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黒と白 三人称


ヒストリア大陸にて魔人病という疾患が蔓延していた。その病にかかった者の手足は捻じれ、異形となり迫害される運命にある。同時に得る「魔法」という力によって魔人病の疾患者はより恐れられ、迫害されていく。


そんな魔人たちが居着く近くにぽつり、のどかな風景が広がっていた。泉は深緑に揺蕩う森に囲まれている。柔らかな光が地を照らし、鳥がさえずり、空気は澄んでいる。慈しむかのような木々のさざめきは眠りに誘うかのようで、仄かな安心感を与えた。踊り散る木の葉の舞いは嫋やかで、ここはこの世ではないかのようだった。


そこには一人の白髪の少女がいる。

『白の魔王』と呼ばれる齢十七かという少女は、確かに魔人らの王だった。超俗的な雰囲気を放つ彼女は圧倒的で、小娘というにふさわしくない。

彼女は世界の誰よりも強いとされる、イレギュラーな存在だった。


「やあ」とその少女に声をかける人間が一人。


全身黒の容貌をしている陰鬱な少年は『黒の勇者』と呼ばれる英雄。表情には憂いが佇み、優しげな風貌だが、ずしりとしたオーラは確かに強者が放つものだった。

彼と彼女は、いつも二人、この泉で穏やかな時間を過ごしている。


「×××!」


花が咲くような笑顔を少女は向けた。

凛としてかつ澄んだ声。しかしその音はどこか甘い。その声がどこか甘いのは、きっと黒髪の少年に心を許している部分があるせいだ。


「また、来てくれたんだね」

「うん」


黒の勇者は世界の均衡を図る英雄としての役割を持つ。代々『犠牲の勇者』と呼ばれてきたこの血族は、その命を消費して類まれなる戦闘力を発揮する。


「なんでいつも来てくれるの?」


期待の籠った声音。あまりにも圧倒的な彼女は、ずっと孤独に生きてきた。周囲からの恐れはあまりに大きく、近づくものが滅多にいないほどだった。


「……」

「ねえ、×××って優しいよね」


――そうなんだろか?


「……そんなことないよ」

「ふーん、そういうことにしよっか」


彼女は笑いながら手招きをする。それは蠱惑的に思えるほどの誘い。


「ほら、隣においでよ」

「はいはい」


圧倒的故に孤立し、普段他者と会話することすらほとんどない白の魔王。その反動なのだろうか?

黒い少年がいる時は、できる限り傍に寄りたがる。手のひらに触れようとする。


「そういうの、勘違いされるからよくないよ」


そういいつつも、彼は彼女の誘いを断れない。それはきっと、同情心以外からくるものが理由で。


「勘違いなんかじゃないよ」

「……」

「勘違いなんかじゃない」


少年が少女の最大の理解者だからこその台詞。彼女の苦しみを、孤独を、怒りを、思いやりを、崇高な意思を彼は深く知っていた。彼女の強烈な意思を、他者を虐げてでも信念を全うする残酷さを。清濁すべてを理解していた。


だからなのだろうか?


「シルファレア」と彼女の名を呼ぶ。


あまりにも幻想的で綺麗な女の子。この世のものではないかのような、そういう少女。魔人に献身する彼女の姿に全く惹かれないといってしまえば嘘になる。


それでも彼には彼女の手を取る資格がない。


今、世界で大きな問題がある。

魔人と人間の闘争。といっても、病に冒され魔人となった者たちの人口は少ない。だから魔人達は一方的に弾圧されるだろう。しかし、『白の魔王』がそこに君臨するならば、きっと多くの人が死ぬ。


それを止めるのが、黒の勇者の使命。


――けれど、僕はそれを止めるべきなんだろうか?


魔人病、という病を患った元人間の彼らは、その体に傷を残す。四肢が捻じれて歩けなくなる者。耳や目が聞こえなくなるもの。腕が腐って地に落ちて、満足にご飯を食べられなくなるもの。

そういった障害を持つ者同士が寄り添って、足がなくて手が発達したものは、その逆のものを助ける。腕がないものが足がないものを助ける。互いを補って生きている。


魔人はこの世に存在してはならない。醜悪な見た目の彼らは絶滅すべきだ。世の中に生きてはならない害虫だ。そういう考えが、世界に廻っている。


――そんな風に彼らを異形だって罵って殺そうとする世界なんて間違ってる。


けれどもそれが世界の理。肌の色が違うだけで、人は殺戮を許容する。思想が違うからと聖戦をする。

化け物たちを受け入れて平和に過ごすなんて、絶対にできやしない。


けど、そういう人間たちの味方をしなければならないのが『黒の勇者』としての役割だった。


「あっ……」


よそよそしく、距離を置く。慣れ合わないように、と。

シルファレアの顔が悲痛に染まる。けれどそれは一瞬のことで、彼女は魔人の長に相応しい、彫刻のように完璧な表情で、感情が見えぬようにした。


……沈黙が場を支配する。


その空気を切り裂いたのは、血の籠った咳の音。


「……ごほっ」


シルファレアが袖で口元を隠す。滲む血が、絹を侵食していく。真っ赤が雪原を冒していくような光景は止まらない。

次に彼女の鼻からつーっと血の雫が伝っていった。そして目から、耳から、血の筋が彼女の肌を伝う。


「や、やだ……みないで……」


黒の勇者は震える彼女を見ていた。なんでこんなことが起きているのか、彼はよく知っていた。


「……体、もう限界なんだね」


魔人は力を行使すればするほど、能力は上がり、その身体に支障をきたすようになる。白の魔王は特別で、外見の一切は人間のものだったが、その内面を計り知ることはできない。


彼女はいつも一人で戦っていた。誰も犠牲にならないようにと。

計略を練り、一人で操り、前線はほぼ彼女一人が支える。魔人達が魔法を使えば、その魔人達の病が悪化してしまうから。


本当なら、そんな彼女を手伝おうとするものが現れてもいいはずだった。けれども彼女は圧倒的な超越者。助けよう、なんて考えは生まれない。強者が弱者を守ることはある。けれど弱者が強者を守るなんて考え、いったい誰が考え付く?


――魔人達はいつも、弱音を吐かず、楽々と敵を鏖殺する彼女しか見ていない。


だからこういうことになる。


「×××……」


苦しみに喘ぎ、縋るような声音が黒の勇者の鼓膜を揺らす。


「私……私、死にたくない」


意識を失いかけた彼女の頭が、黒の勇者の胸に当たる。縋るように袖を掴み、それでも最後まで頼ってしまわないようにって、自重のほとんどを預けぬようにと踏みとどまっている。


――僕は。


白の魔王シルファレアは常に孤独の戦いを強いられていた。それは強迫観念や自己犠牲からくるものもある。

だがそれ以上に、彼女の意思を汲み取る者がいないから。超越者たる彼女の苦悩を考えるものなど一人もいないから、だから。


――本当に?


誰からも見捨てられ、排斥されてきた魔人達。そんな彼らを汲み取って、助けようとしている白の魔王。

強者が一方的に弱者を助ける図式が完成している。彼女には限界があるというのに、人の意思には限りがあるというのに、それを汲み取られることはない。


「×××……×××……」


黒の勇者の心中に、言いようのない感情の嵐が巻き起こる。

こんなのはあんまりだっていう思いが、強く彼を支配する。


だから、彼は彼女をそっと抱きしめた。すべての体重が彼にかかる。


――きっと誰も、彼女をこのまま救わない。


彼女は圧倒的だから。

このままただ一人、孤独に。

きっと身を削り続けて、ボロボロになって死ぬ


力あるものが責任を負うべきだなんて考えは、間違ったものだろう。


それでもシルファレアと対等になれる者なんて、この世界に誰一人としていない。


――それなら。


力があるからって、一人寂しく彼女が削られていくというのなら。

誰も彼女を救わないというのなら。


――誰もやらないなら、僕がやる。



そうして2ヶ月が経って、


「ああ、あああああ……」


黒の勇者は、悲痛に呻く一人の魔人を見ていた。

白の魔王の最も忠実な部下の一人。そいつが、恨みの篭もった目で黒の勇者を睨みつけている。


「なんで、なんであなたが、おまえが……」


絶望しきった表情で、よろめきながら黒の勇者の胸ぐらを掴む。


「一番に味方のはずだった、おまえが……!」


枯れるような絶叫が響いたのは、次の瞬間だった。


「どうして白の魔王様を!殺した!」


血に塗れた黒の勇者は、虚ろな瞳で怨みの咆哮を聞いていた。

彼の手には剣がある。


「僕が」と彼は言う。


「僕が黒の魔王になる」


黒の勇者は、白の魔王を殺した。

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