選択する勇者
「さあ勇者よ! 魔王討伐の旅に出かけるのだ!」
ラッパと共に吹き荒れる強烈なファンファーレ音。
レッドカーペットに紙吹雪。そこに一人鎮座する王様。
勇者は渡された金を物悲しそうに見つめた。
勇者は何と言おうか迷い、実直に王様の言葉に応える。
「
→ありがとうございます。王様。
こんなの、おじいちゃんからもらったお小遣いより少ないよ!
」
「うむ。よきに計らえ。……なんだか不満そうじゃな? まるで心の声を隠しているかのような……」
その心配そうな声音が勇者の心に響いたのだろう。
勇者は真顔のまま王様の言葉に応える。
「
いえ、大丈夫です。僕にお任せを。
→ばーか! これじゃおまんじゅうしか買えないよ!
」
勇者が悔し交じりに叫ぶ。王様は泣いていた。
「なっ……おまえ! 父親に向かってなんということをいうのだ!」
「
→……。
…………!
」
「パパは息子のために頑張ったのに……こんなにも壮大なパレードを開いたのに……。仕方ないじゃないか。お金なくなっちゃったもん。ワシの小遣いスカスカだもん」
王様は小遣い制で生きていた。
王様はどこか遠くを見るような目つきをする。それはかの地に降臨した魔王のことか、あるいは昨日の妻と喧嘩してしまったかことか。それとも愛犬におしっこをかけられたときのことだろうか?
勇者にはわからない。わからないが、父親のことは嫌いではなかった。
「勇者。それに見よ。あのべっぴんさんたちを! おまえを見送るために美女を集めたのだ。うれしかろう?」
「
はい、私も魔王を倒す勇気がだせるというものです。
→ぺろぺろ。女の子大好き。
」
「女好きは……これも血か」
「
ははは、お母様に言いつけますよ、父上。
→サンキューばっば
」
「ああ……うん……頑張っていってくるのだぞ」
王様は浮かない顔をしたまま勇者を見送った。
偉大なる王の視線を背に、勇者はレッドカーペットを歩く。
金と白を基調した礼服をまとい、そこに存在するだけで、周りが底冷えするかのような雰囲気をまとうこの国の王子、勇者。
彼は無口だった。笑った顔はアホっぽく見える人物だった。口を開くと「え?」と言われることがままあった。悲しき過去。
何度か二重人格者か? と父親に心配されることがあった。勇者の普段の立ち振る舞いは、本当に王子様然としていたのだ。
勇者は旅に出る。復活した災厄の魔王を倒すために。
かのものを放っておけば、世界は滅亡の危機に陥るだろう。
◇
「調子はどうだい?」
大剣を背負った男――戦士は、勇者にそう話しかける。彼はこの旅の仲間だった。気さくな奴だった。
筋肉粒々とした肉体に、女みたいに綺麗な顔。肌は病的に白く、あまりにもその筋肉とミスマッチだ。みな、最初はその異様な見た目に息を呑む。そして遠巻きに眺める。しかし、彼が誰かと話している姿をみると「悪い奴じゃないな」とわかるようになる。戦士はそんな男だった。
「
→万全だよ
昨日便秘だった……。
」
「いいね。それくらい元気なら、ついでにころっと世界も救っちまおうぜ」
「
→任せてくれ。この旅、共に戦い生き残ろう。
ころっと? うんちだけに?
」
「……魔王の力は強大だ。あいつ、退屈だからって理由で世界を滅ぼそうとしていやがる。とんだクソ野郎だな。打つぞ、俺たちで」
「
→勝とう、力を合わせて。
クソ野郎? うんちしたくなってくるね。
」
勇者の高潔な言葉に、戦士はにっこりと頷く。そして景気づけにその背中をパンパン、と叩いた。
瞬間、勇者は蹲る。喉奥から漏れる悲鳴とも取れるか細い声。その声音は、この世でもっとも恐ろしいものの降臨を目にした民衆の反応とよく似ていた。
突然の勇者の変調に、戦士は慌てる。あたりを見渡し、敵の姿を探すもなにも感じない、何も見えない。あまりにも苦し気な勇者の様子に、戦士は必死に勇者の方を揺さぶった。
「勇者!? 大丈夫か! くそ、まさか魔王のやつ! 姿を現せ! まだこんな旅の序盤で狙うなんて、卑怯者が!」
「
→くっ……こんな……負けて、たまるか
揺らさないで、漏れる、漏れる!
」
「勇者! おい、勇者!」
必死で戦士は勇者を揺さぶり続ける。それが悪かったのだろう。
勇者が絶叫をあげる。視界は曖昧に、嗅覚は鈍感に、気分は低迷に。
意識を失うのは、現実を受け入れられないからだ。現実ではなく、夢を見たがっているからだ。
◇
「おむつください」
「あいよ。どうしたんだい戦士くん、なにに使うんだい?」
「……」
戦士は露店で買い物を済ませ、勇者の元に戻る。そして口を開いた。
「調子はどうだ?」
勇者は答えない。
「クソみたいだよな。俺は思うよ。なんで世界を救わなきゃいけないんだって。俺たちは命を懸けて戦う。でもそれでなんになる? 何にも知らない民衆がそれっぽく俺たちをはやしてる。すごいね、って? バカみたいだよな。結局、誰も俺たちの苦しみを知らない。物語の裏側になにがあるかなんて、まるで見ようともしないんだろうな」
戦士は皮肉っぽくなっていた。彼は世界に絶望したのだ。
「なあ」と戦士は言う。
「それ、俺のせいか?」
勇者は黙ったままだ。
「答えろよ」
勇者は答えない。
「目を覆い隠して、なにも見ないようにすること。それが正しくないってわけじゃない。でも、それに納得する人間のことを、俺は認めない。なにが正しいか自分で決めれるやつじゃなきゃ、俺にはまともに思えない。お前のそれは優しさか? 違うだろ。お前は臆病なだけだ」
戦士は力強く言った。
「責めろよ、俺を。言ってくれなきゃ、わからない」
戦士は罰を受けたがっていた。罵って欲しかった。死んでしまいたいとも思っていた。魔王を倒す旅がうんちを漏らしたことによって始まるのなんて最悪だ。なにもかも、うまくいかないという気持ちに支配されていた。
勇者は優し気な目をした。彼はゆっくりと首を振る。
今にも泣きだしそうな戦士の肩を、緩く拳で殴った。
それで戦士にはすべて伝わったようで、戦士は涙を流して跪く。
「許してくれるのか、こんな俺のことを」
「
→君は大事な仲間だ。
ここでうんちしたら許してやる。
」
「そんな! まだこんな俺のことを……!」
「
いいんだ。自己犠牲は勇者の本懐。君が今日のことに感謝するのならば、君も誰かのために戦ってあげてほしい。
→僕のお腹はゆるゆるだが、君の涙腺もゆるゆるだな。ぶりぶり。
」
「……え?」
「
→いいんだ。自己犠牲は勇者の本懐。君が今日のことに感謝するのならば、君も誰かのために戦ってあげてほしい。
あ、やべ。
」
「勇者……ははは。なんだったんだよ、さっきの冗談。今はもう俺、笑い涙だよ。そうだな。俺、戦うよ。誰かのために。そして、お前のために」
でも、と戦士は続ける。
「勇者。お前の心意気は素晴らしいよ。でも、言いたいことがあったらいっていいんだ。心の声を隠さないでいいんだ。頼れよ、俺を。俺はお前の剣だから」
「
ありがとう。
→サンキューベリーマッチョ。
」
「おう! 筋肉筋肉!」
戦士は笑いながら、マッスルポーズをして見せる。勇者もそれを見て笑った。
きっと――。
溜まったものが決壊してしまうと、もう元には戻らないのでは? と人は思ってしまう。事実、そういうことはままあるだろう。だが、歩み寄ってみてもよいはずなのだ。壊れてしまったものは取り戻せない。その固定観念を外すのは難しく、人は直すより壊す方が、助けるよりも傷つける方がずっと容易いと思いがちだ。
だが、勇者と戦士の仲は崩れなかった。うんちを漏らしても、再び手を取り合えた。歩み寄るという行為は無駄ではなかった。
「
→戦士、とりあえずおむつを頭に被ってしばらく行動してほしい。
……ありがとう。
」
「勇者、おまえひょっとして結構怒ってる?」
◇
勇者と戦士の旅を続ける。
彼らは新たな仲間を得るため、冒険者ギルドに来ていた。勇者は王家の血筋を引くものであり、魔王を倒すための英雄だ。そのためあって、かなり優秀な人材が仲間になってくれるという。世界に一人しかいない心を読む魔法使い。それが今回旅に加わってくれる仲間だ。
ロープは全体的に白く、青のルーンがその生地に踊っている。瞳も同じ青。深緑さを感じさせる、洞察の深い瞳。手足は小さく、その可憐な容姿は明らかに力仕事に向いていない。魔法の杖を抱き寄せるようにしている姿は、見るものに庇護欲を感じさせた。だがその行為はきっと、魔法への信頼と、緊張を解くために必要な措置なのだろう。
――面接が始まる。
「なんでオムツを頭に被ってるんですか?」
そんな魔法使いの言葉から、面接は始まった。
「いや、これはわけがあってだな……。いや、違うな。これは俺の趣味なんだ。オムツを被るとオツムがよくなりそうだろ?」
「これが……魔王を倒す英雄の姿……?」
狂気じみたものを見る目で、魔法使いは身を引いた。
それを見て、勇者はいたたまれない気持ちになって口をはさむ。
「
戦士は呪われてるんだ。魔王の仕業なんだよ。
→違うね。僕らはトイレの妖精だ。
」
「や、やだ! 近づかないで! 怖い!」
勇者は少し悲しそうな顔をした。ついでに思った。例の事件が女の子が加わる前に起きて、まだよかったな、と。
勇者はそのまま考える。このままではまずかった。どう考えても、魔法使いはこちらを汚物としてみていた。あるいは魔王を見るような目つきだった。
戦士は例の事件のことを魔法使いに話さないために、自分が悪役を引き受けたのだと勇者は感じた。なら、自分がフォローしなければならなかった。
勇者が口を開こうとする。その時――。
ぎゅるぎゅるぎゅる!
勇者のお腹からすさまじい音がした。緊張が原因だった。
魔法使いがこの世の終わりだというように動転して叫ぶ。
「じ、地震!?」
「ちげえよ!」
戦士が突っ込みを入れた。
勇者は猛然と駆け出し、トイレに向かう。彼は選択を間違えなかった。漏らさないために、何もかもを放り出してトイレに向かうことを選んだ。
あたりは静まり変える。嵐の後の静けさ。
身を刺すような雰囲気があたりを包む。両者警戒状態。間違ってことをいってしまえば取り返しのつかないことになる――。それが両者が感じていた共通認識だった。
「あ、あっあー、えらいなー勇者は。こんな時だっていうのに。異変を感じてすぐに異変に対処しにいくなんて」
勇者のお腹の異変。
戦士はなにも間違ったことは言わなかった。
「……なるほど。そうだったんですか。それに比べ、私たちは一歩動けなかった……。私、勇者様のことを疑っていたのかもしれません」
「まあ、あいつがいけば間違いないよ。名声の意味でも、あいつを目立たせるために放っておこうぜ」
「わかりました。それがあなたたちのやり方なら……私もそれに従おうと思います」
でも、と魔法使いは言う。
「あなたの頭の上のそれはなんですか?」
――重い雰囲気があたりにのしかかる。
戦士は顔をしかめる。
ためらいながら、目をつぶりながら。慎重に、緩慢に。
戦士はゆっくりと口を開く。
「オムツだ」
「わかってますよ! だからなんでそんなもの被ってるんですか!」
「別にいいだろ。誰にだってそういう時はある」
「ないですよ! 異常者ですよ! 怖いですもん!」
「……」
「なにかの信仰ですか? 罰した方がいいですか? 神様……このものに魔法の加護を……」
魔力は神を信仰することによって得ることができる。魔法使いにとって、オムツを被る戦士はまるで邪教信仰者に見えた。
「まあ、待てよ」
「いや! 臭い! 話しかけないで!」
「あの――」
「怖い! 無理! 誰か!」
戦士がイライラし始める。目が据わり、鋭くなった。
「気分はどうだ?」と彼は皮肉っぽく話し始める。
「なあ、騒げて満足か? お前、頭のこれがそんなに気になるんだ。でも、それで人を批判したり、排除しようとしたり……お前、人を傷つけるのが好きなやつなのか?」
「なにをいってるんですか……?」
「想像力が足りてない、って俺は思うね。お前は物事の裏側を知らないんだ。そのくせして、自分が想像がつかないものだから、物事を恐れる。平気で傷つける。叫んで恐れて騒いで、自分勝手に行動する。そんなんじゃ神様も泣いちまうぜ?」
戦士は少しメンヘラ気質だった。
戦士の言葉にかちんときたのか、魔法使いはその言葉を正面から受け止める。
「それは詭弁では? オムツを被る人間――そんな人が当たり前の権利を主張していいと思いますか? 非難されるのが嫌なら、オムツを被るのをやめればいいじゃないですか」
魔法使いの正確なレスポンスはいつも口ばかり回る戦士を黙らせた。
――オムツを頭に被らなければいい。
どうあがいても正論だ。
「事情があるんだよ。それを知らないお前が、偉そうに権利なんて言葉を口にするんじゃない」
「事情? そんなもの、考慮してたらキリがないじゃないですか。事実として、面接でオムツを被ってくる人は怖い人に見えます。オムツを被って歩いている人がいれば、私は気分を損ねます。だって異常なんです。見ていたら不安になるんです。どんな事情があるにせよ、あなたは私を嫌な気分にさせているんです。その上で、あなたは権利を主張するんですか?」
うるせえ! と戦士は吠える。
「オムツを被っていたっていいじゃないか。見た目で人を判断するその思考――性差別を助長している! LGBTQに鉄の加護を。人の意識に変革! オムツが不快というのはお前の認識を変えるべきなんだ。『当たり前』なんかで少数の意見を殺すべきじゃない!」
「すみません! 怖いんで私帰りますね!」
「聞けよ!」
「さよなら!」
魔法使いは逃げるようにして席を立った。というより逃げるために席を立った。
扉を開くと、そこには汗をかいている勇者が立っていた。それを見て、魔法使いは少しだけ冷静になる。
「
→……もう、帰ってしまうのですか? まだもう少しお話したいです。
お腹危なかったぁ!
」
「勇者様、もしかして異変を解決したのですか?」
「
→ええ、そうですね。
異変……? 僕のお腹のことですか?
」
「そっか……そうなんですね」
こんな人たちでも、世界を救う英雄なんだ、と魔法使いは呟く。
彼女は頬を染め、そっぽを向く。彼女の目から見て、勇者の姿はキラキラとして見えた。人のために走り、汗を流すこと。それは間違いなく素晴らしい行動で。
甘いマスクで「もう少し話したかった」と言われた。玉の腰もあるかも、と思った。顔がよかった。イケメンが私のこと口説いてる、と思った。
魔法使いは暴走と妄想を繰り返しがちな少女だった。
◇
あとがき
こういう構想でなんか書くかもしれない。




