撮影前バスの中にて
真:
あー、いつの間にか寝ちゃったなぁ。 しっかし、最近、店長人使い荒いな。
そんなこと言ってる場合じゃない。由美さんとキスしたこと、バレるかなあ?
でも、キスしたというかされたんだよな。
由美:「キスしてあげるわよ。」
真:普通は唇って柔らかい。なんて感動するんだろうけど、撮影用なのか、口紅べったりだ。
ん、留守電有りだな。 えっと、げ、アキ、相当怒ってるな。 怒ってるというか、泣いてる?
あー早朝か、電話かけにくいな。 おっと、朝もバスの接続悪いんだよな。
早めに出ないと、今日店開けるの俺の当番だもんな。
由美:あら、また、真ちゃん、奇遇ね。そんなにフォーリンラブしたいの?
真:なに朝から言ってるの。 今日は、仕事ですか?
由美:事務所迄はバスで行くのが一番楽なの。 電車だと、こんじゃって、また痴漢を捕まえなくちゃならなくなるからね。
真:捕まえたことあるんですか?
由美:まあね。オトコってしょうがないものね。だいたい、人の身体、勝手に触って良い訳ないじゃない。わからないのかしら。
真:男代表で言わせてもらうわけじゃないですが、痴漢なんてほんの一部の男性だけですからね。
由美:あら、えらく肩持つじゃない?なに、心にやましい事でもあるの?お姉さんが、聞いてあげるわよ。
真:いやそんなもんないですが。 僕もね、満員電車なんて絶対嫌ですからね。
触っても居ないのに、痴漢に間違われて人生終わりなんて、最悪ですよ。
由美:思う存分触ってからなら、人生終わってもいいの? そんな訳ないでしょう。
まあね、示談金狙いの輩もいるみたいだからね、 変なのには近寄らないことね。
真:君子危うきにって奴ですね。
由美:今日は近くに座ってきたじゃない? 私は危うく無いものなのかな?
真:たまたま後ろに座っただけですよ。運転手の後ろが定位置なんですけどね。
由美:あら、確かに、今日は先客が居たみたいね。残念だったわね、坊や。
真:坊やって。いや、運転席すごいなぁ、コックピットみたい!ってはしゃいで乗ってる訳じゃないですよ。
降りる時、早いんですよ、出口に近いとね。でもね、こういう時もありますよ。
由美:ふー、良い天気ね。今日の撮影、はかどりそうだわ。
真:聞いて無いなこの人。で、撮影ですか。
由美:ええ、春物ののね。
真:真冬なのに?
由美:薄手だと、寒いんだよね。だいたい、ワンシーズン先の物を撮影するからね。
真:そうだ!モデルやってるなんてー、早く言ってくださいよー。
由美:いや、違うのよ、あの、事務所の名刺見せたあと、興味本位でかけたらさ、憶えててくれて、すぐ事務所に来てくれってさ。
真:僕が憶えてる位ですからね、もちろん、こんな美人さんを忘れるものですか。
由美: あら、そう?そんで、なんか、インフルエンザで撮影モデルに欠員出たから穴埋めで出てくれってさ。
真:うわー、それ、いきなり採用ってことでしょ?かなりすごいんじゃないですか?
由美:すごいかはどうか知らないけど、あれは大変だったわ。
服のサイズが合わなくて、無理やり安全品とガムテープで留めるのよ。
あの写真、反対から見せたほうが雑誌売れるかもね。切り貼りみたいな感じで変なの。
真:そうなんですね。でも売れるかな?
由美:だから、雑誌のモデルの写真みると、この反対側どうなってるのかな?って、考えちゃうわ。むしろ、そっちに興味あるわね。
真:はあ、そうですか。(雑誌の裏側って言っても、そっちの裏側なんか見る機会ないもんな。)
由美:そうだ、あのさ、アキを、モデルに誘ってもいい?
真:確かに可愛いですが、モデルになるほど、そこまで可愛いかな?
由美:何言ってるの、彼女でしょ。自信持ちなさいよ。まずね、モデル事務所ってのは主役は服なの。
服を着こなして居るモデルというより、服の見栄えがするモデルが必要なのよ。
で、美人過ぎる人は、イマイチ現実離れしてるらしくて受けが良くないらしいわ。
真:まあ、美人は何着ても美人ですからね。
由美:その点、アキの可愛さはなんというか、妹みたいな感じというか、親近感がわくみたい。
真:まあ、性格は写真に写りませんものね。
由美:と、これ、全部マネージャーの受け売りなんだけどね。
真:ふーん。まあ、僕が決めることじゃないんで、本人が良いと言えば良いんじゃないですか?
由美:本当に?でも一緒に外を歩けなくなるかもよ?
真:あ、そうか。芸能人みたいな物ですからね。
由美:男と手つないで歩いてて、あ、サイン下さい、で済むと思う?
真:は、はあ、そうですね。
由美:そんで、週刊誌に載っても、モデルの彼氏がこんな普通じゃあ、なんの特にもならないし。事務所に別れさせられるわよ、絶対に。
真:ええ!そうなのかー!まじですかー。
由美:それでもいいの?
真:良くはないですよ。
由美:それに、業界にはカッコイイ人なんか当たり前にいるし、
お金、地位、その他もろもろがある人なんか山程いるわよ。 そんな人達の中に入れて大丈夫?
真:あははは、どうなんでしょう。
由美:ふぅー。思ってたとおりの反応ね。そしてあなたは、本人が望むなら?とか言うんでしょ?
真:なぜ、それがわかるんですか?エスパーなの??
由美:そんな訳ないでしょう?だいたいそんな感じだと思っただけよ。ま、 私はそんな君も嫌いじゃないよ。
しっかし、二人揃ってお人好しね。 似たもの同士なのかな?
真:アキと僕は、 似たもの同士なんですよ。
由美:あーもう一個。昨日、アキから電話あったから、チューしたこと話したからね。
真:えーと、そのことはなんて伝えたのかな?
由美:ちょっとイタズラしちゃってごめんね、ってね。
真:なーんだ、そうですかーイタズラねー。
由美:なにつまらない顔してるのよ?
真:いや、ね、少しでもねーなんというかねー
由美:あー、まあ、嫌いな人にあんなことなんかするわけ無いでしょうが。
真:ですよねーウンウン。
由美:挨拶みたいなものね。私、昔、アメリカに住んでたし。
真:え、本当ですか?帰国子女?英語ペラペラ?
由美:いーや、英語はほとんど平凡な日本人レベルよ。だって三歳の頃にはもう日本だったらしいし。
真:あー、そうなんですね。 そんじゃ挨拶見たいと言うのは?
由美:冗談よ。そんな習慣ないわよー
真:まあ、間違っても、由美さんが俺のこと好きだって思うわけ無いよなー
由美:本当、似てるわ、二人。誰にも取られないと思ってるの?こんな美人さんが近くにいるのにねー。
真:ウンウン。
由美:そこは、少し否定しないと。
真:美人は正義!
由美:いずれ、そんなこと言ってられなくなるよ。 ま、まだ、友情の方が大事だからね。
真:友情、大事。ウンウン。
由美:はぁ、まあいいわ。
真: そうだ、良く無いんですよそれが。
由美:どうしたのよ?
真:ぼくが寝てるうちにですねー、アキから何回も電話が。
留守電は一個しか残って無くて。 真ちゃんのバーカ だけなんですよ。
由美:かわいいね。やっぱり彼女ってかんじだね。独占欲強くて寂しがりやだから、大事にしてあげて。そうで無いと、噛まれるよ。
真:何に噛まれるんですか?
由美:アキに。
真: え、アキに?
由美:あの子は歯が尖ってるのよね。なんだろう?あの家族の祖先は肉食獣ね、多分。
真:食いついたら離れないみたいな。
由美:まあ、そうかもしれないけど、以外とすぐ離れるかもね?
真:なんか、いろいろ意味深だけど、勉強になるなあ。
由美: 付き合い長いからね。そんじゃ、アキに聞いてみるわ、モデルやってみない?って。
真:そうですね、本人がその気なら僕も応援しますよ。
由美:へぇー。ホントに、その余裕はどこから来るわけ?
真:根拠はないですが、信じてますから。アキのこと。
由美:あの子の家も裕福だから、お金に執着のあるこじゃないけれども。まぁ、愛情たっぷりに可愛がってあげてよ。
真:わかりましたー。喜んでー。
由美:本当に喜んでていいのかね?じゃ、バス降りたら電話かけてみるわ。
真:どこで降りるんですか、
由美:2丁目四つ角だけど。
真:(いつものバス停の2つ手前か、歩くと結構あるな。)まあいいや、僕も降りますよ、
由美:あらほんと?それならこの荷物降ろすの手伝って。
真:なんですかこれ?
由美:今日着る服だよ。
真:えっ、そうなんですか?
由美:そんなわけないでしょ。あのねそんなに簡単に人を信じないこと。
真:うーん、わかりました、少しは疑ってかかるようにします。
由美:はいはい、そうして。心配で見てらんないわ。
真:じーーーっ。
由美:何よ、こっちをじーっとみて。
真:今日のお化粧はどのくらいかと思って。
由美:あ、あんたー、私の顔を疑ってるの?これお面よ。ほら、こうやってぺりぺりって。
真:おお、
由美:剥げるわけわけないでしょうが、失礼な人ね。
真:冗談ですよ。
由美:だよね、わかってるわよ。(ちょっとドキッとしたじゃない。)
真:で、箱の中身はなんだろうなー。
由美:んふふー、これね、服ではあるんだけど、撮影用のじゃないわ。あ、そうともいえないか。
真:えーと、どういうこと??
由美:たとえば、上着だけのアイテムを目立たせるために、ボトムは自前っていうこともあるのよ。
だから、ここに入っているのは自前の服の春物ってわけ。
真:今から春物ですか。
由美:苦労したわよ。まだ衣替えの時期じゃないのに。この防虫剤くさいもの出してこなきゃいけないなんて。
おかげで部屋がぐちゃぐちゃよ。ちょっと今度片付け手伝って。
真:ええ、いいですよ。
由美:あなた、彼女がいるのにほかの女の部屋に行くつもり?
真:あ、そうか。じゃあ、アキも連れて行く。
由美:なんであなたたちの、「あーんして」みたいなラブラブなところを、わざわざ見なきゃいけないのよ。しかも私の部屋の中で。
真:いいじゃないですかー。由美さんも彼氏を連れて来ればダブルデート。
由美:居ないわよ。
真:そんでね、遊園地とか行きましょうよ。
由美:だから、いないって。
真:お化け屋敷で、由美さんが「キャー」って、女の子みたいな声上げたりして。
由美:だから、いないっていってるでしょ!しつこいわね!
バス運転手:「どうしました、痴漢ですか?」
真:いいえ、そんなんじゃないです。
バス運転手:「女性の方、大丈夫ですか?」
由美:大丈夫よ、彼氏と彼女のことに、口を挟まないでちょうだい。
運転手:「わかりましたけど、お客さん、人が少ないからってあまり騒がないでくださいよ。」
真:すいません。
由美:わるかったわね。
真:ほら、迷惑かけちゃいましたよ。
由美:あんたが無神経すぎるからわるいのよ。
真:あ!ごめんなさい!つい調子に乗ってしまって。
由美:この前別れたばっかりなのよ。なんかね、急につまらない男に見えてきちゃってさ。
見た目はよかったけど、なーんも私のことなんか関心ないって感じ。モデルだったら、だれでもよかったんじゃないのかな、彼。
真:気持ちはわかります。だって、こんなに美人さんの彼女だったら自慢したいもんね。
由美:あら、そう。
真:うん、うれしくてたまらないですよ。田舎のとうちゃんやかあちゃんに写真送っちゃいますよ。
由美:そこまでする?
真:うん、未来のお嫁さんですって。必ず連れて帰るからねって。
由美:あ、あら、そうなの?へ、へぇー。それも悪くないわね。
真:でしょ?...どうしました?急に外なんか見て。
由美:あー、なんで撮影になんか行くんだろうと思って。
真:そんな、いいじゃないですか!みんなそんなことできないんですよ。
由美:いいこと考えた!この荷物は重たい。
真:うん、重たい。
由美:女性ひとりじゃ、持ち運ぶのはつらい。
真:つらい。うんうん。
由美:で良いところに男性が一人いる。
真:うんうん、いるんですね。
由美:何言ってるの?あなたよ。
真:犯人はあなたです!なーんて。
由美:ということでよろしく。
真:よろしくお願いしまーす。って俺!?
由美:他に誰がいるのよ?
真:いやーマネージャーさんとか。
由美:マネージャーは女性よ。というかね、駆け出しの私の荷物なんか、持ってくれるわけないでしょ?
真:ほ、ほら、カメラアシスタントとか?
由美:名前のとおりカメラさんの助手だよ?モデルの荷物なんか持つわけないでしょが。
それに、どれだけ機材を運んでると思ってるの。無理無理。
真:え、じゃあ。
由美:ということでよろしくねーボタン押してと、降りまーす!
運転手:「そんな大声ださなくても、ボタン押してくれてるからわかりますよ。」
由美:はーい!ふふふーん♪
真:急に機嫌よくなったな。
由美:だって、荷物運ぶの大変だったんだもん。じゃ、よろしくー。
真:こんな思いつきが簡単に進むわけがなく、色々と大変な事が待ち受けているということは、想像に難くなかった。 この時点では気付いて無かったけど。