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創世2・転生者

 

 父は僕のことを「ナギル様」と呼ぶ。


 いつからなのか。どうしてなのか。


 何週目かもわからない僕の前世は、『極剣』と呼ばれる悪名高い剣士だったらしい。

 この世界では「人を殺せば殺すほど、前世の記憶と力が呼び覚まされる」というルールがある。前世の僕は、死んだ回数と殺した人数が、人類最多で、誰にも手が付けられなかった。結局、この世界一番の宗教団体であるアースティアの教主――『人生二週目の聖女』――によって討伐されたが――。


 日が暮れ館内に火が灯る頃、今、父は僕の前で震えて跪いている。前世の僕によって服従の呪いを受け、抵抗できないのだ。来世にすら影響を及ぼす強力な呪法だ。力のほとんどを発揮できない僕の前でさえ、父は怯え切っている。

 過去の自分は僕じゃない。憎しみすら覚える。記憶も実感もないけれど、僕の前世は悪人だ。だからこそ、今の僕は善人でありたいと思っているのに。


「ナギル様、人生二週目の聖女はあなたとシュラの存在を感じとったようです。捜索の手がもう都市部には及んでいるだとか……」

「……ああ」

「あなたよりもシュラの方を重要視して捜索しているそうです」

「……この世界で一度も死んだことがない存在。それだけで、なんで排除されなきゃならないんだろう」


 父は田舎の領主——つまりは貴族だ。平穏な緑と豊かな食料に溢れるこの地をそのまま表したような温和な人物で、僕はその優しさが好きだった。ノブレスオブリュージュ。上に立つもの者は弱きものを助ける義務を持つという思想。

 父はどこからどうみても善人だった。幼いころは煌びやかな都市に憧れもしたが、僕は父の誇りと善性が好きだった。


 なのにどうしてこうなってしまったんだろう?


 ――父はある時を境に、僕を「ナギル」と呼んではくれなくなった。


「ありがとう、父さん」

「……はい」


 緊張感と恐怖と、恥いる空気が、こちらにまで伝わってくる。自分の罪を心臓に直接突き付けられているみたいで、思い知らされる。

 たぶん、僕はこの世に存在しない方が多くの人々が幸せになる。

 それでも弟だけは絶対に守らなくてはならない。


「ナギル様、どうかお願いがあります」

「……どうしたの?」


 僕は誇りある貴族だ。偉大なる父の息子だ。

 今は少しばかりおかしなことになっているが、きっといつかよくなる。

 正しい父と息子の関係に戻れる。だから僕は、できる限り父の願いを聞こうと、できる限り優しく父に問いかける。

 怯えに震える父は、ごくりと生唾を飲んだ。


「この地は豊かで、争いがない。領民は一生懸命に生きていて、誰も人を殺さない」

「……うん」


 前座。回りくどい、貴族らしい言い回し、建前。僕は続いていく長い父の口上を黙って聞き、本題を静かに待つ。


「――どうかこの地から去ってはくれませんか?」


 ――『人生二週目の聖女』。


 その人物が、世界の秩序を守るためにイレギュラーを排除している。

 当然、イレギュラーの周りでは戦いが起こる。


「……」

「私めがあなたに命令などできませぬ。でもどうか、どうか……」


 三日後に立つ、と僕はすぐに返事をした。この館からいくつか金品のものを持ってシュラと共にこの地を去る、と。


 ――どうしてこんなことになってしまったんだろう?


 僕は生きてきたこの十七年間が好きだ。前世よりもよほどかけがえのないものだと思っている。

 でも現実は不条理にも僕たちに突き付ける。

 お前たちはこの世界の秩序から受け入れられない。存在してはならない『イレギュラー』なのだと。


 なにかに縋りたくなって、僕は父に問いかける。


「父さん、父さん」

「……」

「僕たち、親子だよね……?」

「…………」

「僕はさ、この環境が好きだったよ。早くから読み書きを教えてもらえて、体も鍛えてもらって、貴族として優秀な教育を受けてきた。領民たちもみんな暖かかった。……父さんが頭を抱えながら書類を片付けてる姿、こっそり見たことあるけど、かっこいいなって思ったんだ」

「…………」


 父は勤勉で聡く、先のことをみる能力に長けている。勇気のある人物で、過去には騎士経験もある。

 子供は父の背中を見て育つこの世で、父は模範として最適な姿を見せ続けてくれた――。


 縋るような僕の言葉に、父は怯えるような、引きつるような、後ろめたいような表情へと変えた。それでも父は言った。


「私たちの間にあるのは主従関係です。……お許しください、ナギル様」


 僕は拳を握りしめる。全部わかっていたことだった。

 でもこんなのはあんまりだ。なんでだよって強く思った。


「なんでだよ! なんで、なんで、なんで……!」


 僕の剣幕に、父の表情は怯え一色に染まった。それでも一歩も後ずさることはなかった。僕から目を逸らしもしなかった。

 ああ――と僕は思う。父は確かに怯えている。それでも退かないのは領民のためだ。この地を愛し、勇気ある父だから僕に逆らっているのだ。怖くて仕方がないはずなのに。これを言えば今すぐ自分は殺される考えているのに。覚悟をしながら、僕にこの地を去ることを要求している。僕は父を害しよう言う気持ちは一切ないのに。


 それでも耐えられなくて、僕はわめいた。


「僕のことはまだいいさ! でも、シュラは? まだ七歳の小さな子供だ! そんな小さな子供が、逃避の旅に耐えきれるわけがない! 僕は前世のこともあるさ、でもシュラはなにも罪を犯してないんだよ! 血のつながった、家族なんじゃないのかよ!」

「シュラ、は……」

「そうさ! 自分で勝手に産んで、育てたんだ! 最後まで責任持てよ!」

「シュラは……私と血の繋がりはありません」

「……え?」


 父は増々得体のしれないものをみるような目つきになった。


あなた(、、、)が連れてこられたのでしょう? あの日(、、、)に」

「あ……え……」


 あの日(、、、)


 ――父はある時を境に、僕を「ナギル」と呼んではくれなくなった。


 その時、パタパタと小さな足音が館の廊下を叩く音が聞こえた。この館で使用人がわざわざ僕らの会話を盗み聞くとは思えない。


「シュラ!」


 踵を返して足音を追おうとする。しかし、なにかがずれるような感覚がして蹲ってしまった。

 ずれた、のだ。このままだと、昨日の夜のようにまたバラバラだ。

 自分の体の異変を、父に悟られないように自分の体を修復する。


 転生をし続け、力が極大化していった自分の体。肉体のほとんどは物質ではなく、魔力で構成されている。そのせいで魔法のほとんどを使えない。自分の体の維持に魔力のほとんどを費やしているからだ。死んだ数が強さにつながるはずなのに、極大化した力は、まるで頭だけ大きい人形みたいだ。


「シュラ!」


 修復。すぐに弟を追いかける。

 弟の居場所はわかる。体が魔力の糸で繋がれているように、弟とも魔力による繋がりを感じる。なぜかはわからない。


 広すぎる館の扉をいくつも開ける。乱暴な開け方をする僕を、灯が怪しく影を揺らして投射する。


「館の外にまで出たのか……!」


『人生二週目の聖女』は僕らの存在に感づいてしまっている。……まずい。

 雨降る地を蹴りつけると、ぐしゃりとした嫌な音が聞こえた。首を振ってシュラを探すも、辺りは薄暗くて見つけられない。

 月光が森を不気味に照らしている。

 湿った木々をかぎ分け、開けた地にでる。天より降ろされる月光が、平地の中心にいる人物を照らしている。人物は二人。


「シュラ!」


 もう一人は、白い魔力を携えた者だった。朧げな魔力は総量としては多くない。神秘的で美しく、陽炎のように不確かな存在。見るものによってはその人物は神様に見えるだろう。

 女だった。とても美しく、超俗的な雰囲気を持つ、白い髪の女。そいつは僕にとって、前世からの仇敵だった。


「アースティア、貴様……!」


 前世のことなどほとんど覚えていない。ただ、体に染みついた直感が目の前にいる人物が敵だと警報を鳴らす。

 世界最大規模の宗教団体、アースティア。目の前にいるのはアースティアの教主『人生二週目の聖女』だ。


「恐ろしい目」


 不思議そうな表情をするシュラから視線を外し、彼女は僕に向けて冷ややかな一瞥をくれる。


「シュラから離れろ!」


 ――殺してやる!


 凶暴な自分の一部が、怪物のように荒れ狂った。根拠も何もないが、シュラを奪われたらすべてが終わってしまう。そんな気がした。


「人殺しの目」と『人生二週目の聖女』が静かに呟く。


 彼女とシュラの前に割って入り、弟を庇いながらじりじりと交代する。


「兄さん……?」

「大丈夫だ、大丈夫だシュラ。兄さんが迎えに来たからな。目を閉じて、耳を塞ぐんだ。大丈夫だから、兄さんが絶対に守るから」

「見捨てないで、兄さん」


 小さな手のひらが、僕の袖をぎゅっと掴む。


「いい子にするから。俺、絶対いい子にするから……」


 やはり聞かれていたのだ。シュラと僕は血の繋がりがない。でもそんなことは僕にとってどうでもいい。


「シュラ、僕を信じろ。お前は僕とって命よりもかけがえのないものなんだぜ? 見捨てたりなんてしない。お前のことは一生僕が守って見せる!」


 僕らのやり取りを『人生二週目の聖女』は興味深く眺めている。

 シュラが小さくなって耳を塞ぎ、目を閉じた。

 それを見計らって、彼女はゆっくりと唄うように諳んじる。


「人が一人が死んで、何人救えれば納得できる?

 人類は一度滅びた。天に現れた黒く、巨大な星によって。

 人間は地下に都市を作った。その存続には犠牲が必要とされた。

 ……堕ちてきた星は、人間に有害な粒子をまき散らした。その粒子はどこにでも入り込む。対抗手段として、人はその粒子を道具として使った。そのためには、ある理由により人が一人死ぬ必要があった。

 ――いったい何人救えれば、死ぬべき犠牲者は満足するのだろうか。

 百人? 一万人? 数十万人? どれも同じこと。

 それでも、犠牲になる人間は必要だった。犠牲者本人の意思は、決して汲み取られることがない。」


「……は?」

「ナギ、いえ、ナギル? 覚えていませんか? 私たちは、かつては世界を救うために力を合わせていましたね。あの頃は、魔力なんて人類の誰も持っていなかった」

「……なにを言ってるんだ」

「かつて『星堕ち』が起こり、人類は一度滅亡した。人類は魔力を持って生まれ変わった。死ねば死ぬほど強くなれるこの世界において、力は極大化しています。その一方で、人類の総人口は減少傾向にある……。ゆっくりと、人類は再び滅亡の危機にさらされているのです」


 僕は彼女の言葉が半分も理解できない。人類の総人口? あまりにもスケールが大きくて、頭に入ってこない。


「シュラを私に渡してください」

「断る」

「シュラは人類の希望です。この世で唯一の魔力のない旧人類。イレギュラー。かつての世界でここまで急激な人類の総人口減少は起きていなかった。魔力のない子が生まれれば、古い人類を蘇らすことができれば、この問題は解決します。まだ『人生二週目』である私と、シュラが子を成せば一定の確率で古い人類が生まれるでしょう」


 なにを馬鹿なことを、と僕はせせら笑う。


「年端もいかない子をそんな対象としてみるのか? 爛れてるな。聖女が聞いて飽きれる」

「世界のためならどうにでも。あなたにそんなことを言われる筋合いもないですけどね。今世では一体何人の人間を殺してきたのですか?」

「……そんなの、知らない。前世の僕と一緒にするな。僕は悪人なんかじゃない」


 鋭く走る緊張感、牽制。

 相手が手を出してこない理由。彼女は僕が何人も人を殺した後だと思っている。強大な力があると信じ込んでいる。だから彼女は、迂闊に手を出せない。

 神秘的な気配にすっかり吞まれかけていた。しかし、今、主導権を握っているのはこの()だ。


「帰れ。シュラは渡さない。僕が守る」

「——守る(、、)? 逆なのでは? あなたは殺すことはあれど守ることなどただの一度もしなかった。ならば自明です。あなたにとってシュラにはそれ相応のなにかがあるのでは? そう例えば弱点のきっかけになりうるとか……」


 ――父はある時を境に、僕を「ナギル」と呼んではくれなくなった。


「シュラ、シュラ、聞こえていますか――?」


『人生二週目の聖女は』はシュラにゆっくりと手を伸ばす。

 慈愛に満ちた優しげな表情。しかし、それは聖女らしからぬ表情だった。頬をわずかに赤く染め、まるで恋焦がれるような――まるで、ずっと待っていた恋人が戻ってきたかのような――。


「シュラ、私が絶対にあなたのことを――」

「黙れ!」


 ――シュラは僕のものだ!


 怒りが全身をつんざき、僕は腕を振るう。どういうわけか、僕は一本の剣を握っていた。

『人生二週目の聖女』の腕に剣が振るわれる。剣は虚空を通り過ぎ、彼女の姿が不安定に揺れた。水辺に映る姿を斬りつけたような、そんな感触だった。


「それは……破滅剣。一体何人の人を――」


 悔しそうな表情を滲ませながら、彼女は後ずさる。彼女の姿はより不安定に揺れている。

 だが僕にはわかる。これは彼女の影であって、本体はここにはない。


「ナギル。あなたのせいで、世界は一度滅びた。もう一度繰り返そうというのですか? あなたの私利私欲のために? 人類が生き延びるために、魔力を獲得するために何人の人々が犠牲になったと思うのですか?」

「知らないな」

「……残念です。ナギル。殺人者のあなたと私は手を取り合えない。でもあなたには勝ち目がない。この世界ではあなたはイレギュラーなのだから」


 ――ただ生きていたいだけなのにな。


 私利私欲と聞いて、そんな言葉を思い出した。魂に刻まれた言霊。僕はそのためにずっと繰り返している。そんな気がする。

 ひどく頭が痛い。『人生二週目の聖女』との邂逅は確かに僕の何かを刺激した。誰も殺していないのに、僕はなにかを思い出しそうになる。


 その時、館の方で強い魔力の気配を感じた。炎の魔力。直後、爆音が後方で上がる。

 雨がしっとり髪を濡らしていた。湿り気を吹き飛ばすような爆発音が、陰鬱な気分をさらに嫌な方向に捻じ曲げた。


「あなたはこの世に存在するべきではない」


 そう言い残して、『人生二週目の聖女』の姿は陽炎のように消えた。同時に、僕の頭は冷え、顕現していた剣が消える。

 シュラは律儀に僕の言いつけを守ったまま目と耳を塞いでいる。それでも、あの全身を震わす爆音の異変には気づいただろう。


 父さん、父さん!


 シュラには聞こえないように、心の中で叫ぶ。泣きたくなるような気分になった。

 シュラを不安にさせないように、優しく抱きしめながら雨の中を走る。


 ――雪だ。


 雨はいつの間にかひらひらとした白い欠片へと姿を変え、辺り一面に咲き誇るように舞い落ちている。

 走りながら、まだあまり濡れていないインナーを脱ぎ、シュラに巻き付けた。


「シュラ、目を開けていい」

「……兄さん? いったい何が起こってるの?」

「わからない。悪い敵が攻めてきたんだ。なんだか世界の存続に関わるとかで……」


 適切な誤魔化しが思い浮かばなかったので、『人生二週目の聖女』の言葉をやや引用しながらシュラに語った。


「兄さん、僕たち本当は家族じゃないのかな」

「関係ないよ。ずっと一緒に過ごしてきただろ? あの日々が嘘だっていうのか?」

「ううん。でも……。兄さん、敵はすごく怖いんでしょ? もし兄さんが危なかったら……俺を見捨てていいからね」


 見捨てないでくれ、とシュラは先程言っていた。なのにこんなことを言わせてしまったこの状況が腹立たしくて。こんなことを言わせてしまった自分が不甲斐なくて。

 僕は気丈振舞おうと、にっこりと笑って見せる。


「何言ってるんだ。僕は絶対に勝つさ。兄さんのこと信じられないか?」

「ううん。でも兄さん……」

「なんだ?」

「鼻水、垂れてるよ」

「うおおおおお!」


 僕は首を左右に振って鼻水を弾き飛ばした。シュラが思わず笑った。

 僕は言った。


「兄さんはかっこいいからな。生まれてこの方、鼻水なんて垂らしたことがないんだ」

「俺に飛んできたよ、兄さん」

「ごめん……」


 馬鹿なやり取りをしながら、館までもう少しというところまで来た。時間としては十分程度。

 もう一度目と耳を塞ぐようにシュラに伝え、燃え上がる館へと駆け付ける。シュラは僕のことを信じ切っている明らかに異常な事態が起きているのに、安心しきったかのような表情で目と耳を塞いでいる。兄として、弟の信頼に応えねばならない。


 黒い装束衣装をした男が二人現れる。そいつらは僕らの姿を見て、思ったよりも若かったからか、動揺したようだった。

 シュラに向かって手を伸ばしながら、そいつらは叫んだ。


「止まれ! 投降するならば傷つけやしない!」

「この世の中、嘘ばっかりだ……!」


 どうせ殺すんだろう、という怒り。シュラを盗られてしまうという怒り。

 再び剣が顕現する。どうやら怒りをトリガーとしてこいつは僕の手元に現れるらしい。

 どれだけ転生を繰り返しても、魂と共に刻まれた僕の剣。

 その銘は、


 ――破滅剣アブソリュート。


 剣を手に、殺してやりたいという衝動が心を支配して——愕然とした。僕は悪人なんかじゃない。けれど体は、今はどこにもない記憶に引っ張られていて、目の前の敵を殺すことを欲している。人を殺して、前世の自分に戻れ、と。

 片腕で抱きかかえたシュラのぬくもりがを感じた。シュラを通して、僕は強く強く決意した。


 ――人なんて殺すものか。


 僕はシュラの兄だ。かっこいい、立派な兄で在り続けなくてはならない。


 剣を一閃、二閃。

 峰打ちで黒い装束衣装をした男二人気絶させる。油断していたのか、突然手元に現れた剣に気づけなかったのか、シュラを抱きかかえたままでも簡単に制圧することができた。男二人は痛い思いをしたかもしれないが、死ぬよりもましだろう。


 館は轟々と燃えていた。蜘蛛の子を散らすように、辺りから悲鳴が上がっている。


「父さん!」


 呆然と座り込んでいた使用人にシュラを預ける。館の中にはまだ父がいるようだった。聞くところによれば、父は使用人の救助のために最後まで燃え盛る館の中に残っているようだった。

 僕も急ぎ、館の中へと向かう。

 空いた両腕を生かして、崩れ落ちてくる館の欠片を殴り飛ばし、時には剣で切り払う。


「父さん、父さん! どこにいるの!」


 走り回るうちに息苦しさを感じてきたので、口元に布を当てた。寝室にも会議室にも書斎にもいない。


 踊り場についた。

 炎を纏った木片がまばら降り注ぐ中心で、黒い死神のような人物がひとり立っていた。そいつは大声を出して笑っていた。殺戮者が声を上げて笑っていた。


「ヒャハハハハハハハ! 赤い、熱い、楽しい、な? な、な、ナギルううぅぅぅぅうううう! いや、ナギか? どうでもいいな? そんなこと」

「……お前がやったのか?」

「怖い怖い。人殺しの目だ。仲間だな? ナギ? ……ん?」


 不気味な仮面。体をすっぽりと覆う黒いマント。死神のような大鎌。

 血走った目でそいつは僕に大鎌を突き付けた。


「お前、まだ今世で誰も殺してねえな?」

「……っ!」

「あは、あはは、あはははははははははは! あーつまんね。極剣ナギ。お前、信じられないぐらい弱くなったな? 前の前の前の前の前の! ぜーぶんの世界で俺の人生を終わらせてきたお前が? ここはあっついのに、冷めるわぁ~」


 僕はこいつを直接的には知らない。だが話している内容で前世で関わりがあったことがわかる。

 狂気じみた口調。前世のほとんどを知っているような口上。……一体こいつは何回死んで……一体何人の人を殺したのだろう?


「アースティアは」と僕は言う。


「仮にも世界を跋扈する宗教団体だ。お前みたいな殺人鬼と組むはずがない。どういうことだ」

「きもっ! なんだよその正義漢に溢れた目は! どうでもいいだろ? そんなこと? お前は今ここで死ぬんだからさァ!」


『暁の執行者・グレゴリウス・マッドハンター』。

 世界的に有名な『死神』の名を与えられた冒険者。

 この世界において、狂人は強い。なぜなら枷が外れているからだ。人を殺すことにためらいがない。外聞を気にしない。殺人の忌避は、当然世間一般的な人間は強く持ち合わせている。だが狂人は気にしない。むしろ殺した数を嬉々として公表するような真似すらする。


 グレゴリウスが目にもとまらぬ速さで疾走する。背後からの袈裟斬り。

 僕はすんでのところで受け止める。にやにやとした顔面が僕の視界にいっぱいに広がる。


「ああ愛しいなァ、ナギルちゃんよ。このままちゅーするか?」

「ほざけ!」


 力いっぱい押し返す。

 グレゴリウスはけたたましい笑い声をあげながら、宙に浮き、何度も回転した。そのまま無意味にその場で回転し、僕にウインクを飛ばしてくる。

 遊んでいるのだ。この一合で実力差は天と地ほどもあることがわかった。僕は絶対にこいつに勝てやしないだろう。


「あーあー……なんだったっけかァ? ああナギル。お前、確か怒りをトリガーにして力を増幅させるんだっけな? じゃあこうしよう!」


 名案を思い付いたとばかりに、グレゴリウスは手のひらを叩く。その際に大鎌がガランと音を立てて床に転がった。


「ナギル! 俺様の今日の十五人殺したぜ?」

「……は?」

「これからあと何人増えるかな? 頑張れよ世紀の大悪人。極剣様ァ? お前のせいで人が死ぬ!」


 けたけたと笑うその姿はあまりにも醜悪だった。死神というにすらふさわしくない。悪魔だ。人の命を弄ぶ、怪物だ。


「ぁー、あと? シュラってやつも死んじゃうな。小さいのにかああああわいそうに。できる限り苦しめてくるしてやるよぉ! この俺様がなあ!」


 その言葉は僕の逆鱗に触れた。

 視界が怒りで真っ赤に染まる。頭のてっぺんからつまさきまで、激情が僕を支配する。


 魔力が体内で渦巻く。魔力は剣まで昇り、放出される。

 僕は叫んだ。


「風鈴・喉喰らい」


 風の魔力が執念を持った一撃をとして、うねりながらグレゴリウスの喉元に発せられる。

 果たして、グレゴリウスは笑いながら蹴りで魔力の一撃を弾き飛ばした。彼は笑みを張り付けたまま呟く。


「弱い」


 僕は叫びながら直進する。グレゴリウスは素手で剣を受け止めた。


「弱すぎる」


 つまらなそうに、グレゴリウスは手刀で僕の片腕を切り落とした。

 僕は叫びながら拳でグレゴリウスを殴りつける。拳は彼に到達することなく地に落ちた。


「あー、本当に。弱くなっちまったなァ。ナギルさんよぉ」


 欠伸をし、余裕しゃくしゃくとばかり伸びをするグレゴリウス。


 ――僕はグレゴリウスの目に剣を突き立てた。


「いっ!?」

「僕の体は、お前たちみたいに安定してないんでね!」


 僕の切り落とされたはずの腕は、光の粒子を漂わせながら、僕にくっついていた。その手には破滅剣がある。

 一閃、二閃とグレゴリウスの体を斬りつける。彼はすんでのところでかわしながら、出血した目を片手で抑えている。


 ――終わりだ。


 僕はこいつを――殺して――。


 ――どうしたらいい?


 人を殺せば、きっと僕は前世の僕に近づいてしまう。それだけは嫌だ。

 でも、こんな強大な敵を殺さずに無力化するなんて、できるのか?


「いっ……てぇぇぇぇぇぇなああああああああああああああああ!」


 グレゴリウスが吼える。がむしゃらな魔力の咆哮。

 生物としての格が違った。通常なら悪足掻きに過ぎないその攻撃も、人殺しの転生者が使えば致命の一撃となる。


 僕は吹き飛ばされ、踊り場の地面に叩きつけられた。


 炎纏う木片が辺りには舞い落ちている。雪は炎に到達することなく消える。

 その中心にいるのは『死神』だった。憎しみと殺意の塊が、大鎌を杖とし、ゆっくりと歩み寄ってくる。片目からは血を流し、残った片目から迸る狂気の一瞥が、僕をその場に縛り付ける。


「こんのおおおお雑魚があああああああああああ! 俺の目を、目を、目を! 絶対に殺してやる!」


 僕は歯を食いしばって快活に答えた。


「いいじゃないか。片目を眼帯にした方が、より死神っぽくてかっこいいぜ? まあ死神ってより海賊だけど。あはは!」


 迸る狂気のオーラに負けないように立ち上がる。剣を杖に、視界はぼやけているけれど。

 ……僕はここで死ぬんだろうか? 力が足りないから、弱いから。

 力は人殺しによって手に入る。だが僕は人なんて殺したくない。前世の自分——父親を傷つけたあいつだけには、なりたくない。

 ならばここで黙って死ねと世界は僕にいうのだろうか?

 あまりにも理不尽だ。人殺しが強い世界なんて――間違ってる。


 ――死にたくない。


 シュラを置いてはいけない。僕の心は悪に穢れているけれど、それでも弟の傍にいたい。


 ――僕が願うのはあまりにもおこがましいことなのだろう。


 僕は歯を食いしばって、剣を握った。


 ――グレゴリウスが疾走する。


 巨大な大鎌を手に、縦横無尽に駆け回る。その姿はまるで影だけの死神だ。

 姿が全く追えない。黒い影が通り過ぎたと思ったら、体の複数個所が切り裂かれている。


 自分の体から夥しい量の粒子が浮いている。一度発動した魔法も相まって、体を保持できる魔力量が尽きるのもそう遠くない。


「くっそおおおおおお!」


 全身全霊の力を込めて、グレゴリウスへと打ちかかる。

 彼は僕の剣を手のひらで受け止め、払った。


 ――死神の目が僕の心臓を狙う。


 グレゴリウスの負傷したはずの目がぱかりと開いた。赤く光るその瞳には、二本の針が踊っている。

 彼は静かに唱えた。


「天鎖流・八式——絶空」


 大鎌が黒い気を纏って、僕の体をいくつにも引き裂く――。


 一瞬で振るわれた斬閃は八つ。黒い斬撃が、自分の体を紙切れみたいに引き裂いていった。


「く、うっ」


 僕は思わず膝をついた。絶対的な恐怖の根源が、僕の目の前に立ちはだかっている。

 いくら鍛錬しても超えることのできない超越者が、静かに大鎌を僕に向けて立ちすくむ。


「兄さん、逃げて!」


 ――声。


 グレゴリウスは胡散気に僕の前に立ちはだかった影を見た。シュラだ。どういうわけか、弟が僕の前に立っている。


「なんだァ? シュラってやつか? このガキは」

「やめ……ろ……! 離れろ……! シュラ!」

「兄さんは殺させない!」


 シュラの姿は震えている。あの炎の中を駆け抜けてきたというのか。黒く焦げた煤と、大量に浮かぶ玉の汗が見て取れる。

 こんなこと、子供にできるわけがない。なんで、なんで、なんで――。


 グレゴリウスが軽くシュラを押しやれば、幼い体躯は簡単に転がった。グレゴリウスは僕から視線を外し、シュラの方へと足音を響かせながら迫っていく。


 最後の力を振り絞って、僕はグレゴリウスの足首を掴んだ。


「ど、どうか……」

「あ?」

「どうか……弟だけは……殺さないで、ください……」


 虫のように這いつくばる僕を見て、グレゴリウスは笑った。


「はっ、嫌だね!」

「うああああああああああああ!」


 手も足も、碌に力は入らない。渾身の力を込めて、グレゴリウスの足首に嚙みついた。

 グレゴリウスは乾いたような笑みを見せた。


「おいおい、芝居はよせよ。お前は今まで何人殺してきたと思ってるんだよ。おもしろくねぇぇんだよ! この、クソが! クソが! クソが!」


 何度も踏みつけられ、視界が歪んでいく。痛みはすぐに鈍痛へと変化し、ぼんやりとした感覚になっていった。

 なんとか立ち上がろうとするシュラを視界に入れながら、手を伸ばす。

 どこかへ行け。逃げろ、放っておいてくれ。

 生き延びてくれ、頼む――死なないでくれ。


 グレゴリウスが静かに呟く。


「変だ、変だ、何かが変だ。変……? なんで子供がこんなところに単身で来れる? 嚙み合わない」


 狂人はぶつぶつと呟く。そしてカッと目を見開き、シュラを見た。


「——創世のクリスタル?」


 彼は狂人らしく震えながら、ふらふらとした所作で僕の頭を掴み、体ごと持ち上げた。


「なあ、ナギよぉ。お前はかつて言ったな。多少の犠牲より、人類全体の幸福の方が大切だ、と。それで創世のクリスタルに手を伸ばし、人類全体を魔力付けにした。ほとんどのやつは死んだ。でもお前は、魔法という奇跡の力があれば最終的に人類全体は平和になるってほざいたんだ。宗教を無くそう。言語の壁を壊そう。人類全体が高度な存在になれば、平和が訪れるって、俺に! 嘯いた!」


 なのにこのザマはなんだ? と彼は言う。


「宗教は無くなってない。言語が統一できただけだ。人間は力を得て、魔法を得て戦争をやめたわけじゃい。争いごとは消えない。人生一週目の俺は、それはそれは理想家で、言葉巧みなお前に騙された。お前は魔法がこの星に来て欲しかっただけだっていうのに。お前の私欲を止めるために、俺は狂った。人を殺して殺して、お前を殺せるぐらいに強くなった。——お前は世界全体が退屈で、革命のためには誰が犠牲になってもかまわないという、クソ野郎だった」


 ふつふつと沸き立つような怒りがこちらに伝わってくる。

 激情が。失望が、諦念が、絶望が。

 彼の瞳を通して伝わってくる。

 彼は怒鳴るように僕に言った。


「この世界をゲームみたいに楽しみたがってたお前が――こんな風になるはずがない。おかしいとは思ったぜ。お前、誰も殺してないわりには強すぎる――あのガキの力か?」


 グレゴリウスが僕の頭を離した。彼は僕を膝立ちさせる状態へと固定し、僕の肩を掴んだ。


俺の目を見ろ(、、、、、、)


 彼の目には時計の針のようなものが見える。赤い眼光が、僕の中へと入りこんでくる。


「一定以上死んだ後に、一定以上殺して境地に達したもの特殊な能力を得る――俺の能力は未来視だ」


 どこか遠くで力が渦巻いていく感覚がある。クリスタルの輝きが、僕の体を包んでいる。

 輪廻と転生。闇閉ざす世界で、僕は創世のクリスタルへと手を伸ばしている――。


「いいぜ――気が変わった。生かしてやる」


 なぜ突然気が変わったのか。

 なぜ突然生かしてやると言っているのか。


 なにもかもわからない。

 創世のクリスタル、というものが関係している気がした。


 体中に痛みが走る。


 グレゴリウスは厳かに言った。


「お前の未来を予言してやる。お前は二度、避けられない選択を迫られる。内容は、

 己の正義か、身の回りの大切なものか。

 世界全体のため消えるか、己だけを生かすか、だ」


 クリスタルが僕の頭上へと浮かんでいる夢を見る。

 そうだ僕はかつて願った。


 こんなくだらない世界は嫌だ。奇跡が欲しい。

 世界を創世せしクリスタルよ、どうかこの星に魔法をください、と。


 ◇ 15000字



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