太陽の名の下に
人間たちの暮らしが平和なのは、みな太陽の名の下に平等な力を与えられたからだという。
俺たちは人間は皆『太陽の子』だ。同じ魔力に同じ魔法。争いごとが起きれば大抵は両者同じくらいの傷を負う。だから皆争うことが馬鹿らしくなって、手と手を取り合って暮らしていくことを選んだ。
だが時として、この基本的なルールは無視されることもある。
俺が彼女と出会ったのは、太陽の見えない、雨雲が空を覆っていた日の頃だった。
父に小屋から農業道具を持ってこいと命じられ、小屋に向かったとき――。目を引く金髪の女が小屋の中で倒れていた。俺と同い年くらいの、十七か十八くらいに見える若い少女。争いごとなんて起きるはずがないのに、彼女は傷を負っていた。傷口は雨に濡れ、じくじくとした様子は、ぬかるんだ地面を想起させた。
◇
「君は一体誰なんだ?」
彼女の傷は日を跨ぐごとに回復していった。俺たちは『太陽の子』。光合成をするみたいに太陽の下で過ごしていれば、自然と体の調子はよくなっていく。
父にも、村の皆にもなんとなく起こった事を伝えられなくて、捨て猫を保護するみたいに世話を焼いた。
――彼女の金色の瞳と金の髪。
俺たちと違って黒くない。傷を負って現れたという出来事とその特別な容姿が相まって、彼女に関わることはまるで禁じられた行為であるような予感があった。
「さあ? 誰でしょう?」
「名前くらい教えてくれよ」
「……そうね。イレード。私の名前はイレードよ。君は?」
「ソラだよ」
彼女は目を細めて、余裕綽綽と俺を眺めた。まるで自分が太陽で、上から俺を見下ろしてるみたいに。
艶やかなブロンドの髪が彼女の首元まで流れている。彼女は悪戯っぽく笑うと俺に向かって宣言した。
「ソラ、お腹すいた」
「……」
「ソラ、ごはん」
「何様なんだ? イレード様?」
仕方なしに、俺は持ってきた食糧の袋を開けてやる。争いごとなんて馬鹿らしいしな。
彼女は当然だと言わんばかりにパンと果物を口に運ぶ。至福の顔。
「ソラはいい子だよね。恩に報いて、なんでも質問に答えてあげよう」
彼女は尊大そうに腕を組み、目を大きく開いて、がははと笑った。彼女は細身なのであまり威圧感はない。
つい昨日まで死んだように寝転がっていたくせに、なんでこんなに偉そうなんだ?
腑に落ちない思いもあるが、俺は質問をする。今までこうやって生きてきたんだから仕方ない。
「なんで傷を負っていたんだ? どうしてこんなところに?」
「真の平等と平和のために戦ってたんだ。気づいたら空から落っことされてこんなところにいた」
俺は自分の目元が険しくなるがわかった。
「頭は……しっかりと打ってそうだな。かわいそうに」
「頭はおかしくなってない! ホントだよ! 私は空の上からやってきたの!」
俺は狭い小屋の床を踏みしめて、窓際に向かう。踏みしめるたびに嫌な音が鳴る小屋の床は、ともすれば床が崩れてしまいそうだ。そのままでどこまでも落ちていくんじゃないかって思うくらいに、彼女の話は現実感がない。
小さな小屋の窓から、無限に広がる青空を見上げた。雲一つない快晴。真っ青なキャンパスに輝かしく浮かぶ金色の太陽は、まるでこの世が正しい秩序を保っていることを証明するかのように存在していた。
「証拠はあるのか?」
「私は天使だよ。金色の瞳。金色の髪」
そして彼女は自分の指でわっかを作り、頭の上に乗せた。
「頭に浮かぶ天使の輪。どう?」
「確かに頭の中はエンジェルって感じだけど」
「ついにソラは私の心に秘めた優しさと天使感に気づいたようだね」
「ああ、今まで気づけなくてごめんな」
「もしかして今までただの我儘な女だとか思ってないよね?」
「いや……エンジェルだよ。お前の態度はエンジェルだ」
「偉そうってこと!?」
ぶーぶーと不平を漏らす彼女にパンを突き出す。彼女は黙ってそれを加えたので小屋の中は静かになった。
イレードのことはよくわからない。先日、俺は父をこの小屋に連れてきた。怪我人がいる! 助けなきゃ! って。でも父はイレードの姿を認識できなかった。俺は幽霊でも見たのかと子供扱いされた。(もう十七なのに!)。おまけに最近はイレードの分まで食糧をもらってきているので、すごくよく食べる奴みたいに俺はなっている。父からの俺の最近の印象が気になるところだ。
物思いに耽る俺の肩を、イレードは気安く叩いた。
「ほがほがほがほががぁ?」
「口の中に物を入れて喋ってはいけませんよ」
そう茶化しつつ、心配してくれたのかと思って嬉しくなる。
「……ごくん。思春期だとニヒルに空とか見上げたくなるよね。私も昔そういう時期はあったよ」
「……」
俺は自分の肩に添えられた手に目をやった。
「なんすか、この手は」
「渾身の優しさが込められた右手。エンジェルザハンド」
「うん」
彼女は思慮深げな表情をしている。
「これはね、千年前の私の話なんだけど、昔空の彼方では天使三人が人間界を見守っていたのね」
なんか話始めた。
「千年前は人間の強さはバラバラで、いたるところで争いが起きていた。さらには海の向こうには『月の子』と呼ばれる翼を持った魔族がいたんだ。順当にいけば人間は争っているところに漬け込まれて、魔族に支配されるはずだったんだよ。だけど、三人の天使が五百年ごとの祝福魔法を使って、人間全員に『太陽の祝福』をかけたんだ。人間はみんなすごく強くなって、おまけにみんなおんなじくらいの強さだから争いが起こらなくなった」
「なんか壮大な話だな」
「今の話を聞いて、思うところ、ない?」
神話的な話。俺たち人間が『太陽の子』と言われ始めたのはいつからのことなのか、俺は知らない。どうでもいいことだ。暮らしが平穏なら、過去にあまり意味はない。
「吟遊詩人が歌ってそうだなーとしか」
「まあ今の暮らしに慣れてればそう思うよね。でもこの話にはおかしいところがあるんだよ。人々の力がみんなある程度の均等になれば平和になるなんて、おかしくない? それに真の均等なんてできると思う? 力があれば使い方があるし、そもそも魔力がみんな同じなら、人数の多さが勢力の強さに直結することになるよね?」
「別に強さとか争いとか、どうでもいいことじゃないか? だって戦えば痛いじゃん。なんのために戦う必要があるんだよ」
そんなに人は愚かではない。痛いし苦しいのに戦う意味なんて、どこにもありはしない。
「でも、この村で飢餓が起きたことあるよね? 苦しくて死んでいった人たちがいるよね? 戦って傷を負った方が、飢え死にするよりもましだってことはみんな知ってるはずだよ」
「……そんな自分勝手なことするやつなんていないよ。太陽の名の下に、みんな平等なんだ。飢え死にしたやつはくじ運が悪かったから仕方ない。平等に決めたんだから、みんなそうするだろ?」
俺の言葉を聞いて、彼女は曖昧に笑った。
「『太陽の祝福』には洗脳機能がある。人同士が争えないように。真に平等が保たれてるのなら、ソラはもう死んでるよね?」
「……」
「なんで君のお母さんはくじを君のと取り換えたのかな?」
◇
雨が降っていた。
異常な天候だった。
青かった空は雲で押し固められ、光の一切は地上に刺さない。それが半年もの間続いた。
理由はわからなかった。ただ食糧が尽き欠けていることだけは、村のみんながわかっていた。
だから皆で必死に手をつないだ。空に祈りを。太陽に呼びかけを。
光のない地上で人々は皆手を繋いで涙を流した。理性的に判断して、理性的に死ぬ人を選ばなくてはならないと。
俺はまだ小さかったから、なにもわからなかった。ただ周りがそう言っているから、なにもわからずに箱の中にあったくじを引いた。
――雨が降っている。
霧が立ち込めて、あたりはなにも見えない。人々の表情はよく見えない。
番号が振られたくじの抽選の発表は、村の中心で行われた。番号が呼ばれたものは、これから食糧を渡されない者達だ。自分の番号が呼ばれた時も、特別なにか思うことはなかった。だがその時母が俺の下にやってきて――。
「ソラ、くじの結果はどうだった? 少し見せてね」
母は包み込むように俺の手を握って、くじの番号をみた。
「あら、よかった。当たりじゃないのね」
俺の手元のくじの番号は変わっていた。
「ソラは運がいいわね。でも母さんの運は悪かったの。これから先、飢えることなく、健やかに生きて頂戴ね、ソラ」
――それが私の祝福だから。
◇
「俺の食糧! 全部食べたのか!?」
「えへへ。ごめんね」
「どんだけ食べたんだよ! 食べすぎだろ!」
「えへへ。そんなに騒がれちゃうと産気づいちゃうよ。うぷ」
「吐かないでくれ! 胃の中にある食糧は別に返してほしくないから!」
俺が悲鳴のような声をあげると、彼女は太陽みたいにあっけらかんと笑った。がはは! と。
「ソラは優しいよね。この世界で食糧は貴重なのに、ほとんど全部他人にあげちゃうなんて」
「イレードが勝手に食っただけだけどな?」
「でもそんなに怒ってないでしょ? まあそうだよね。君は私の姿が見えるんだから」
「……どうして俺の父はイレードの姿が見えないんだ? 君は一体何者なんだ?」
だから言ったでしょ、と彼女は言う。
「天使だよ。三体のうちの一体。千年かけて二体死んだ天使の、唯一の生き残り」
「冗談は……」
「ソラ、魔法使えないよね?」
「……」
「なんでだろうね。『太陽の祝福』があるはずなのに。炎なんて出せやしない。でもバレない。この世界の人たち魔法を使う用なんてほとんどない」
「…………」
「洗脳が効かなくなった人は『太陽の祝福』から外される。一般的な世の理から外れることができる。『自殺』を選ぶことができる珍しい人間になる」
「……どうして」
――なんでこんなところに来たんだ? ってソラは私に聞いたよね?
「君に会いに来たんだよ。『太陽の祝福』から外れた人の子に」
「……」
「気になるんでしょ? どうして世の中のいろんなことに違和感を覚えるのに、みんな平気そうな顔をしてるのかって」
太陽のそのものに会いにいこう、と彼女は言った。
俺が住んでいるのは、『最北の村』と呼ばれるところだ。
気候は厳しく、雨が多い。食糧が育ちにくい。交通の便も最悪。おそらく最も死人がでている村。
そして最も『太陽』に近い、と言われている、そんな村。




