封魔一族六
鋼の名門、ライル・メチラトス。
それが少年の名だった。
対して期待されている立場ではなかった。
鋼の名門、直系の出ではあるが、五男という微妙な立ち位置。
おまけに二十以上年の離れた兄たちはとても優秀だ。
ライルという少年は気ままな性格だった。適当に班を作り、恵まれた能力で適当にその場をこなす。そういうことができるタイプだった。
分かれ道に差し掛かった時、それぞれ別れて探索をしようとしたのもライルの提案だ。
なに、どうせ死ぬような罠はない。誰かがたどり着いて、またここに戻って来よう。
「こっちは外れかな……」
体には罠に引っかかった痕跡こそあったものの、そこまで数は多くない。それが、彼の優秀さの証だった。
ふと、奇妙な感覚を感じてその方向に視線を向ける。
――どくん、どくん、と脈打つ黒いなにか。
それに興味を引き付けられた。封魔一族として、こんななにかが起こりそうなものは、見逃せない。
――それが大きく脈を打った。
ひび割れていく。まるで卵が割れるような、そんな情景が目に映る。
そしてそれは――醜悪な見た目をしていた。
「――は?」
あるはずのないものそこにある。現実感がない。
目の前にいるのは悪魔だった。
体が動かない。
悪魔の目が光る。強力な魔眼だ。まだ子供とはいえ、封魔一族に効果を及ぼすほど、強力な。
「……嘘だ」
目をいっぱいに広げる。
中級の悪魔だった。子供が絶対に太刀打ちできない。そういいう存在。
その眼から視線が逸らせない。
殺される、そう思った。
――音もなく、前兆もなく。
少年が立っていた。
長い髪を振りかざし、なにかを抱えたような強い気。
悪魔がその少年を見て笑った。
死にに来たのか? まるでそう言っているようで。
突如、少年の姿が消える。
ライルはそれに既視感を感じた。
長い髪、溶けるように消える存在。それはある存在によく似ている。
番人。英雄であり憧れの象徴。最高権力者でもあるそびえ立つ存在。
そして、戦う姿は、無慈悲で残酷なその姿は。
――死神の足音は遅れて聞こえる。
ライルはかろうじて少年の大まかな位置を掴めた。
特殊な歩方、影のように疾走する姿。
――朧気纏い。
ライルからは少年は同じぐらいの年、少なくとも第一次成長期の者に見えた。本来習得できない、封魔一族の隠術のはずだった。
「死ね」
振りかざされる大鎌。
いつの間にか少年は悪魔の背後に回っていた。
悪魔はとっさに反応し、かばったその腕に傷を付ける。
できた傷は瞬時に再生していった。
悪魔は笑っている。
少年は物怖じしなかった。
それどころか、その大鎌の振り降ろされる回転速度は上がっている。
――おぞましいほどの集中力。
――妄執に近い執念。
絶対に殺してやるというおどろおどろしい気迫。
誰か譲りの、残酷な死神の気。
悪魔はもう、笑っていなかった。
魔法の発動と鋭い反撃。
それをまるであざ笑うかのようにかわしていく。
まるで始めから知っていたかのように、恐ろしいほどの修練度がそれを可能にしていた。
ライルはそれに見惚れていた。
美しく描かれる大鎌の孤。いくつもにぶれて光る刃の数々。
戦いの魅了。高次にあるその戦闘は、見るものを惹きつける。
――悪魔の目が覗く。
それはライルを見ていた。
弱いものを感じ取り、直感的に理解した。
――こいつは足手まといなのだと。
魔法の発動。
攻撃を受け続けながらも溜めていた魔法を――ライルに向けて放つ。
「――あ」
少年がライルの前に立っていた。
氷の槍が降り注ぐ。
それを大鎌を翻し、すべて撃ち落とした。
驚嘆すべき反射神経だった。ライルは無傷で、自分以外の目標のものさえも撃ち落としたのだから。
しかし。
少年は片手を使っていなかった。いや、使えないのだ。
どこかで怪我をしたのか、なんなのか。
――自分のせいだ。とライルは思う。
自分に飛んでくる氷の槍が見えていた。少年自身に当たらなかったそれは、ライルにあたってしまうもので、無理矢理少年が片腕で防いだものだった。
ケタケタと響く嘲笑。
悪魔が笑っている。
「――殺してやる」
少年が悪魔を睨み付ける。
絶対に殺してやるという執念に似た射殺す眼光。死神の気。
執念にも似たおどろおどろしい殺意。
業深い、その敵意に。
一瞬、悪魔は怯んだ。だがそれは一瞬だけで、すぐにも氷の槍が放たれる。
――どうすればいいんだろう。
ライルは逃げることも、なにをすることも許されなかった。
自分が恥ずかしかった。
足手まといの自分。
そこそこなんでもできると思っていた。
だが実際はどうだ? 助けられて、足手まといで、少年すらも殺されるかもしれない。
怯む心があった。悪魔は明らかに格上で、自分が敵う相手ではない。
――でも。
それでもなにかできることがあるはずだった。
己の名はライル・メチラトス。鋼の名門に連なるものにして誇り高き者なり。
だから、立ち向かわなくてはならない。
手には槍があった。
そして自分がもっとも誇れる技は――。
「かわせぇー!」
怒鳴る。大きく振りかぶり、投槍の体勢へ。
少年が少し、笑ったような気がした。
そしてゆらりと身をどける。
氷の槍は小休憩とでもいうように止まっていた。それが致命的だった。
――放たれる槍。
それは悪魔の体に突き刺さった。
血のようなものを吐き出す悪魔。
わずかに漏れる悲鳴。
そしてその大きな隙をさらした後、警戒すべき対象を見ようとした。
しかし、どこにもいなかった。
――死神の足音は遅れて聞こえる。
「お前のうしろだ」
悪魔が振り返る。そこにはなにもなくて。
「――封魔一閃」
大鎌による一閃。
悪魔の首が高々と舞う。
背後からの、攻撃だった。




