりました。


 ……でも。


 他の方々の楽しげな声が聞こえます。

 そちらを覗いて、話しかけようとして……躊躇します。

 私はなにもしりません。どういうことをすれば仲良くなれるのか、どうやって話しかければいいのか。


 私が知っているのは天から降ってくるような父の厳しい声と、淡々とした家の従者の教育口調。


 私はひとり、暗い家の中に戻ります。

 なにも、しないまま。


 その時は偶然かなんなのか、従者のひとりも家にはいませんでした。

 だからでしょうか、ひとりの男の子が、正面から扉を開けて、家の中に入ってきました。

 本当は部外者は、入れないはずなのに。


 彼は私と目を合わせ、きょとん、とした表情をします。

 私は他者の存在に怯え、顔を背けます。どうしたらいいのかわからなくて、なにをすればいいのか知らなくて。


「いっしょに、あそぼ?」


 彼は首をかしげながら、そんなことを言います。

 まるでそれが正しい言葉なのか、確信がもてないかのように。


 それが自分に向けられたものだとほんの少し、遅れてから気づきました。

 思わず慌ててしまって、


「私、ですか?」


 当然、私に言っているに決まってます。


 彼はおかしそうに笑いました。


「ほかに誰か、いたりする?」

「えーと、その、あの」

「外にいこうよ」


 彼が私の手を握ります。

 私はよくわからないまま頷いていました。


 明るい日光が目に突き刺さります。

 それに思わず手をかざし、


「どうして」

「ん?」

「どうして、ここに来たんですか?」


 彼はばつの悪そうな笑みを浮かべました。


「さっき俺たちのことみてたでしょ?」

「あっ……」

「なんだか寂しそうだったからさ。お父さんとお母さんに言われたんだー。困ってる子を見つけたら助けるのが封魔一族だ! って」


 彼は元気よくそう言いました。


「あの、あの。ありがとうございます……です」


「へんな喋り方」


 と彼は快活に笑いました。


 私はなにがへんなのかわからず、首をかしげます。

 たしか、「です」とつければ丁寧な喋り方になるはずです。


 突然強い風が吹きます。

 巻き上げられる髪を抑え、空を見上げました。


 驚くぐらい、綺麗な空でした。

 いままで気づかなかったけれど、木々のざわめきや、澄んだ空気の感触は、とても綺麗なものだと思いました。


 いろいろな音が聞こえます。

 景色は鮮やかに感じられ、ああ、私は今嬉しいんだ、ということがわかって。


「空、綺麗ですね」

「うん、結構俺は空とか好きかもしれない」

「いつも見上げれば上にありますよね。色とかが、私も好きです」

「うん、気が合うねー」


 そんなことを話して、私は彼の手をほんの少しだけ強く握ります。

 たぶん、嬉しくて自然と力が入ったのでしょう。


 彼はなにかをごまかすように手を握っていない方の手で頬を掻きます。


「俺、カルマ。君の名前は?」

「私は――」


 その時、足元の石につまずき、私は転んでしまいます。

 大慌てで彼が私を抱き留め、ほっと溜息。


「聞こえましたか?」

「うん、いい名前だ」


 彼は優しく、そう言ってくれました。



 ◇



「どーっしったの♪」

「わっ」


 突然の急襲にあった。ジャスミンだ。

 とっさにジタバタともがき、脱出。


「逃げないでぇー」

「いろいろと無理だ!」


 昔はそれでもよかったのかもしれない。

 けど……今はいろいろとまずい。いろいろと。


「どこにいくの?」

「今日から本格的な戦い方を学べって、番人様に。格上を倒す想定をしろとかなんとか」

「あー……そういや今日からか……」


 考え込むような表情。

 それがなにか気になって、なにかを言おうとした。

 だが先に口を開いたのはジャスミンだった。


「カルマ、昔のこと、どれぐらい覚えてる……?」

「昔のこと?」


 両親のこと。

 番人様に死ぬほど鍛えられたこと。

 ……ずっと孤独だったこと。


 俺の幼少期といえばだいたいこんなことが占める。

 あまりいい時間ではなかった。楽しい時間なんてろくになかったし、ひとりぼっちでいることに気づくと、どうしようもない気持ちになった。


「……ふつう、かな」

「じゃあ、私との思い出はある?」


 困惑する。あるにはあったが、あまり多くはない。

 実際に会ったのは三回とか、それぐらいではないだろうか。

 けれど、ジャスミンは、俺に優しくしてくれた。そのことをいまでも覚えている。それと、そこぬけの明るさに、少し、元気づけられたことも。


「三回ぐらい会ったことがあったっけ?」

「やっぱり、かー」

「……?」

「もっと会った回数は多いよ。最初の頃はお姉ちゃんって呼んでくれてたしね」

「そうだっけ?」


 ジャスミン、だとか、ジャスミンさん、としか呼んだことがない気がする。口調は今とかわらないが、今は立場というものを知っているから、さん、づけで呼ぶようになった。


 でも、子供のころならそんなものも気にしなかっただろう。そのなかでいろいろな呼び方をしていたとしても、自然なことだ。


「大事なこと、忘れてない?」


 真剣な目でそう言う。

 大事な、こと。彼女はいったいなにを言おうとしているのだろう?


「おかしいと思ったんだよ。なにも聞かれないし、ちょっと探ってみてもまともな反応はないし。……バンは知っててほっといたみたいだけど」

「どういうこと?」

「ほんとうに、思い出せないの?」

「……ごめんなさい」


 咎めるような言い方に、少し怯む。

 こんな風にジャスミンに言われたのは、初めてのことだった。


 彼女が怒っているわけではないことは、わかっている。

 どちらかといえば、必死になっているような、感情の漏れ。


「はあ」とジャスミンはため息をつく。


「ごめんね。カルマはなにも悪くないよ。きっと環境のせいだからねー。なにより、頑張ってるでしょ?」

「そう、かな」

「まあたぶん、なるようになると思うし、大丈夫かな」

「う、うん」


 慈しみ深い聖母のように、ジャスミンは微笑む。


「忘れてしまうほど辛かったんだね。でも大丈夫だよ。これからはきっと良くなる。ううん。きっと、もうよくなってきてるはず」

「……うん」


 俺が過去、辛かったこと。

 それは事実だ。

 でもそのことを誰かに泣きつこうとは思わなかったし、許されてもいなかった。


 不思議な気分になる。

 慰めてもらって、大丈夫だよって言われて。


 だが、なぜ、ジャスミンは俺のことをこうも気遣うのだろう?

 しかも、こんなに急に。


 ――「忘れている」とジャスミンは言った。


「あの、ジャスミンさん? 忘れてるって、なんのこと?」

「言ってもいいんだけど、それじゃあ実感がわかないだろうしねー。まあ、実際に思い出す機会が来て、自然に思い出したほうがいいと思う」

「自然に?」

「うん。もうすぐそうなるはずだから」


 そうなのだろうか?

 まあ、ジャスミンがこういうのなら間違いないのかもしれない。彼女は信頼できるから。


「それともうひとつ……」

「うん?」

「……悪気があったとか、そういうのじゃないから、許してあげてね?」

「……? えーと、わかりました」

「よし♪」


 機嫌よさげに、ジャスミンは笑う。


「いってらっしゃい♪」

「行ってきます!」



 ◇



 よく風の通る平原に出た。

 武術を教わるという話だから、正面からの戦いに最適な場所を選んだということだろう。

 いつもは封魔一族として、森で番人様にいろいろ教わることが多い。


 武術、なんて言葉を聞くと連想するのは鋼の名門だ。

 彼らは封魔一族特有の「武器は鎌しか使えない」というルールを無視できる存在だ。その性質は人族に近いといえる。


 武術は人族のものであるから、俺が教わるとしたら鋼の名門からではないだろうか? 

 そんな予想を立ててみる。


 いったいどんな過酷な訓練が待っているんだろう。

 吐くぐらいきついのは嫌だなあ、と思う。


 でも番人様はずいぶんとこの修行を重要視していたみたいだし、それぐらいは余裕でありそうだ。


 筋肉マッチョな武闘派と地獄の訓練……。

 鞭とかで死ぬほどしごかれそうだ。これは俺の考える鬼教官のイメージなんだけど。


 ……バカなことを考えた。

 こんなことを考えていられるのは余裕があるからだろうか?

 いや、ただの現実逃避だ。


 ――人影が見えた。


 どんな人物なんだろうと、シルエットを覗く。

 それは予想していたような筋肉質な体型をしていなかった。

 むしろ細く、その雰囲気は――。


 女、だった。

 そいつが誰だか、俺は知っている。


 俺を救ってくれた恩人。封神龍樹の下で出会った少女。


 ――秘境のお姫様。


 まっすぐな瞳が、俺を見つめる。


「こんにちは」と彼女は言った。


 どぎまぎしながら、俺は答える。


「よ、よろしくお願いします」

「普通の口調で大丈夫ですよ」

「ええっと」


 それでいいんだろうか、なんて考える暇はなかった。


 綺麗な指先が覗く。

 手をかけるは仮面。

 それがずらされ、その表情が見えるようになっていく――。


 ――綺麗だった。


 透き通った白い肌。

 氷のような冷たい美貌。

 この世のものとは思えない、超俗的な雰囲気。


 流れるような金髪も、魅入られそうになる翡翠の瞳も。

 完璧すぎるぐらいに、整っていた。


「私のこと、覚えていますか」


 そんな人物が、そう言った。


 ――頭が刺激されるように、酷く痛む。


 封神龍樹の下で出会ったことだろうか。

 なんだかそれは、少し違う気がした。


 どこまでも冷静に見える彼女。でも本当は、なにかを期待しているような、そんな表情で。


 ――忘れている、とジャスミンは言った。


 俺は何を忘れているのだろう。

 いや、ほんとうはもう、わかっているはずだ。


 ジャスミンが言った言葉。孤独に過ごした幼少期。

 暖かさを知っていたから、孤独は辛かった。

 ほんとうなら壊れてしまうはずだった。でも、そうはならなかった。


 子供がひとりで泣いている。

 怖い怖いと、どうしようもなくおびえている。


 ――ずっと一緒にいようね。


 そう言ってくれた子がいた。

 最初はむしろ、彼女がひとりぼっちだった。

 俺はそんな彼女の手を引いて、外に連れ出して。


 子供のころの拙い感情。

 でもたしかに、それは大切なものだった。


 そうだ。俺にとって誰よりも大切なひとで、いつの間にか消えてしまった存在。


 最初はなんでもない存在だった。

 次は俺が狂うのを防いでくれたような大切な存在だった。

 そして俺の目の前から去り、過酷な現実のみが残って――。


「なあ」と俺は言う。


 彼女は小首をかしげた。

 記憶の影が、なにかと重なる。

 それだけで、俺はなにも言えなくなって、振り払うように首を振った。


 そういえば、と思う。

 ほかにもずっと一緒にいた存在があった。

 そいつは俺の作った妄想人格で、『空がそこにあるように、ずっと一緒にいられる存在』として名前を付けた。

 ソラちゃん。そう、ソラちゃんという名前だ。

 だがこれはおかしいのだ。なにかが、決定的におかしい。なぜ、こんな名前なのだ? ほかのものでもよかったはずだ。

 しかし、あえでこんな名前になっているのは『都合がよすぎる』気がした。


 ――ずっと一緒にいようね。


 そんな言葉が脳内で繰り返され、それで。

 ……ようやく、納得がいった。

 ソラちゃんとは、単なる代替品だったのかもしれない。

 忘れてしまったけど忘れないように、そのために存在した、思い出の保管場所。

 ずっとおかしいと思っていた。妄想友人なんて、不自然な存在だって、でも、それがないと、辛くてたまらなかった。


 目の前の現実を理解する。

 翡翠色の瞳を持つ彼女。

 幼いころに「ずっと一緒にいようね」と約束をしてくれた女の子。

 その子には、名前がある。


 俺はそれを告げられた時、「いい名前だ」と言った。


 ――その子は空が好きだった。


「……ソラファ?」と消え入りそうな声で言う。


 ずっと一緒にいられるための妄想人格。

 ずっと一緒にいようね、と固く結んだ約束。


 ……思い出したのは、誰よりも大事な子の、名前だった。



 ◇



「覚えていて、くれたんですね」


 彼女はうしろを向いていた。


 なんの感情もたたえていないような冷静な声。

 でも実際は、そうではないのだろう。


 ――ほんとうに? それはただ、俺が期待してるだけじゃないのか?


「私があなたの師をすることになりました」


 聞きたいことは山ほどあった。

 いままでどこにいたのか、とか。

 なぜ会えなかったのか、とか。


 混乱した。あまりにも多い情報が俺の頭の中に流れ込んできて、どれもそれは大切な記憶で。


 ずっと、ずっと辛かった。

 両親に見捨てられた。ひとりになった。けれどそんな俺を救ってくれる子がいた。


 けれどその存在は、いつのまにかいなくなっていた。

 一度助けられて希望を得たのに、また絶望した。


 ――だから忘れることにした。


 俺は最初からひとりぼっちで、忌み子で、誰にも受け入れられない。

 そう考えたほうが、いっそのこと楽だったから。


「なあ、君は――」


 どうして? 


 そんな言葉を飲み込んだ。

 俺が聞いてしまっていいことなのかわからない。

 思わず、久しぶりに出会った彼女を目の前にして、なにを喋っていいのかわからなくなる。


 彼女はいったいどれぐらい覚えているんだろう?

 約束は、どうなったんだろう?

 彼女からなにか言ってくれるはずだ。それが話せる内容ならば。


「そういうことで、まず、武器を取ってください」


 俺が考えるうちにも話は進んでいく。

 俺は少しためらったあと、武器を構える。

 武術を教えてもらうときいたから、ちゃんと自分の鎌を持ってきていた。


 魅惑的な弧を描く刃。


「……もちもちはつけないのか?」


 訓練ならば、相手を傷つけないように武器に細工をする必要がある。

 もちもちを刃の部分につけて、殺傷能力を皆無にする。

 そうでなければ危なくてとても訓練なんてできない。

 実刃を使うの悪魔で練習をするときだけだ。


「いりませんよ。鈍い刃では真の意味で学ぶということはできませんから」

「……そのままでやるの?」

「はい。ちゃんとケガをしないようにするから大丈夫ですよ」


 そういう彼女は、どこまでも冷静で。

 ただ淡々と事実を言っているだけという口調だった。

 俺が手加減される側だと、言っていた。


 たしかに、ソラファは今日から俺の師だ。

 だが、少し不満を感じた。

 ここまで無茶な鍛え方をしてきた俺が、同世代に負けるわけがない。


 吐くような時を耐え、血豆をつぶし、呪いのような言葉でなんども立ち上がった。そんな苦しみ抱いてここまで強くなったのだ。なのに俺と同じような実力がいるなんて……思いたくもない。


「では、構えてください」


 ソラファは美しい声音でそういった。


 ――その手に力の渦が顕現する。


 ソウルウェポン。

 封魔一族の精鋭に与えられ、とてつもない力を秘めた武器。

 魂との契約を行い、使えるようになる、壊れれば使用者も発狂する諸刃の剣。


 ソラファはまだ第一次成長期のはずだった。

 詳しい年齢は思い出せない。だが少なくとも、俺よりも年が上ということはないはずだ。


 姿を現した武器は、剣だった。

 通常、封魔一族が使う大鎌ではなく、剣。

 彼女は鋼の名門なのだろうか?


「――いざ」


 言いたいことも何もかも、その気に飲まれて沈黙した。

 とてつもない強者の雰囲気。そうとは見えないのに、恐ろしいほどに強いのがわかる。


「尋常に」


 ソラファが飛び出す。

 それは早いというよりも動き出しが見えない、そういう歩法だった。

 番人様に倣った、死神の歩法とよく似ているが、まるで違う。


 振るわれる剣。

 それを正面から受け止めた。


 力は大して強くない。

 このまま押し返して――。


 ――ぬるり、と滑るような感覚。


 気づけば手から大鎌が落ちていた。

 手首が少し傷んでいるのがわかる。


 いったいなにをされた?


「私が女だから、手加減しましたね?」


 厳しくソラファが言う。


 確かに、ただ受け止めて押し返そう。そんな甘い気持ちだった。

 ただ防御に徹していたから、攻める気がないのがわかっていたから、つけこまれたのかもしれない。

 ……あまりにあっさりとしすぎていて、実感がわかない。


「優しいことは悪いことではありませんが、今は不要です。さあ、もう一度です」


 なにも言わせてもらえないまま、再び対面。

 お互いに距離を取って、出方をうかがう。

 確かに彼女は強い。しかし、それでも……。


「甘い」


 剣閃がきらめく。

 たった一撃。重くもない、しかしあまりにも早い一撃。


 本来ならまだ負けるような段階ではなかった。不利に追い込まれるようなものでもなかった。

 なのに、次の一撃でやられる。

 直感がそう言っていた。


「……っ!」


 下がる。距離を取って立て直す。

 手を抜ける相手じゃない。なんでこんなにもと思うほど、ソラファは強い。


 彼女は追撃してこなかった。


「いいんですか、そんな調子で。その程度の思いなら、番人にはなることは叶わないでしょう」

「……なんだって」


 挑発めいた一言。

 不思議なぐらい、腹が立った。

 理不尽なぐらい、ソラファは強かった。


 おかしいのだ。少なくとも彼女は俺と同等以上の力は持っていて、それは同世代ならば絶対に獲得しえない強さのはずで……。

 星装気で身体能力を上回ったごり押しでもない。

 なのにこれは、おかしいのだ。


 俺の持つ強さは、血と汗と、流すことを許されなかった涙を含めた努力の結晶で。

 決してひとりでは成立できない。そういうあまりにも辛すぎる道を超えて手に入れた力だ。だから誰かが、強制的にやらせる必要がある、強引なまでに引き上げられた能力。


 そんなこの強さを超えている? ばかな、ありえない。

 それは認められない。俺の今までが、否定されることになる。


 俺がどんな気持ちで自分を鍛えたのかなんて、誰にもわからない。呪いのような言葉をかけられながら、見捨てられることに怯えながら、戦い続けた俺のことなんて、わかるわけがない。


 しかし、彼女は「その程度の思いでは番人にはなれない」と言った。


 俺よりも強い彼女にだからこそ、言われたくない言葉だった。


「――負けるものか」


 現時点では劣っているという事実が焦燥感を駆り立てた。

 ひとつひとつ、自分を縛るものをといていく。

 おどろおどろしい妄執めいた執念を展開していく。


 けれど星装気の封印だけはとかなかった。それは番人様と約束したことだから。


 ――狂気に近い、のぼせくるような思い。


 やけに頭が冴えわたる。一歩一歩が、普段ではできないような最適なものへとかわる。


 俺は一歩、踏み込んだ。


 ――激しい鋼の音。


 剣と鎌の奏でる、歯ぎしりに似た不協和音。


 すぐに引き、次の一撃へ。


 ソラファがわずかに目を細めるのが見えた。

 ぐん、とさらに一歩前へ。


「俺が番人になれないだって?」


 息もつかせぬ連撃。

 一撃は常に次へと繋がり、広い範囲の攻撃がいまかいまかと絡みつくチャンスを狙っている。


 彼女が少し微笑んだ気がした。それでいいんだと、全力で向かってくるのが正しいんだと、いわんばかりに。


 酷く腹が立つ。彼女の余裕に、それに勝てない自分自身に。


 ソラファは最小限の動きでそれをかわしていた。

 剣先ではじき、受け流し、はらう動作。


「次はこちらからいきます」

「……ぐ」


 途端に流れが変わった。

 俺の攻撃は通用しなくなった。

 円を描く剣撃が、振り回される大鎌を打ち払う。


 視界の外からのびる一撃も、最初から知っていたかのように防がれた。

 徐々に、徐々に追い込まれ、攻撃をする暇がなくなる。


 連続の突きを柄を回してはじいた。


 四方八方から繰り出される剣戟。


 返しの刃が目の前を通り過ぎていく。

 かわすと同時に体をひねって柄で殴りつけた。


 ソラファがその場で回転し、その攻撃をはじく。


 少しぐらいバランスを崩してもいいものだが、彼女は完璧だった。


「よくやりますね」

「舐めるな!」


 押しつぶされるような心境になる。

 どうしてここまで、こんなことになるなんて。


 ――なにかが俺を誘っている。


 力があった。

 絶対的なことが約束されていて、あまりにも強大な力が。


 轟々と燃え盛る門。

 その門をくぐるわけにはいかなかった。

 だが、少し俺はそこに近づいた。

 一歩、前へ。


 時間の流れがゆっくりになった気がした。

 目の動き、足の角度。

 情報が流れるように脳へと入ってくる。

 万能感に似た高揚感。確実に俺は一歩上の段階に足を踏み入れたのだ。


 ――なのに。


 それなのに彼女の剣は閃きを失わなかった。

 すべてが少しだけ遅くなった世界のなかで、それだけはまるで干渉を拒否しているかのようだった。


「負けるわけには、いかないんだよ!」


 血を吐くような叫び声。


 体に回転を加える。

 タイミングを剣の動きに合わせてねじる。


 奇妙な力の流れがそれを相殺する。

 これでも互角、奇手を使っても動じることがない。


 影から飛び出すようにして死角からの攻撃を混ぜる。

 一撃一撃を重く、早く。


 ソラファは軽やかなステップで距離をうまくとっていた。

 近すぎず遠すぎない、彼女にとっての最適な距離。

 それを崩そうと後退のフェイントを混ぜる。ソラファとの距離が近くなる。


「終わりだ」


 その場で回転し、遠心力を加え、大鎌を振るう。

 生み出した運動が、剣をはじく――はずだった。


 それはぬるりと鎌から逃れ、抜け出した。

 慌てて身を引くも、体勢が崩れている。

 足に軽いローキックが入っていた。


 今度はソラファは待ってくれなかった。

 一撃が振るわれるたびに、不利になっていく状勢。


 片手で振るわれる剣が、どこまでもおいつめるように迫ってくる。

 それをよく覗き、見ていた。


 ふと違和感を覚える。

 ソラファのもう片手。

 それはなにをしている?


 波動のような感覚があった。

 それはソラファのもう片手から発せられていて、それで――。


 ――槍が飛び出す。


 武器の現出。もうひとつのソウルウェポン。


 必死で頭をひねってかわした。

 倒れながらの姿勢を躊躇なく狙われる。

 それで、終わりだった。


「……最後の一撃、よくかわしましたね」

「こ……の……」


 のど元に突き付けられた剣。

 土に刺さった槍。


 信じられなかった。

 そもそもソウルウェポンを二つ持てる封魔一族なんてそういないというのに、よりによって彼女が持っているのか。


 同世代なのに俺よりも強い、そんな彼女が。


 目の前が真っ暗になるような感覚。

 ここで俺が死ぬことはない。だが実戦ならどうだ?

 負けたのだ。当然、殺されるに決まっている。


 俺は忌み子なのに、それなのにほかの誰かに負ける?

 もはや、存在している意味がない。


 なんのために生きていたんだろう。

 どうしてあんなに苦しい思いをしてきたんだろう。


 ――目の前の少女は、俺よりも強かった。


「……どうして」


 怒りが身を包む。理不尽だと叫びたくなる。


「なんで……こんなに……」

「……」


 倒れた俺を見下ろしている。

 悔しくて手の中の土を抉った。

 どこまでも追い詰められた環境で自分を鍛えてきた。

 その中でも平気なふりをしていた。


 でもほんとうは嫌だった。苦しいことなんて嫌いだ。

 でもそれは必要なことだから、俺は番人にならないといけないから、受け入れた。


「大丈夫ですよ」とソラファが言う。


「私は歌姫ですから、番人にはなれません」

「……」


 そんなことが聞きたいわけじゃなかった。

 でもそれを聞いてほっとしている自分がいた。

 そんな本心を見つけてしまうと悔しくて、どうしてなんだ、と思ってしまって。


 悔しい。やるせない。


「もう……一度」


 おかしな力を振り絞ったせいか、頭が酷く痛んだ。

 もう、同じようなことはできないだろう。


 だが、まだ俺は戦わなくてはならない。

 何度でも立ち上がらなくてはならない。

 自分の存在の価値を証明するために。


 ソラファは迷ったような素振りを見せた。

 だが結局、頷く。


「いいですよ。今日は感覚を覚えてもらえればいいので」


 もう一度立ち上がる。

 おぞましいほどの集中力をたたえ、歯を食いしばる。



 結局その日、俺はソラファに勝つことはできなかった。



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