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参謀は謳う。
「魔力の性質はエネルギーの概念に似ている。魔力は原子に作用することができる。雪は元を正せばただの水。その原子ひとつひとつにエネルギーを付与していく」
「エネルギーが付与され、不安定になった分子に一定の別のエネルギーぶつける。すると、分子は分離し、付与されたエネルギーは行き場をなくす」
「それは爆発という事象となって世界に影響を与える。魔法の可能性は無限大だ。――滅びよ、劣等種どもが」
すべてを飲み込む暴雪の上で、翼を広げて飛ぶ魔人が一人。
その魔人は袋状のものを雪の上に落とした。
袋は空中でほどけ、細かなきらきらとした物質が雪に向かって飛散する。
その物質が雪に接地すると、落下地点の雪が七色に輝き始め、その輝きは見る間に膨大な量の雪へと伝播していく。
燦燦と輝く雪原が命の終わり迎えるかのように、めいいっぱい輝きを強め――。
爆発した。
後に残るものなど何もなかった。
きらきらとした残滓が、水蒸気のように空へと昇っていく――。
◇
巨大な天幕には一つの玉座がある。そこには黒の魔王が肘をついて座っている。
表情は黒の仮面に隠れて見えず、隠されているその表情が、より一層、魔王という神秘に拍車をかける。
フードを被った参謀が恭しく跪く。
「黒の魔王様、追手はいません。最も厄介と言われていた敵軍の指揮官、および何千という人間どもを駆逐しました。これからの動きは楽になるでしょう」
「……」
「嬉しくなさそうですね?」
強力な指揮官の存在は、魔王軍の中で最も問題視されていたことだ。
黒の魔王の一日一回の大魔法。相手はそれを避けるために部隊をいくつにも分ける。こちらが最も数の多い部隊に魔法を打ち込む。しかし、そこにいたのは張りぼてのカカシばかり。情報を操られ、魔人達に不利を強いる。
「圧倒的な存在! カリスマ! 戦闘力! おまけに戦略に長けている。どうやったのか、こちらの魔人洗脳としか思えない手腕で操り、スパイに仕立てあげている。そんな厄介な相手を! ……無事、排除できたのですよ? なぜあなた様の表情が曇っておられるのですか?」
参謀の態度はいつだって恭しく黒の魔王を敬うようでありながら、しかし言葉に毒を含んでいる。
見下すような、侮るような。
果たして、黒の魔王は答えない。
「なぜか、当てましょうか?」と参謀は言う。
『白の勇者』。
強調されたその単語に、黒の魔王は重々しく顔を上げた。
その表情には、どこか諦めたような影がある。
そのまま両者押し黙った。
たっぷり一分の空白の後に、黒の魔王が口を開いた。
「言いたいことがあるなら言うがいい」
にやり、と参謀が笑った。
「あなたはそれが誰か、知っていましたね?」
「……」
「僕が知ったのは、『臨海雪作戦』を終えた後でした。ああなんということだ。知っていたやらなかっただろうに。絶対に止めたのに」
これ見よがしに、参謀はフードをどける。
彼にはもう両耳がない。片目がない。鼻が欠けている。
その両手には指一本たりとも存在せず、体に纏う肉は生きている者が持つ量としては足りてない。
それが参謀が呪術で支払った代償だった。魔人に成り、迫害され、奴隷になり、罵られ、貴族のおもちゃにされ、白の魔王に救われた彼が払った、代償だった。
汚い豚の男色に毎日吐いた。世界を恨み、滅びてしまえと願った。
その後に救いが訪れて、その救いを与えたもののためなら、なんだってしてやろうと思った。
そのことを、黒の魔王は良く知っていた。
「『白の勇者シルファレア』」
「……」
「迫害され、傷だらけになり、誰にも汲み取られことなく打ち捨てられた魔人達の救世主の名です」
「…………」
「それをあなたは! おまえは! 一度では足らず、二度も殺した! 愛していたのではなかったのですか? シルファレア様も同じ思いを抱いておられるようでした。気づいていなかったのですか? 彼女には、あなたしか味方がいなかったのに!」
黒の魔王は動けなかった。彼が被るのは仮面。絶対の君臨者として、魔人達の上に立つ。
しかし、内面はそれにふさわしくない。投げかけられた言葉に傷つき、人殺しからくる罪悪感から狂いかけ、悪夢ばかりを見続ける、張りぼての魔王。
「……と、僕があなたを糾弾すると思いましたか?」
「……なに?」
「あなたは背負いすぎなんですよ。罪を咎められたかったんでしょう? 罰を受けて、死にたかったんでしょう? いいえ、その必要はない。あなたはよくやっている」
黒の魔王が大きく目を見開く。そんな馬鹿なと、信じられないものを見る目になる。
そしてそこに救いがあるかのような、そんな表情になる。
「シルファレア様を殺した理由をあなたは教えてくれません。しかし、理由があるのでしょう。いい加減荷を下ろしていいんですよ。あなたは恐れらるる圧政者。理解されない君臨者。けれど、僕は知っています。あなたが苦しみ、魔人のために身を砕いていることを」
参謀は力が抜けたように微笑んだ。
「あなたは僕によって罵られ、罪は潅がれました。大丈夫、死にたいのなら殺してあげます。でも、もう少しだけ頑張りましょうか。あなたは僕のことを、信じていいんですよ」
黒の魔王が片手を自らの仮面に当てる。体が小さく震え、堪えるように玉座を掴む。
参謀が両腕を広げながら、黒の魔王にゆっくりと近づいていく。
そこに救いを見る魔王は、ゆっくりと参謀に手を伸ばす。
参謀は猫のように軽やかに黒の魔王の膝に乗り、その耳元で囁いた。
「とでもいうと思っていたんですか? このクズが」
――天幕の入り口から、圧倒的な存在が出現する。
その女の髪は白。この殺戮と恨みの輪に似つかわしくない、綺麗な白のドレスで登場する。
相変わらず、その姿に一欠片の疵瑕もなく、完璧で、この世界から一画されているかのような超俗的な雰囲気を発していた。
『白の勇者』は可愛らしく笑いながら言った。
「久しぶり、クロル。会いに来たよ」
黒の魔王は、動けない。
くすくすと笑いながら、参謀が黒の魔王から遠ざかる。
「本当に、おかしな顔をしてくれますね。そう、その顔が見たかった! 不思議に思いませんか? 僕はあなたに殺されるかもしれないのにここにいる。ほとんど何の力も残っていないのに! ああ、別にね。殺されても構わないんです。どうでもいいんです。あなたが絶望する表情を見るためなら!」
黒の魔王は、動けない。
精神は既に失意の底にある。誰も信じられなかった。誰からも恐れられた。魔人達を守っている。けれど味方など誰もいなかった。
ようやく味方が現れたと感じたのに――それはまやかしだった。
その声が届いてもいないのに、参謀はさらに語る。
「誰も助けに来ませんよ。僕の最後の力で、ここに結界を張りました。そもそも、こんなにも近くに来るまで、なぜあなたが『白の勇者』の存在に気づけなかったんでしょうかね?」
全部仕組んだんですよ、この僕が。
種明かしをする参謀の笑いは、どこか壊れていて、人間味がなかった。
笑って笑って、激怒していた。純粋な殺意を、魔王に向けて喜んでいた。
「大丈夫、クロル?」
どこか遠く彼方から聞こえるような、甘い声が聞こえる。
それは少し甘えているかのような、けれど厳しく咎めるような声音で。
果たして、『白の勇者』は黒の魔王と対峙する。
参謀は熱望するかのような視線を彼女に向けながら、ゆっくりと下がった。
それを黒の魔王は邪魔しなかった。いや、できなかったのだ。
信用しようとした者に裏切られた。最愛の人が自らを殺しに来た。
その二つに追い詰められてしまって。
「クロル、なにしてるの? 戦わなくちゃだめだよ。そこで偉そうに座ってる場合じゃ、ないんだよ」
脳に突き刺さるその声は、黒の魔王の精神をさらに侵していく。
一言一言が致命の刃に匹敵した。苦しかった、もう死んでしまいたかった。
なんで僕は、今まで必死に守り抜いてきたんだ――。
……黒の魔王が立ち上がった。
「ほらクロル。剣を抜いて、相手を睨めつけて。殺してやるって殺意を向けて、敵を殺さなきゃ。だってあなたは魔人の王。あなたが死ねば、みんな死ぬ」
「……」
「意志も執念も感じられないね、今のあなたからは。私に殺されるのを待ってるんでしょう?」
それって本当にわがままね。
『白の勇者』は嗤う。
なんの義務も果たせない。守るべき誓いを踏みにじっている。
そんなにもやる気がでないのなら、出させてあげようか?
『白の勇者』がなにか丸いものを投げてよこす。地面に重い音が響き、ころころところがってそれは黒の魔王を見つめた。
「ま、魔王様……」
それは翼の魔人の頭だった。彼は頭だけなのに、まだ息をしている。
呪術が施された痕跡があった。それは延命のためのもので、まもなくこの魔人の命は消えることを意味していた。
「まおうさま……我らの希望……救世主……」
痛みを止める呪術は施されていない。今、翼の魔人は激痛と戦っているに違いなかった。
自分がもうすぐ死ぬことを悟りながら、必死に黒の魔王に言葉を投げかけているに違いなかった。
「私は……うれしかったです。あなたが自由をくれたから、一瞬でも生きる意味を与えてくれたから……」
翼の魔人は涙を流す。
「死なないで、ください。勝ってください。あなたは幸せになってください」
――『白の勇者』がその頭を踏み潰した。
静寂。
ぁぁぁぁぁああ。
漏れる悲鳴は、とても人間のものとは思えない。その悲鳴は、抑えつけようとされている慟哭は、黒の魔王のものだった。
「あああ」
とても悲しい。とても苦しい。
「あああああ」
なんでこんなことになったんだろう。こんなにも世界は残酷なんだろう。
「ああ、ああああああ」
幸せになってください。
翼の魔人はそう言った。
――ぷつり、と理性を失う音がする。
黒い気が立ち昇った。黒の魔王に大きな黒い翼が生えた。
それは『贈り物』。黒の勇者としての能力である『宿命の翼』、ある一人を敵と定めたときに出現する。回避動作、予備攻撃行動。一人だけに対して、翼は速く反応し、その動きを支援する。
よって多数を相手取るときには、かえって邪魔になる能力だった。
しかし、一対一においては最強。その能力は『贈り物』として相手に死を与えるだろう。
「ああああああああああああ!」
黒の魔王は幸せにはなれない。だって生きていても救いがないから。
寿命を削って発現したその能力は、この世界において一画を成すものだった。有象無象では一瞬たりとも相手にできないような。
さらに、それだけではない。
翼からはぽたりぽたりと黒い液体が染み出している。それは魔王としての魔力。
今、黒の魔王クロルには、『勇者』と『魔王』二つの力が発現していた。
『白の勇者』はそれを見て笑って見せる。
「わあ、すごい。理論値だけで言えばかつての私二人ぐらい相手にできそうなパワーね。でも――」
黒の魔王が薙ぎ払うように腕を振る。魔力の籠った一撃。
それは衝撃波だけで周囲のものを吹き飛ばし、天幕の中にあった私物土塊、さらには鉄の武器さえも軽く宙に浮くほどだった。
「――でも、技術のない一撃なんて私には通用しないかな」
『白の勇者』は無傷だった。彼女の手には剣がある。
黒の魔王の腕は深く切り裂かれ、それは攻撃が受け流されたことを意味していた。
「……!」
『白の勇者』が軽く一歩を踏み出すと同時に、黒の魔王が素早く飛びのく。
あはは! と高らかな笑い声が聞こえる。
「待ってあげるよ? クロル、まだあなたは剣を出してない。見せてよ、勇者としての最高潮。犠牲の剣と呼ばれる、あなたの象徴を!」
「……」
このままでは勝ち目はない。そして犠牲の剣は取り出すまでに時間が必要だ。
もしもその隙に攻撃をされれば――。
「何を躊躇ってるの? 殺そうと思えば、さっきも今も私はあなたを容易く殺せる。はやくしてくれないかしら?」
『白の勇者』は余裕綽々といった感じで、近くの木箱に腰かけた。笑顔で剣の腹をなぞり、こちらを見ることさえしない。
理性のほとんどを失った黒の魔王は、狂うような激情に襲われた、見下されている、侮られているという感覚。
負の感情が噴出する。必ず殺してやるという決意で満たされる。
――かちん、と音が鳴る。
それはなにかが鎖から解き放たれる音。
黒の魔王の胸から剣の柄が飛び出す。それを黒の魔王は力いっぱい握りしめた。
地獄の底の底側から、黒の剣が姿を見せ始める。その剣は夥しいほどの量の細い鎖によって拘束されていた。鎖どもは命あるかのように蠢き、その動作は蛇のよう。一本一本が命によってできていた。それは術者である黒の魔王によって強引に引きちぎりられていく。
黒の魔王の顔が痛みに歪む。消耗が皴となって表情に刻まれていく。
鎖どもが甲高い、耳障りな音をまき散らして外れていった。その絶叫じみた悲鳴は、確かに魔王の痛みだった。心臓を無理やり引きずり出したら、その血管が心臓を離さまいと引き止めているかのような。
剣から離れた鎖はどろりとした液体になって消滅する。
鎖が消えていくたびに、黒の魔王の放つオーラは禍々しく、重くなっていった。それはたった一人で世界を背負えるような、そういう圧倒的な強者に許されるようなオーラだった。
パチンパチンと一個一個が千切られて、魔王は一本の黒剣を持つ。
それは、己の魂から剣を取り出す儀式だった。身を削って生み出す最強の剣。
「魂の武器ソウルドアームズ」と『白の勇者』は微笑みながら言う。
魂は黒色であるとされている。例えばの話、人間の感情の優しさが赤ならば、冷酷さが青ならば、喜びが黄色ならば。人間の感情に色が割り当てられているならば、それを統合する魂は、すべての色を混ぜ合わせた『黒』だ。
「でもそれは諸刃の剣。己そのものである魂を武器にして振り回す。それは己であるために手によく馴染む、最高の性能を発揮する。でも、壊れてしまったら? 術者はただではすまない。魂が壊れて狂死する」
あはは! と『白の勇者』は感銘を受けたかのように、けれど侮るように宣言する。
「大事に使うことね。下手に使うと、剣が壊れて死んじゃうよ?」
黒の魔王が剣を一振り。
剣に込められた黒のエネルギーが放たれ、命の籠った斬撃が飛んでいく。
それを『白の勇者』は力強い縦切りで蹴散らした。
それはこの物語が始まって初めて、『白の勇者』が両手で剣を振るった瞬間だった。
「ぐああああああああぁぁああああああああ!」
黒の魔王が宿命の翼をはためかせ、剣を突き出しながら『白の勇者』に突進する。
後先考えない、道連れ必至の攻撃。『白の勇者』はそれを剣腹で流し、接近した黒の魔王の耳元に囁く。
「いくら速くても強くてもそんな獣じみた攻撃、私には通用しない」
そのままふざけたように耳に噛みつく。黒の魔王はすぐに顔をそらし、距離を取った。耳には浅い噛み跡が残っている。
「それじゃあライオネルと一緒だね、クロル。確かにパワーはある。けど――」
セリフに被せて、斬撃が飛ばされる。しかし、今度は片手で『白の勇者』は斬撃をいなした。
「結局、理性なき獣では私に勝てない。私が使うのは武術。人間がより強いもの勝つために生み出した人間の技術よ。……悲しいからって苦しいからって怖いからって、理性を閉ざして力に逃げたあなたなんかじゃ」
――私に勝てない。
黒の魔王の周りに螺旋を描く黒の風が現れる。
ウウゥンと鼓膜を揺らす振動音が、この場を支配している。
鋭く地面を踏み放つ音。黒の魔王は一瞬で『白の勇者』の目の前に現れ、大上段から剣を振りかざす。
黒い絶望した眼が、白の綺麗な眼をとらえる。逃げるなよ、というメッセージが込められた眼。全力の一撃が、『白の勇者』に振り下ろされる――。
インパクトの瞬間、『白の勇者』の足元がへこんだ。足元から衝撃が生まれ、地面がひび割れる。
黒の魔王の全力の一撃はまだ終わらない。
真正面から受け止めた『白の勇者』を力づくで潰そうと、圧は増々増していく。
ぎりっと奥歯を噛む音。その細腕に、確かな力が宿る鼓動。
『白の勇者』が吠える。
「はああああああああ!」
『白の勇者』に大した筋力はない。剣の速さは武器と技術の賜物。彼女は岩を殴りつけて吹き飛ばすことはできても、持ち運ぶことはできない。瞬発力に特化した、一点集中の剣技。
しかし、今はその法則から彼女は外れていた。
白のオーラが立ち込める。純白の美しい光は黒に飲まれず、あたりを圧倒しはじめる。
その姿はまさしく勇者。巨悪に正面から立ち向かう英雄の写し鏡。
喉が枯れるような絶叫が響き、黒の魔王の剣は『白の勇者』によってはじき返された。
それでも――。
地面を踏み砕く音が二回。黒い閃光と化しながら、二度の方向転換で黒の魔王は『白の勇者』の背後を取る。
「それも無駄」
防がれる。いともたやすく。
次に距離を取り、ジグザグに接近。読まれることのないよう、攪乱してから剣を振るう。
「通用しない」
しかし、振りかぶった瞬間に前蹴りが炸裂。黒の魔王は吹き飛ばされる。
それでも空中で黒の魔王は態勢を立て直し、宿命の翼を大きくはためかせながら『白の勇者』に接近する――。
「もうつまらないわ」
黒の魔王の頭が揺れる。『白の勇者』によって頭を殴られたのだ。飛ぶ鳥を上から殴りつけて落とすように。
地面に這いつくばる黒の魔王を、見下したながら『白の勇者』は踏みつける。
「ねえ、もっとまともにできないの? 期待してたのに。同じ世界格のものとして、少しは接戦を演じられる思ったのに。……とんだ興ざめね。そんな意思のない剣じゃ、私に届かない。そんな愚かな剣じゃ、私に掠ることさえない。クロル、あなたって本当に弱くなったね」
「……僕は」
黒の魔王の声に、理性が戻ったことを理解し『白の勇者』が笑顔を向ける。
「ああ! ようやく理性を取り戻したのね! さあ、もう一度踊りましょう。一歩踏み出せば崖から落ちる剣の舞踏を。命を刃の上で弄ぶような、ギリギリの死闘を、演じましょう! クロル!」
「シルファレアは、さ」
高まる『白の勇者』。落ちぶれている黒の魔王。
二人の会話はまるで成り立たない。成り立たせようという努力が見られない。
これは演出。二人は違う場所に立っている。
そして今は黒の魔王の舞台だった。
「そんなに僕を殺したいの?」
「ええ、もちろん。それが使命。それが宿命。それが運命。それ以外の方法がない。今更命乞いでもするわけ?」
「……僕がどんな気持ちでいままでいたか、考えたことないの?」
どんよりと沈む瞳から、ただただ深い絶望が溢れ出す。
世界を呪う瞳。
「ずっと一人で。疎まれて、恐れられて、なのに称えられる。見える表情は全部偽りのもの。誰も信じられないんだ。でも、一人で戦わなくちゃならない」
だって君を殺したのは僕だから。
「責任があるから。そうしなければならないから。君を殺してしまったことを死ぬほど悔やんだから、償わなくちゃならない。でもその強い誓いは、永遠にも思える責め苦で攻撃され続ける。心がボロボロになる。僕はね、もう死んじゃいたかった。なのに――」
純粋そのものの目で、彼は『白の勇者』を見つめる。
「この世界で唯一味方になってくれそうな君が、僕を殺すの?」
『白の勇者』がそんな黒の魔王を嘲笑った。
「当たり前よ」
「そっか」
彼は仮面を外した。少年は、黒の魔王はとてもゆっくり立ち上がる。剣を首に当てられながら、彼女に近づいていく。
「なあ、なんで殺さないんだ?」
「わかってる。君はこの状況がつまらないんだ」
「だって僕は死ににきてる」
「唯一君に敵うはずの僕が、簡単に死んじゃおうとするのが許せなくて……動揺してるんだ」
動揺。
黒の魔王が無造作に拳で『白の勇者』を殴りつけた。信じられないことに、『白の勇者』はその拳を受けて、吹き飛ばされた。『白の勇者』が痛みに呻く。
「う、あ」
「……え?」
『白の勇者』の仮面が割れている。そこから彼女の片目が見える。その眼から
「やめろ! 黙れ!!」
『白の勇者』が突然喚く。素早く身を起こし、黒の魔王と向かい合う。
そして彼女の表情から覗く、黒の魔王への感情は
「止めろ! 私は! 私は!」
『白の勇者』がひび割れた仮面を手で覆う。これでは外からの描写で彼女の状態を表現するのは無理だった。
黒の魔王は呆然としている。突然の『白の勇者』の変調に驚愕していた。元よりほとんど、何かをしようという意思が残っていなかった。彼はただ立ちつくすだけだった。
「……第二、世界?」
黒の魔王が単語を吐き出す。きっとその意味もわからぬまま。
『白の勇者』と黒の魔王。この両者は世界にあいても一線を画す存在だった。あまりにも世界においての異分子。所属の仕方によってはパワーバランスが狂う。そういう圧倒的な存在。
特に『白の勇者』は特別だった。彼女には一部世界の法則が通用しない。まるで次元が一つ違うかのような、そういう存在が彼女だった。
「……クロル」
弱ったような声音は、まるで勇者と思えない。
まるでただの少女のような哀れっぽさを見せながら、彼女は彼に手を伸ばす。
その腕を『参謀』が掴んだ。
「シルファレア様」
「……ええ、わかってる。この舞台はここまでね。ひとまず幕を下ろしましょう」
なにもわからない黒の魔王。このまま戦えば確実に『白の勇者』が勝つ。なのになぜ撤退するような真似を選ぶのだろうか?
彼女は自分の仮面から手を外そうとしなかった。まさかとは思うが、それが理由としか思えない。
「……じゃあね、クロル」
参謀の手首から先が消滅する。
呪術の発動。二人の姿が消え去り、あとには静寂だけが残る。
魔法が解けたように、あたりから重い空気が消え去った。




