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開戦

 午前十時五十一分。

 戦争で巻き荒れた砂塵渦巻く街の中を、一人の若い朱雀兵が歩いていた。

 白虎兵、朱雀兵。

 彼の前には白や赤といった色を基調とした兵装を纏った死体が、いくつも転がっている。そしてまた、幾ばくも無いままに、彼も死体のうちの一つになることは、想像に難くない。


 息も絶え絶えといった様子で、彼は上空を見上げる。見上げれば、巨大な白虎軍の空挺がいくつも浮かんでいる。

 戦況は不利。すでに朱雀の領土のほとんどには、虎のマークの旗が鎮座していた。


「ポイントは……まだ先か」


 彼は一人ふらふらと歩き続ける。眩暈をこらえながら、彼は重要な任務のために歩き続けた。


 途中、何人か赤の兵が密集している場所を見つける。


「みんな……無事か?」


 流れ込む安堵感が、彼を確かに弱くする。

 こわばり、力の入りすぎていた両足からは力が抜け、彼は無様にその場に倒れこんだ。目の前にいる朱雀の女兵と目が合った。

 二人とも、ボロボロだった。


「赤いマントの……若い兵を、みなかったか?」

「見てない」


 吐き捨てるように、彼女はそう言った。


「そうか……」

「あんたはなに――」


 突如、二人の間に爆発が起こる。

 彼は吹き飛ばされ、戦渦で裸になった街の地面に投げ出された。


「いたぞ!」


 ――白虎兵が、集まってくる。


 先ほどの爆発で、何人かの朱雀兵が火だるまになっている。


「殺せ!」


 無慈悲な白虎兵たちは、そんな彼らをも残酷に殺していった。

 傷ついた朱雀兵が傷に痛み、苦しむ声も、一瞬で聞こえなくなっていった。


 彼は喉奥から搾り出すような悲鳴を上げながら、情けなく地面を這いつくばって逃走を開始する。

 助かりたい一心で。

 生き延びたい一心で。


 しかし、二人の白虎兵が目ざとく彼を見つけた。

 這って進む彼の傍に銃弾が着弾する。地面を抉る死の音を傍らに、彼は必死に進むも、二組の白虎兵は死神のようにゆっくりと彼に近づいてきた。


「ひっひっ。うっ。うう」


 彼の目と鼻の先まで白虎兵は迫っている。

 彼の眼には、銃のトリガーに指のかかった死神達の姿がよく見えた。


 ――クェー!


 つんざく獣の方向。


「なんだ?」と白虎兵。


 次の瞬間、当の本人は宙に投げ飛ばされていた。

 鎧を纏い、くちばしが赤く染めあがったチョコボが雄たけびを上げている。

 素早くもう一人の白虎兵がチョコボに銃を向ける。


 鋭い緊迫感の流れる中、若い朱雀兵は必死で地面に落ちている剣を拾い、咄嗟に白虎兵に突き出した。


「うああああ!」


 必死だった。


 もんどりうって倒れる白虎兵。それに跨り、トドメの一撃をくれてやる若い朱雀兵。

 命のやり取りは、一瞬にして終わった。


 ――生き延び……たのか。


 彼は深く目を瞑り疲れ果てたように後ろに倒れる。声にも似つかない声のようなものが喉奥から漏れ、ただ呻いた。


 荒く荒く、彼は息を吐く。


 そんな彼の様子を、鎧を纏ったチョコボは彼を心配そうに見下ろした。

 いつもそうするように、チョコボは頭を彼の首元に近づける。


「チチリ」


 彼は自分の戦友であるチョコボの名を呼ぶ。

 弱り切った彼の腕は、チチリの顎を愛おしそうに撫であげ、「くぇくぇ」とチチリは嬉しそうに鳴いた。


 彼はもう一度目を瞑る。


 ――俺は……立ち上がらなくてはならない。


 体も心も疲弊して、おまけに今大勢の仲間が死んだ。

 けれど、新しく仲間が来てくれた。ずっと一緒にいた、頼りになる相棒が。


 だから彼は立ち上がる。奥歯を噛みしめながら、チチリの体を支えに、彼はなんとか立ち上がった。


「よし――まだだ。エースに、これを」


 彼はチチリに跨り、戦場を駆け出した。


 ◇


 タン、タン、タン、タン。


 チョコボのチチリの駆ける音が、規則正しく耳に聞こえてくる。

 上下に揺れる視界は、戦渦でボロボロになった街並みを映し出す。


 今、この瞬間にもどこかからする爆発音が聞こえてくる。行く手にも、いくつもの黒い煙が、亡者の手のように伸びている。


 体中が痛い。


 視界の揺れは、チチリの背にいる振動なのか、それとも自分がどうにかしてしまっているのか。

 わけがわからない状況に陥りながらも、彼は必死に手綱を握りしめる。


 タン、タン、タン、タン。


 視界が揺れる。戦渦でボロボロになった街並み。

 ずっと同じ光景を見ている気がする。一歩も進めていない気がする。


「うっ……あ……目が……」


 彼は、滑り落ちるようにしてチチリから落馬した。

 チチリの背から投げ出された彼は、何度も地面を転がる。

 限界だった体が、増々に痛んだ。


「あいつは……エースは」


 目の前が暗くなっていく。

 彼がぼやける視界で最後に見たのは、懇願するように見つめる、チチリの大きな目だった。


 ◇


 午前十一時三十七分。


 ――銃声。


「クィー」


 真っ暗な視界の中、チチリの悲鳴が、彼の耳に届いた。


「チチリ」


 彼はすぐに目を覚ます。

 四つん這いになりながら、彼は愛チョコボに駆け寄った。


 自分の背後では、足音が二つ聞こえる。兵隊の足音だ。


「チチリ!」


 ――足音が近づいてくる。


「――はっ」


 彼はチチリに向けて、回復魔法を使った。

 淡い光は眩く彼の手のひらを包み込み……集まった光は力なく消滅した。


 クリスタルジャマー。


 今、朱雀兵は誰も魔法が使えない。

 白虎の協定違反の兵器によって、朱雀は一方的に白虎に追い詰められているのだ。


「く……そお!」


 彼はそのことをわかっていても、何度も何度もチチリに回復魔法を使おうとする。

 最後の力を振り絞って。ただ、必死に。


「くそ、チチリ、チチリ、頼む……」


 背後から白虎兵共の足音が近づいてくる。

 見なくても彼はわかった。

 自分は、ここで――。


「エース……」


 カシャン、と銃が二組構えられる音。


「エース……!」


 カチリ、と引き金に指のかかる音。


「エースーーーーー!」


 だれか自分を見つけてくれ。

 その一心で放った、泣き声のような雄たけびは、魔法の炎によって迎えられた。


 瞬く間に広がる炎は、白虎兵のみを綺麗に焼き払う。

 焼死していく白虎兵達を背景に、彼は確かに、【エース】の姿を見た。


 特別な意味のある赤いマント。戦場にあって僅かに煤のついた白い肌。魔法のような明るい金髪に、意志の強い翡翠色の瞳。


「ここだ!」


 エースは彼をしかと見つめる。


「僕は、ここだ」


 彼は全身から力が抜けていくのを感じていた。

 若い朱雀の兵――ただの一般兵である彼は、ここに任務を全うしたのだ。


 うめき声をあげながら、彼はチチリの翼に頭を乗せる。息が苦しい。体中が痛む。

 おまけにもう、なにも見えやしない。


 彼は最後の力を振り絞って、エースに拳を向けた。

 エースはすぐさま彼に駆け寄り、その拳を両手で包み込む。


「……イザナ」


 エースは彼に回復魔法を使った。

 彼のものとは違い、魔法は途中で消滅せずに彼の体を包み込む。しかし、傷つきすぎた彼の体には、もはや効果はなかった。


 エースの横を生真面目そうな眼付きの強い女が通り過ぎる。彼女もまた、赤いマントを羽織っていた。


「もう、無理ですね」

「わかってる」


 悔しさを滲ませながら、エースは答えた。

 エースはゆっくりと立ち上がる。


 そうして、赤いマントの特待生は、次の戦場へと向かった。


 若い朱雀兵は、薄れゆく視界の中、一組の男女を見つめる。

 あとに残されたのは、若い朱雀兵と、彼の愛するチョコボ――チチリだけだった。


「来てくれて、ありがとな……チチリ」

「くえ」


 チチリは彼の声に鳴き声で答える。銃弾に倒れ伏したチチリの鳴き声は、とてもか細く、小さかった。


「少し……休もう」


 ぱちぱちと街の燃える音が聞こえる。

 彼はあたたかなチチリの羽毛を感じながら、喋り始めた。


「お前の名前、さ」


 彼は喋る、喋る。油断すると、泣き声のような声が混じってしまう。

 それを抑えて、彼は笑いながらチチリに語り掛ける。


「やっぱり、変だよ、チチリ。ははっ」


 弱り切った様子のチチリは、それでも愛情の籠った「くえ」という相槌返す。

 彼はまた笑った。


「マキナの名づけは、わかんないなあ」


 ◇


 午前十一時三十九分。


 血だらけになったチョコボと、若い朱雀兵が一緒になって倒れ伏していた。

 彼らを中心に、ゆっくりと血の池が広がっていく。


「俺もお前も、死ぬのかなあ」


 彼は誰にともなく、呟く。

 彼がしているのは、独白だった。

 死ぬ前の清算だった。


 彼は甘えるようにチチリの翼に頭を埋め、納得したようにいった。


「マキナ、元気でな」

「レム、もう一度、会いたいな」

「チチリ、お前が一緒でよかった」


 彼は清算を続ける。今までの自分の人生。してきたこと。大切な人たち。

 思い出をぐるりぐるりと頭の中で回す。その滑車を回せば回すほど、自分が幸せになれると盲信しようとし続ける。


「うっ」


 鋭い痛みが自分の体を駆け巡る。

 信じられないほどの苦痛だった。


 甘い思い出の逃避は、鋭い痛みによって引き戻される。

 彼が再び目を開けば、ぼやけた視界に、清算な戦争の光景が映った。


「いやだあ」


 ――街が燃えている。


「こわい」


 死体の焼ける臭いが鼻を衝く。


「嫌だ。死にたくない」


 途切れ途切れに放たれる彼の声は、嗚咽交じりのものだった。

 いやだいやだ、と彼は泣く。まだ死にたくないと、誰にも届かぬ懇願をする。


 彼は耐えきれなくて泣き始めた。

 プライドや、残してきた人のことや、その他のことなどはなにも頭になかった。

 怖い、怖い。彼の頭の中にあるのは、ただ死への恐怖一色。それだけだった。


 情けなく泣き続ける彼の声を聴いて、チチリが頭を持ち上げる。

 そして彼の泣き声に共鳴するかのようにいなないた。


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