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黒と白 一人称

のどかな風景が広がっていた。泉は深緑に揺蕩う森に囲まれている。柔らかな光が地を照らし、鳥がさえずり、空気は澄んでいる。慈しむかのような木々のさざめきは、仄かな安心感を与えた。踊り散る木の葉の舞いは嫋やかで、ここはこの世ではないかのようだった。


そこにはいつも彼女がいる。神秘的な泉に足を浸して、誰かを待っている。

歌姫のように綺麗な歌声が、独特なハミングを刻む。僕はそれに誘い込まれる。


「待ってたよ」と彼女は言った。


幻想的な雰囲気の白髪の少女は『白の魔王』と呼ばれていた。

一方、陰鬱で陰のある僕は、『黒の勇者』と呼ばれていた。


彼女が僕を見て微笑む。


「今日は?」

「殺さない」

「明日は?」

「殺さない」

「未来永劫?」

「……それは、わからない」


黒の勇者は白の魔王を殺す使命を帯びた、人類の英雄だ。

そう、僕は彼女を殺さなくてはならない。それが使命だから。


でも、僕はそれに逆らいたかった。使命という決められた世の理。それが物語のルールだというのなら、登場人物の駒がそれに逆らってはいいではないか?

でもそれは一時的なもの。きっと僕らは殺し合いをする。


魔人達の王。それが彼女の役割だ。

魔人はこの世に存在してはならない。醜悪な見た目の彼らは絶滅すべきだ。世の中に生きてはならない害虫だ。そういう考えが、世界に廻っている。


でも、僕は知っている。魔人病、という病を患った元人間の彼らは、その体に傷を残す。四肢が捻じれて歩けなくなる者。耳や目が聞こえなくなるもの。腕が腐って地に落ちて、満足にご飯を食べられなくなるもの。

そういった障害を持つ者同士が寄り添って、足がなくて手が発達したものは、その逆のものを助ける。腕がないものが足がないものを助ける。互いを補って生きている。


そんな彼らを異形だって罵って殺そうとする世界なんて――間違ってる。


「ねえ、×××」と彼女は僕の名を呼ぶ。


「なに?」

「世界なんて、滅びちゃえばいいのにね」

「……」


僕は勇者だ。世界を守るために生まれてきた存在だ。そんな僕を、彼女は挑発するようにそんな言葉を投げかける。


「だめだよ、シルファレア」

「……」

「確かに世界は酷いよ。生きづらくて不公平だよ。でもだからって、誰かを呪っちゃいけない。それじゃあみんな不幸になる」

「綺麗事だよ。私たちはずっと迫害されてきた。自分たちの不幸なんてとっくの昔に受け入れてる。なんでこの不幸という呪いを、世界にまき散らしちゃいけないの?」


――魔人達の心は歪んでいる。


おまけに世界の滅亡を望んでる。そしてそれを実行するだけの力がある。彼らには『魔法』がある。一人で五人以上を殺せるぐらいの力が。


だから僕はそれを止めなくちゃならない。シルファレアを止めて、みんなが幸せに生きられるように、世の中のバランスを整えなくてはならない。


「……」


でも、僕にはかける言葉がなかった。我慢しろ、だなんて言えなかった。

だって僕は無傷で世界を生きている。迫害されたことのない僕は、非迫害者たちになにかを言うことなんてできやしない。


「悩まずに私を殺しちゃえばいいのに」

「……嫌だよ。まだ時間はある」

「ふーん」


世界の何もかもが間違ってる。他者を呪って生きる魔人は間違ってるけれど、そういう風にさせた人間たちだって間違ってる。


――僕は魔人を救おうとするシルファレアを殺したくない。


「……ねえ、泣かないでよ」


つっけんどんな声に迷いが生まれる。優しい彼女は敵である僕に同情をする。


「言い過ぎたよ。ねえ、×××、ごめん」


彼女の意思は崇高で、平等に優しい。非迫害者に向ける憎悪は強烈で、その感情の揺れ幅は凄まじい。

それって、彼女が誰よりも優しいってことなんじゃないだろうか?


だからこんなにも悔しいのだ。


「謝るなら」

「……」

「考えを改めてよ。みんなが幸せになれるように、そういう風に頑張ろうよ。協力、するから」

「……無理だよ」


だって全部を選ぶことなんてできない、と彼女は言う。

魔人が滅ぶか、人間が滅ぶかしかないんだって。


「ねえ、×××。祈って願いが叶う程、世界は優しくないんだよ」


残酷にそう宣告する彼女は、僕の手のひらを優しく握りしめる。

彼女は小さく震えている。


誰もかれもが世界を呪って生きている。

僕だってそうだ。


決して交わらない意志と意志。

魔人を滅ぼせという世界。

人間を滅ぼしてやるという白の魔王。

みんなが幸せになれますようにって願う黒の勇者。


間違っているのは明らかに僕だった。綺麗事を偉そうに言うばかりで、現実が見えていない。


だから――結局は僕は彼女を殺してしまって、気が狂いそうになるのだろう。

僕には現実を変えるだけの力がない。



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