封魔十五
次の日の朝。
封神龍樹の下でぼーとしていた。鍵のかかっていないこじんまりとした家に入る。普段、番人様が過ごしている家だ。
椅子に腰を掛け、ぼーとする。
そろそろ番人様が帰ってきてもおかしくない時間だ。今日は修行の日程とか、そこらへんで今日打ち合わせをする予定なのだ。
辺りを見渡せば置手紙が置いてあった。
『お土産食べてね』
クッキーが置いてある。たぶん、人族の国で作られたものだろう。彫刻等はドワーフが秀でているが、味覚に関しては人族は強い。菓子類はそうとう技術が発達していると聞く。
おいしそうなクッキーだった。なんどか番人様からもらったことがあるが、めちゃくちゃおいしかった。頬が落ちそうなぐらい、っていう表現がぴったりなぐらいだ。
伸びていく手を抑える。
俺がすべて食べてしまっても、番人様は怒らないだろう。だが番人様と一緒に食べたかった。そういうことを思うと、なんとか自分を抑えられる。
封魔一族はカッコいいものが好きだ。例えば、なにかを食べたくても我慢しなければならないとき、『ここで我慢できたらカッコいいよな。誰かのために我慢するのって素敵だ』なんて思って、それを糧に我慢をする。
仲間思いも『なんかいいよな』という感情が関係していて、それでこんなにも結束力が強い。封魔一族はかっこつけの種族なのだ。
ということでお菓子の誘惑を乗り切り、目を逸らす。
……昨日のことを考える。
両親に会えなかったこと。会わないと決めたこと。
軽率な行動だったのかもしれない。いや、実際軽率だった。
昨日の行動でいったい誰が救われたんだ?
誰も、なにも救われちゃいない。まるで無意味な行動だった。それどころかなにもしなかったほうがよかったぐらいだ。番人様に止められたのに、わざわざ会いに行って……。
父さんと母さんが、ひょっとしたら許してくれるんじゃないかって思ってた。
絶対大丈夫だ、なんてすら思っていた。……もう、俺は昔みたいな子供じゃないのに。
目を閉じる。
所詮俺は、考えなしの子供だ。親の善意を盲目的に信じて、それに縋った。
もう、二度と間違わないようにしよう。せめて、それぐらいのことはしよう。
「やっほー! カルマ~」
「わ」
突然番人様が現れる。相変わらず陰術は大したものだ。こんな距離まできて気づけないなんて。
「どうしたの~。反応が鈍いよ? いつもならもうちょい早く気づけるはずなのに~」
「あ、うん。ちょっと考え事しててさ」
「たるんでおるな~」
わき腹をつつかれる。
俺は少し、無理に笑った。
くよくよして、いつまでも暗いのは嫌だったから。
昨日のことがなかったかのように、番人様は快活に笑う。
消化は俺に任せるのだろう。番人様らしいと言えば番人様らしい。
「さてカルマ。君の成長は順調だ。凡人じゃいくら努力しても到達できない域には入ってる。でも問題は――」
「ヘクトール、だな」
忌み子のせいもあってか、俺の能力はかなりの水準にある。事実として、同じ学園の生徒の中では圧倒的な存在となるだろう。
本来、これだけの能力に競えるものなどいないはずだった。忌み子と言う特性に加え、番人様による英才教育。これがそろっていて俺に勝てる奴なんてどんなやつだよ、と本来なら言ってやりたい。
最近、ヘクトールの様子を偵察してきた。
奴は明らかにおかしい量の星装気を纏っていた。傍から見れば、強すぎる気が奴自身を壊してしまいそうなほど、異常なオーラ。
星装気は身体能力をあげるがゆえに、もっとも戦闘能力に直結する部分だ。
ヘクトールの移動速度はとてつもないものだった。この目で見たものは、番人様までとはいわない。だけど、第二次成長期を迎えてしまえば……間違いなく、番人様を超える。
身体能力が戦闘のすべてではない。だが、重要な要因なのはたしかだ。俺はこの差をひっくりかえせるだろうか?
「そこでだね~。聞いて驚け、必殺技を編み出してきた」
「必殺技? もうあるじゃん」
すでに一つは持っている。『封魔一閃』と言う技だ。先々代あたりの番人が生み出した武技で、人族のものを封魔一族流にアレンジし、開発したらしい。
第一次成長期にしてすでにこれを使えるのは、俺にとって大きな誇りだ。だが、絶対にヘクトールもいつかは習得するだろう。そうなれば、俺のアドバンテージが消えてしまう。
「ちっちっちっ。甘いな~。いったろ、編み出したって。つまり、これは現段階だと俺にしか使えない。それを教えてやるって言ってんだ。ちょー有利になると思うよ~」
自信満々にそう言う。
それを聞いて、心なしか、わくわくしてきた自分がいた。
「どんなやつなの?」
「いや~これね。まじ覚えるの難しいと思う。封魔一族の弱点を克服する技とか、陰術を俺レベルのやつじゃないと使えそうにない技とか」
「とか? 一個じゃないの?」
にやり、と番人様が笑う。
「そうだね~複数習得してきたよ。完全オリジナルの奥義だ。その名も『三種の絶技』っていうんだ」
◇
『絶』と言う字は絶対的だとか、そういうすさまじさをなにかに装飾するうえで使われたりする。たしかに、それは『絶』と言うのにふさわしく、圧倒的だった。
「俺の存在、感じ取れた?」
「……まったく」
絶影。
それが番人様が生み出した技だ。ようするにこれは陰術の最終形態みたいなものだと言っていい。姿をくらまし、敵から察知されなくする術。
通常、封魔一族は『朧気纏い』という術を発動し、敵の目を欺くことができる。
注視しなければどこにいるかわからず、注視している場合でもおおよその方向ぐらいしかわからなくなるのだ。こうなれば、封魔一族の誇る身体能力のスピードと合わさって、容易に敵を殺すことができる。
今回の『絶影』はその朧げな存在感すら感じさせないのだ。闇に影が溶け、たしかに存在する質量を認識できなくなる、そういう術。
もちろん、不自然ささえ感じさせないのだからさらに容易に敵を倒すことが可能になっている。その、ある種反則的なこの技は、技の最終形態と呼ぶにふさわしい。
「これめちゃくちゃすごいんじゃないか? 封魔一族が、暁の執行者あたりが覚えれば最強じゃんか。集団のドラゴンにも勝てるようになりそうだ」
「まあね~それができれば封魔一族がドラゴン族を滅ぼせるぐらいの戦力は持つかもしれない」
仮にも部族の長が他種族を滅ぼす話をしてもいいんだろうか?
まあ、言い方的に実際にはできないらしいんだけど。
「暁の執行者で覚えられたのは三人。全員普通の封魔一族で、名門は全滅。能力が偏ったせいかな~? まあ、わからないけど並大抵の努力じゃ習得できない。才能だって必要だよ~」
「なるほど……」
俺は陰術に対しての適性が強い。番人様は俺なら習得できると踏んだのだろう。
期待に応えなきゃ。
「よくこんな技を生み出せたな……」
「まあ、俺って天才型だし? 能力の才能はそこまでだから工夫と戦術、武術による格上との競り合いを目指したからね~。俺が番人になる前の頃なんだけど、星の名門ってずるいよ。あいつら星装気の能力の高さに任せてごり押ししてくるからね? 単純な力比べじゃ、まるで敵わない」
あいつらほんとゴリラだよ、と番人様は言う。たぶんごり押しだからそう言っているのだろう。
「だからね~カルマの今の境遇が辛いのはすっごいわかるんだよね~。でも安心しろ! 力だけが、戦いの全てじゃない。技術による工夫こそが、今の時代では大事なんだよ」
そう熱心に言う番人様。いつもの彼を見ると身体能力も、すべての能力が圧倒的なのでわからないが、重視しているのは武術による戦い方らしい。
封魔一族は長年、武術による戦いの工夫を嫌っていた傾向があった。そんなものは弱者が使うものだからだ。
だが人族の騎士に、封魔一族の誇る精鋭が武術によって負けたとき、そういう古い考え方を見直さざるえなくなったらしい。
それは結構最近で、前代の番人の時代からだ。
俺がヘクトールに勝つとしたら武術の力しかない。だが、奴も武術はしっかりと学んでいる。
練度は俺の方がさすがに高いはずだ。だが、能力の差という壁が存在している。
しかし、
「これ、ヘクトールが覚えようとしても無理なんだよな?」
「もちろん。彼にはそこまでの適性はないからね~。星の名門にしてはなかなかやるけど」
星の名門も、法の名門も、能力が偏っているがゆえに強力なのだが、どれかの能力が低くなる傾向がある。
鋼の名門はいたっては、普通の封魔一族と違って鎌を武器にせず、鎖も朧気纏いも低い能力なので、いっそ人族に近いぐらいだ。
槍とか剣とか弓をを使う鋼の名門は、鎌ばかりを使う封魔一族にとって重要な存在なのだけど。
「よーし! 早速どうすればいいのか教えてくれ!」
「いや、たぶん今は無理かな。第二次成長期になって能力があがらないとさすがに無理」
「いやできる!」
「できない」
できなかった。
「で、もう一個のは被害がでるし、どうせ成長しないといけないから置いておいて……今からやってもらうのは遠距離攻撃だ」
「遠距離攻撃?」
封魔一族は鎖である程度遠くの敵を攻撃できるが、魔法や弓に比べれば射程距離は短い。
人間の魔力とよく似たものが封魔一族の星装気なのだが、これは魔力と違って放出するのにあまり向いていない。
なぜなら、星装気はすぐに大気に分散してしまうからだ。
魔法が使えるという意味ではちょっと人族がうらやましい。少しカッコいいし。
「じゃあどうやって? 飛び道具とか?」
「いや、お前鎌以外の武器だと拒絶反応出るだろう。無理やり剣とか使ってみるのか? いじめに近い過酷なレッスンにしかならないと思うよ。面白そうだけど」
怖いから面白そうとか言わない欲しい、と思った。
「まあ封魔一族だし投げナイフとか使うのは無理かー」
「うん、さすがにね。ということで使うのは星装気だ」
「それも無理がある気がするけど」
「ま、今からやるから見ててくれ~。あ、これ持ってて」
どこからともなく大鎌が現れる。
ソウルウェポンという魂と結びつかせて使える特殊な武器だ。
どこでも出し入れが可能で、超優秀な封魔一族は支給される。例えば、暁の執行者はみんなもっている。
その中でも番人になる者のソウルウェポンは特殊で、持ち主の能力をかなり上昇させる。番人が番人たるゆえんでもあるということだ。
「わわっ」
そういう武器を適当に放りなげて渡してくる番人様に慌てる。
いや、ちょっとやそっとのことじゃ壊れないし、壊れたら武器としてまずいのだけれど。
「その武器持ってるとちょっと反則だから頼むね~」
「だからって放り投げないでくれよ」
「そんなんで壊れるぐらいならとっくに俺は死んでるから大丈夫だって~」
「そういう問題じゃないって」
あはは、と番人様が笑った。
番人様が手をかざし、近くにある気に向けた。
そのてのひらに緑の気が集まっていく。
光の粒子の集約。
「絶魔」と人族の魔法のように、唱えた。
――矢が飛び出すように撃ち放たれる緑の気。
それはバキバキという音を立てながら、木をいともたやすく破壊した。
大木がゆっくりと倒れていく。
子供のように嬉しそうな顔で番人様こちらを見てきた。
「どう?」
「木がかわいそう」
「博愛主義かな?」
というのは冗談で。
「……なんか、常識を打ち破ってるよね」
「まあね~。さすが番人様!」
「自分で言うな!」
ほんとに革命的ではある。
だがこれには問題があった。
いますぐ、自然と思い当ってしまうような問題だ。
俺が懸念するのは……。
「そこそこ高い威力だけど、番人様でこれなら普通の封魔一族だとどれぐらいの威力になるの?」
「あちゃー気づくの早いね~」
番人様の放った一撃は、殺傷能力としては十分あった。しかし、番人様でこの程度の威力だったら一般的な封魔一族はどうなるのだろう?
番人様は自分のことを星装気の面でいえば、能力があまり高くないと言っていた。
しかし、それは昔の話で、番人になったら特殊な施術で能力が向上させられる。現在は星の名門以上に強い星装気を纏えるのだ。
それでこの威力だ。普通の奴が使っても、使い物にならないように思える。
「うーん、そだね~。絶魔は星の名門並みに星装気がないと使い物にならないだろうね~」
「普通の封魔一族だとどうなるんだ?」
「いやがらせぐらいかな~」
やっぱりそうなるらしい。
俺の星装気は番人様に封印されているが、それを解けば星の名門並みにはある。
まあ、遠距離攻撃ができるというだけで使い勝手がいいので覚えるべきだろう。不意打ちにもなるだろうし。
「じゃ、やってみて~。星装気で身体能力を強化する感じを、一点に集中させる感じで」
「よし、わかった」
目を閉じ、体中に神経を張り巡らせる。
自分の中のエネルギーを寄せていく。てのひらへ、一点へ……。
なんだかいけそうな気がしてきた。根拠はない。
だが俺は業魔を内に飼ってるのだ。能力は普通よりも高い。
つまり――。
「番人様」
「なんだい?」
「できそうな気がする」
「……まじ?」
いけるいける。
いままでこんなこと試したことがなかったが、これは俺と相性が良さそうだ。
よーし。
「絶魔!」
威勢良く叫んだ。
すかしっ屁みたい緑の気がへろへろと放出された。
「と、まあこんなこともある」
「無理すんな~」
あれー?
おかしいなあ……。
「絶魔!」
「なんか蛍の光みたいで綺麗だよね~」
蛍の光いうな。
察しの通り、俺の放った二発目も、淡く消えていった。
星装気は放出できているのだが、番人様のようにはいかないようだ。
「今日は調子が悪いな」
「言い訳するな~。てかお前今日が初めてだろ~」
さっきの根拠のない自信はなんだったのだろう?
「まあ、まだ時間はあるし」
「うん、いっぱい練習するといいよ~」
そういうわけで練習に練習を重ねた。
途中、番人様にコツを教えてもらいながら調整していく。
「妊婦の出産する声みたいなのがでてるぞ~」
「うるせー!」
「その不発の絶魔すごい綺麗だから子供に見せる喜ばれそうだよね~」
「ちくしょう!」
こんなことがありながら。
そろそろ疲れてきたところで休憩をとる。
当然だが、星装気は無限に生み出せるわけではない。
「いや~なかなかやるね~。調子に乗ると思って言わなかったけどあの不発のへろへろ弾も一日目からできる奴はそういなかったよ~。暁の執行隊の奴らなのにね」
「まあ、上手来なほうなのか」
一応できる方らしい。
「さて、時期的にできるようになったからなんだけど、他にも次のステップに進んでくよ~。武術関連だ。俺より適してる人がいるからね~」
「番人様より?」
「うん、ずっと旅をしてて、人族の技術を学んでたんだ。正直、正面からだと勝てないかも」
「……番人様が? そんなわけ」
「やや、なんでもありならもちろん俺は勝てるよ? なんていうか、俺と互角に戦う人族友達がいるんだけど、そいつに教えてもらったからめちゃくちゃ強いんだよね~」
「ん……まって、人族に? 互角?」
情報の中にさりげなく信じられないような言葉が出てきた。
番人様は正面から戦うタイプではない。だからその俺に武術を教えてくれる封魔一族が番人様と『正面から』という限定的な状況なら、番人様に勝つかもしれないというのはまだ納得できた。
だが、人族が番人様と互角? しかも言い方的になんでもありの戦い方で互角と言っているように聞こえる。
「あー、心配しなくてもそいつだけがおかしいだけで、他の奴らには圧勝できるから」
そんなことを言ったのが聞こえたが、にわかに信じられなかった。
あの人族が、番人様と互角? 身体能力の面で劣る人族が、封魔一族に勝てるとは思えない。
「人族が、ねえ……」
「そんなに衝撃受けてるの~? まあ、武術の力っていうのはすごいってことだよ~」
そうなのかもしれない。
……それにしても、ほんとうに驚いた。
「なあカルマ。お前って昔のことどれぐらい覚えてる~?」
突然そんなことを言い出す番人様。
思えば家族の話といい、番人様は俺の過去にほとんど触れない。
なぜだろう?
「うーん、そこそこ覚えてるかな」
「……」
「どうしたの急に」
「いや、まあ、すぐにわかると思うから」
いったいどうしたんだろう?
番人様が笑う。
沈んでいく夕日がなんだか今日と言う日の時間の経過を教えるように輝く。
「たぶん、お前はいい意味で驚くよ。たぶん、ね」
意味深に、番人様はそう言った。




