封魔一族七
「呪ってヤル」
悪魔の最後の声が聞こえた。
それがどうした、と思う。
お前は殺そうとしたんだ。だから殺されても、文句は言えないんだよ。
力尽きた悪魔の頭蓋を見る。
自分の中からゆっくりと抜けていくものがあった。
憎しみに近い殺意。妄執に近い集中力。
気張ったものをおろし、ゆったりとする。
ふう、と一息つく。
星装気の封印を解放せずに、なんとか悪魔を倒すことができた。
中級クラスの悪魔になると、なにかしら能力を使ってくることが多い。この悪魔は魔眼だった。
だが、俺の魔力耐性はかなり高い方だ。悪魔の魔眼は、通用しなかった。
近くにいる生徒の様子をうかがう。
疲れているようだ。投げた槍の回収もせずに、その場に座っている。
……どうしようか。
やっぱり、なにか話しかけた方がいいんだろう。
だが、もしも拒絶されてしまったら?
その可能性は高い。俺は星装気の面を除けば、本気で戦った。
レベルが違うと、感じたはずだ。そんな俺に、忌み子に、恐れを抱いても、なんら不思議ではない。
――どうしても踏み出せない。
誰かに拒絶される感覚。
化け物でも見るかのような、目。
俺は生徒の方を見ることができなかった。
「おーい、大丈夫かー」
そんなことを考えていたらあちらから声を掛けてきた。
怯む。俺はどうすればいいんだろう?
「……大丈夫だよ」
「いやいや、左腕、怪我してんだろ?」
とっさに負傷した腕を隠してしまう。
「ばか、一人で手当てできるのか? 手伝うよ」
「……なんで?」
「へ? いや、お前は俺を助けただろ?」
呆けたようにそう言う。
そういえばそうだった。
俺は悪魔の気を途中で感じ、分かれ道を右に曲がったのだ。そちらは試験のゴールではなかったが、誰かがそちらにいたら危険だと判断し、その道を行った。
結果、こうなった。悪魔が生徒を襲っていて、俺は悪魔を倒した。
生徒が俺の左腕の手当てをする。たぶん、骨が折れている。
そう伝えると彼は俺の腕を固定してくれた。
封魔一族ならこれぐらい三日で治るだろう。
「……ありがとう」
「ばっか、それはこっちのセリフだよ」
俺を見る目。
最初はそれが怖かった。でも、その目は笑っていた。
「俺、ライル。鋼の名門、ライル・メチラトスだ。お前は?」
「カルマ・ラジック」
俺は忌み子だ。それをライルだって知っているはずだ。
なのになぜ、彼は俺をさけないんだろう?
「お前よくやるよな! 一人で逃げればよかったのに。カッコよかったぞ。ありがとな」
ニカッと笑い、ライルはそう言う。
俺のことが嫌じゃないのか? と聞こうとして止めた。
たぶん、俺は心配しすぎたんだ。
「逃げないよ。封魔一族が仲間を見捨てるわけないだろ?」
「おう! それもそうだな! なにはともあれ」
ライルが手を差し出す。
「俺たちは友達だ。まったく、めちゃくちゃ怖かったぜ。サンキューな恩人!」
衝撃を受ける。
急展開だと思った。
いや……そんなことないのか。
コミュ力の塊だと思った。距離の詰め方。物怖じしない、そういう類の。
こわばっていたものが、取れた気がした。
「ああ、よろしく」
俺は彼の手を握る。
ようやくだ、と思う。
友達ができた。
悪魔を倒しに行ったのは打算ではなく、義務感に近かった。
俺にしかできない状況だったから、俺は番人を目指していたから、そうした。
でも、回り回ってこんなことになっている。
俺は嬉しくなって、少し笑う。
ライルも笑い返してくれた。
◇
「試験はドベかな? 俺たち」とライルが言う。
「まさか。さすがに事情を汲み取ってくれるさ」
「そうだよな。これは不公平にも程がある」
「一応、証拠として悪魔の体の一部を持って行こう。その方が説明がスムーズだ」
悪魔は死ぬと体がぼろぼろと崩れ落ちる。その体の大半は魔力が元でできていて、死ぬと維持できなくなるからだ。
だが、完全に消え去るということではない。
俺は片腕を負傷しているのでライルが悪魔の頭を運ぶ。
死してもなお、醜い姿だった。世の中を呪い、死んでいった物の怪。
だが、こいつは封魔一族を傷つけようとした。だから、容赦なんてしない。
罠を飛び越え、ミーファ教官のもとに戻る。
幸運にも他の生徒には会わなかった。会っていたとしても、遠く、顔を視認するのも難しいような状況にしかならなかった。
「……! カルマ! 怪我をしてるじゃないか!」
いきなり会うなり、ミーファ教官が声をあげる。
「大丈夫ですよ。ほっときゃ治ります」
「お前ほどのやつがどうしたんだ。まさか……ドジって転んだな?」
「違う……!」
もっと凄惨な理由だ。
「きょ、教官!」とライルが声をあげる。
「どうした。なにかあるのか?」とミーファ教官が答えた。
普通以上に厳しめの口調だ。
「そのですね、ダンジョンに悪魔がいました。これが証拠です」
ライルがミーファ教官に悪魔の頭を渡す。
瞬間、ミーファ教官から血の気が引いた。
「誰だ」と低い声。
――激怒していた。
誰が悪魔をダンジョンに導いた。誰が生徒を、同胞を、手にかけようとした。
そういう意味がこもっていた。
ふっ、とミーファ教官の体から力が抜ける。
「すまなかった。少し取り乱したようだ。私が責任をもって議会に提出しよう。後は任せるんだ」
今は落ち着いていた。
俺は少しホッとする。
ライルが手を挙げる。
「あのですね教官」
「なんだ?」
「……隠す必要はないじゃないでしょうか」
「うむ、確かにそうだな」
何の話だろう。
「姉さん、カルマは結構いいやつだったよ」
「そうだろう、そうだろう」
その会話で悟った。
つまり二人は……。
「えーと、姉弟なの?」
同時に頷く。そういうことらしい。
ミーファ教官の厳しすぎる返答も、これが原因だったのだろう。
身内びいきなんて言われれば、いろいろと困る。だから厳しめの対応をしていたのだ。
「ライル」とミーファ教官が言う。
「カルマは忌み子だ」
「うん」
「平気なのか?」
わざわざ口にしなくてもいい内容だった。そんなことを言われると、気まずい。
だがきっと、本当の狙いは。
「当たり前だろ?」とライルが笑い飛ばす。
「姉さん、カルマは俺を助けたんだよ。逃げればよかったのに、わざわざ俺を助けたんだ。仲間を見捨てない、なんて、いかにも封魔一族らしいじゃないか。そうだろ?」
ミーファ教官は笑った。
「そのとおりだな。話してみれば案外普通だろ?」
「そうだな。なにも変なところはない」
そう言ってライルは。
「なあカルマ。今まで避けててごめんな」
そう言った。
これだ。
たぶん、ミーファ教官はこれを言わせたかったのだ。
これからのしこりがないように、関係を清算する。
これからを気持ちよく過ごせるように、なんでも言い合えるように。
「わかってくれたならなんでもいいよ!」と俺は言う。
照れくさくて、少し上から目線な言い方かもしれない。
なんだろう。昔から、照れくさいとこうなってしまう気がする。
――ずっと一緒にいようね。
「まあ、そういうことだ」
ぱん、とミーファ教官が手を叩く。
丸く収まった。なにはともあれ、ひとまず安心だ。
「あ、ミーファ教官」
「どうしたカルマ」
「俺たちの成績はどうなります?」
少し考え込むミーファ教官。
「そうだな、まあ、少なくとも平均点以上だ。安心すると良い」
まあ、すべて丸く収まったのだろう。
◇
久しぶりに、家族の様子を見に行ってみた。
ほとんど接したことのない妹。
仲の良い父と母。
理想の家庭だ。そこでは争いだって、すれ違いだってあるかもしれない。
だが普通の幸せがある。互いが互いを大事にしている。
そこに俺はいない。だけど……。
遠くから見て、満足した。
母がこちらを振り返る――。
とっさに身を隠した。
まともに見ることができない。
――化け物を見る、目。
でも、俺はこの光景に満足している。
俺の家族は幸せで、理想の家庭で。
俺が納得している。
だから、これでいいんだろう。
俺は寮へ足を向ける。
悩むことなんて、なかった。
◇
今でもたまに夢を見る。
現実で起きた事だ。
俺は業魔で、両親を蹂躙している。
父が大鎌を振るう。
とてつもない早さだった。
――だが、まるで当たらなかった。
あざ笑うかのようにかわし、父を殴り飛ばす。
吐血し、倒れる父。
母の叫び声。
止まって、お願い、と。
愛している、と伝えている。
業魔は止まりはしなかった。
身を引きずりながら立ちふさがる父。
一瞬で吹き飛ばされた。
――業魔は笑っている。
と、突然。業魔の動きが止まった。そして母の姿を見る。
――化け物を見る、目。
夢はいつもそこで終わる。
次に立つのはとてつもなく強大な力を秘めた門だ。そこに至る道まで、緑の炎が導くように灯っている。紋章の描かれたゴブレットが、行く先を照らしている。
門が轟々と燃え盛る。緑の炎。星の力。
俺を待ち構えている。そこに踏み出せば、どうなるかがわからない。
なにも起こらないかもしれないし、発狂するかもしれない。
わかるのは、一度くぐれば戻ってこれないというだけだ。
「今はいい」と声が聞こえる。
知っている声。声は今、俺が通れば、失敗することを知っている。
俺は業魔の門を見つめる。
待ち構えている。飲み込もうとしている。そして……。
景色が変わる。
ここでは考えることができた。
俺は存在していいんだろうか?
誰からも嫌われているのに、価値がないのに。
思い浮かぶのは鍛錬の日々だ。血のにじむ思いだった。
ここまでしたんだ。せめて、少しでも報われたい。
だが、俺は忌み子だ。
俺は考える。
ライルと一緒にいていいのだろうか。
俺なんかが、俺みたいな奴が。
その考えを振り払おうとする。
自分を否定する考えは嫌いだった。そんなことをしても、ますます救いようがなくなるだけだ。
……でも、俺のせいで誰かが傷ついたら?
俺がどれだけ傷つこうと、まやかしなんだって、嘘を自分に言い聞かせることができる。
俺は不幸じゃないと、かわいそうなやつなんかじゃない、と。
だが、他人に対してはそれができない。
――俺は、ライルの邪魔になるかもしれない。
◇
「カルマ、一緒に飯くお」
「バッチ来い」
今日は給食の日だ。
自分で食べるものを決めれる日もある。だが毎日ではない。
席は自由だ。ライルと友達になるまではずっと一人で、寂しかった。
「さて」とライルはもったいぶった顔をする。
「じゃんけんの日だな」
「望むところだ」
嫌いなものを相手に移すことができる。
それが勝者に与えられる権利だった。
俺はピーマンが苦手で、ライルはニンジンが嫌いだ。
この前はライルがどや顔で俺にピーマンを渡してきたのでモッタン――もちもちに包んで泣きながら食べた。
「そうか、うまいか」とライルが言ったのを覚えている。
今日はニンジンがある日だった。
「覚悟はできたか?」
俺はライルに向かって不敵に笑って見せる。
運の勝負だが気持ちの持ちようというものがある。
「それは負けるやつが持つものだ。勝者には必要ないんだよ」
ライルはノリノリだった。
平気そうな顔でニンジンをかじってみせる。だが内心はそうではないと、俺は知っていた。
この勝負、絶対に勝ちたい。
「世の中にはジンクスというものがある」とライルは言う。
「なにいってんだ?」
「そこで流れ切るなよ! いいか、カルマお前は俺に何連続負けた?」
「二回だ」
「ああそうだ。こんなことわざ知ってるか。『二度あることは三度ある』。つまり、この勝負、俺が勝つんだよ……!」
キマった、という顔でそう言った。
彼は俺がとぼけたところを除けば、終始どや顔だった。実際はなにもキマっていないのだが、楽しいからどうでもいいことだ。
「ライルこんな言葉知ってるか……?」
俺もどや顔で勝利宣言をする。それが様式美だった。
だがなにも思いつかなかった。
「……知ってるか?」
「おう、なんか言えよ」
「……」
「おーい」
「ジャーンケーン!」
「なんか言えよ!」
俺は負けた。
「ああああああああニンジン嫌だあああああああああ」
「ふっ」
彼はクールに笑う。
許せねえ、と思った。
「カルマはじゃんけんの時に緊張しすぎだ」
「……というと?」
「そういう奴はグーを出しやすくなるんだと」
「なるほど」
そういうものらしい。なら、
「勝負関係なくじゃんけんしよう」
「いいぞ」
チョキを出した。
ライルはグーを出した。
「カルマ……お前、わかりやすいよな……」
「なんだとこのやろう……!」
じゃんけん仙人みたいなこといいやがって……!
俺はウサギのような気分でニンジンを食べる。
自己暗示は偉大だ。
例え嫌いなものでもおいしいと思えばそう思えてくる。嘘だ。
「お前は良く育ちそうだよな」
「俺はよく食べる家畜か」
「残念ながら愛らしさが足りない」
「俺の耳とかダメかな?」
「なんで耳!?」
ウサギのような気分でニンジンを食べているからだ。
俺は耳をひくひくと動かしてみる。なかなかできるやつがいない地味な特技だ。
ライルからは「ええ……なんか気持ち悪い」と評価してもらった。
ありがとう。
そんなくだらないことをしながら過ごす。
打って変わって楽しい生活。満たされている。
なにをするのもライルと一緒だ。授業のペアだって、ひとりじゃなくなった。
残念ながら、他の友人は増えなかったが。
これからの試験のパーティーもライルとの二人ペアにしてある。
ライルがそうしたのだ。前のパーティーは五人で、少し多かったから抜けてきたらしい。
でも、それは……。
ライルが俺の肩を揺さぶる。
「なあなあ、聞いたか、秘境のお姫様の噂」
「いや、知らないよ」
「なんだか出るって話だぜ。封神龍樹付近を遠くから眺めてたら、おっそろしいほどの美人がでるんだと。この世のものとは思えないほどって言う噂だ」
「なんだそれ」
ははは、とライルが笑う。
「会うと祟り殺されるらしいぞ」
「下手な怪談だなー。ついでに誰か死んだりした?」
「そういう話は聞かないな」
「だろうなー」
そういうものだろう。
「ああ、次は歴史の授業かー。だるいなあ」
「毎回寝てるけど大丈夫?」
「大丈夫さ。そこそこはこなせるほうだ」
歴史は、将来、何になるにしても、必要な科目だ。それをないがしろにして、大丈夫だろうか?
俺はもともと、かなりの土台があるから問題はない。お世辞と、頭がいいというわけではないので、授業中に覚えなおしたりしてるが。
授業中はライルの「おごっ」とか、変な声とか彼の姿を見て楽しんだ。この時期は鼻詰まりがひどいらしい。
彼の鼻息が紙でできたプリントを飛ばす。仲の良い人間の国との交易で手に入るものだ。俺は落ちたプリントを拾って、もとの場所に戻してやる。
歴史担当の教師の声がつらつらと続く。
封魔一族は五百年の歴史を誇る種族だ。
人間の大国が六か国あった時代、そのうちの二つが消えたころに封魔一族は現れた。
詳しいことは不明瞭。しっかりとした起源がわかっていないらしい。
それからしばらくして、人間の世界を平和に保っていた『賢者』と言う存在が動きを見せなくなった。以前は封魔一族は賢者と仲がよかったのだが、その頃から仲が悪くなったらしい。
これも原因は不明。歴史は穴だらけでわからないことだらけだ。
封魔一族は敵対しなければ、どんな種族ともそこそこ仲良く過ごす。逆に攻められたら容赦はしないが、人間の国が攻めてきたからといって人間すべてを嫌うわけではない。
思えば、封魔一族は比較的人間と近い生き物だ。
外見は似ているし、文化もドワーフやエルフほど激しい差異がない。
封魔一族、なんていうから人間かと思っていた、なんて奴も他の種族でいたそうだ。
確かに紛らわしい。封魔族、と名乗ればいいのに、なぜだか、頑なに『封魔一族』と名乗る。
たぶん、慣習なんだと思うけど。
そんなことをしながら過ごした。
今はとても、平和だった。
こんな日がずっと続けばいいのに。




