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ナギル2

齢が十になった頃、ひっそりと父に森まで連れてこられたことがある。そこで俺は父に何かの注射を打たれ、結果森のほとんどを氷漬けにした。


「これがお前の持つ力だ」と父は言った。


「ここは私の領地だ。ここで起きたことは誰にもバレない。だがしかと心に刻め。お前は本来この世にあってはならない存在だ」

「……父さん、なんでそんなこと、いうの……?」


今は夏場。木々は生い茂り、花は冠みたいに花弁に陽光を乗せていた。それが今はどうだ?

辺りは極寒の冷気に覆われ、陽光すらも拒絶するような固い氷が森一帯を閉ざしている。恐る恐る凍った花弁に指先で揺れてみると、氷細工のような花弁は触れた先から砕けて散って、消えていった。


――ただ凍っただけじゃない。


直感する。これは命を奪う氷の魔法だ。生命を上から覆うように、無理やり奪い取る、どこか悪意と敵対心に塗れた業に満ちた技だ。

自分がこれをやっただなんて信じられない。


「ナギル。お前、いつしか剣の教育係を殺しかけたことがあったな」

「……あれは」

「得意になるなよ。それはお前の前世の技だ。『風鈴喉喰らい』。風の魔力を剣に纏わせ受け流し、相手の喉へと剣を突き立てる殺人技。お前は本能的に人を殺したがるように生まれてきている。そしてこのありさまもそれを証明している」


父が氷に閉ざされた森を見やる。……寒い。命を拒絶する氷の魔法。発動した範囲はほとんど森全体。十の子供の魔法とは思えない。

死を感じさせるこの魔法の名は『アブソリュート・クレパス』。前世の俺――『極剣』と呼ばれる世紀の大罪人が良く好んで使っていた技らしい。


「ナギル。この世界の秘密を教えてやる。知っているものは知っている。私たち転生者は、人を殺せば殺すほど前世の記憶が戻り、また前世に近い力へと近づく。だから常軌を逸した強さをしているものの大抵は、人を殺しまくった殺人鬼だ」

「……俺もそうなるってこと?」

「いいやならない。そうさせない。そのために私はお前に伝えている。殺さなければ大丈夫だ。――しかし、お前は本能的に人を殺すように生まれてきている。『極剣』の残した呪いかなにかなのか。だがお前自体に罪はない。前世は前世。今世は今世だ」


父の厳しい言葉の裏に、優しさが隠れていることがなんとなく感じられる。

白髪に年季の入った皺。なにかを悩みぬいたかのように険しい目元。父はずっとそうだった。俺に厳しいことを言うが、それは貴族としての教育としての一貫で、俺のことを想っているが故の発言だった。

何度も何度も聞かされてきた。貴族には義務がある。富める者として、貧しいものを救い上げる責務を持て、と。


――それは例え自分を犠牲にしても、だ。


「自覚しろ。お前は本来この世に存在してはならないくらいに危険な存在だ。お前が全ての力を取り戻せば、まず間違いなく世界は滅ぶ。この規模の魔法を連発することも、規模を数倍に広げることも可能だろうから」

「わかったよ。父さん」


――父の愛情を疑ったことはなかった。


怖い人だった。厳しすぎると感じこともよくあった。それでも真面目に政務に取り組むその後姿が。疲れた状態でも必ず俺の状況を確認しにくる愛情深さが、父への信頼へと繋がっていた。母親は病気で他界していた。子供心にも、男親一人で息子を育てる苦労の多さはわかっているつもりだった。


父は灰色と虹色に鈍く輝く剣を俺に手渡す。こわばった武骨な手は、寒さのせいか力が入りすぎているように思える。


「『破滅剣』だ。魂そのものを斬る存在抹消の伝説の剣。魔法剣だから普段は魂の中へと収納されるだろう。これをお前に預けておく」


嫌な予感がした。その剣には美しさがある。長い年月を経て鈍くなった物特有の重厚感のある美しさだ。

破滅の剣。将来殺人鬼になる可能性のある子供に、渡していい物とは思えない。


「ナギル。お前は死ぬときは一人で死ね。お前は自分の身に危機が迫れば人を殺して力を求めるようになるだろう。だがそれは許されない。世界全体のために少数は犠牲になるべきだ。だからナギル。お前は死にそうになったら、この剣で一人で死ね。一人で孤独に、お前だけがいる場所で」


氷の世界で、父の冷たい言葉が俺の胸に刺さった。射殺すような目線が俺の目を突き刺す。逃げることは許さない、そんな目だった。


「父さん、俺、父さんの息子だよね?」

「……」

「父さん、父さんは自分の息子に……一人で死ねっていうの……?」

「……そうだ」


――父の愛情を疑ったことはなかった。


「うあああああああああああああ!」


――魔力が暴走する。


冷気が吹き上げ、俺を中心に棘だった氷柱が絨毯みたいに広がっていく。氷の塊が空気の水分を糧に発生し、顕現する氷の結晶が大気を斬り裂いた。吹き荒れる猛吹雪の中、俺は膝を抱える。『一人で孤独に死ね』。今がその時なのかもしれないな、とそう思った。


「怖いよ」


怖かった。


「死にたくない」


死にたくなかった。


その時、何かが包み込むように俺を抱き締めた。魔力の暴走は止まらない。その人物は何かに抗うように、獣のような叫びをあげていた。それは呼びかけているようでもあった。苦しそうに痙攣し、それでもなにかを叫び続けるその人物。氷に閉ざされた俺の心には届かない。


「目を覚ませ! お前は私の息子だ! ナギル!」


わからない。何もかもわからないはずが、その一言だけはしっかりと俺の耳に届いた。

いつだってそうだった。父は俺に期待していて、厳しさを向ける。私の息子なのだからこれくらいできて当然だ、と厳格に宣う。

それが嫌いじゃなかった。


吹雪はゆっくりと静まっていく。


「とう、さん」

「大丈夫だ。大丈夫だからな、ナギル」

「ごめん、ごめんね、父さん……」


父の体からは赤く血に染まった氷柱が何本か生えていた。その赤い氷細工のような様は、命を吸い取っているかのような悍ましさを放っていた。

それでも父は力強く俺を抱きしめ続けた。言葉はあまり多くない。それでも父の思いは確かに俺の胸に届いた。


「死なないで、父さん」


懇願するように俺は言う。果たして、父はそれに応えた。


「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか。ナギル。お前は私が言ったことを果たすように」

「うん、約束するから……!」


――父が震えている。


幼い頃父が弱っているか寒さのせいで震えているのだと思っていた。でも、最近そうではなかったと思うことが多くなった。


「俺は一人で死ぬ」

「ああ」

「破滅剣で、二度と蘇ることのないように」


父の固い抱擁の中、父の体を突き破って覗くその赤い氷の結晶を見て考えた。

決定的に間違えていたんだと。俺は生まれてくるべきじゃなかった。存在しちゃいけなかった。だって俺の暴走で、こんなにも親しい者でさえも傷つけてしまう。こんな奴が間違って生き続けていたら、きっと世界を滅ぼしてしまうに違いない。


――アイリ。


俺は生まれてくるべきじゃなかったんだよ。でもお前は違う。

俺は存在するべきじゃなかった。だが本来存在すべきじゃなかったというのなら。

生きていてはいけないのに生き続けたいと願うなら、俺は親しい者を守れるように在りたい。

その程度すらもできなければ意味がない。俺の存在する意味が。



一万字くらい


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