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大好きな彼の背中  作者: 宵賀
6章:ひっくり返った卒業式
33/44

第33話:卒業式

 3月9日


 自分の名前が呼ばれ、この瞬間をいかに待ったのか。

 慌しく終った中学校生活にピリオドを打つとき、実穂は涙すらを流さなかった。

 他のクラスでは泣いている人がいるだろうし……というよりも、6組は誰一人泣いてもいなかった。


「皆……今日でお別れだけど……!!」


 歓喜余って、担任が泣き出す。

 この先生とも今日でお別れかぁと、思っていると昨日言われた言葉をふと思い出した。



 昨日、自分からまた手首を切ったという事を言うや担任は、実穂の腕を軽く持ち、他の部屋へと移動させた。

 少し待っていてと、言われると実穂はガーゼ部分が赤く湿っている絆創膏を優しく撫でた。

 痺れにも似た、鋭い痛みが今も続いている。

 昨夜は最大記録を出したほどの出血量と絆創膏の数、そして傷痕の本数の記録をたたき出した。

 他の事で、良い記録をたたき出せばいいものの、生憎、実穂にはそんな考えは思いつかない。


「おまたせ……」


 少し焦り気味の担任。

 きっと、心の中では本番直前に何をやっているのだろうと、思われているに違いない。

 けれど、実穂は初めて切った原因を口で人に話した。


 直前でごめんなさい……と、最後に言いたかったのだが、いかにも何か不味い物を食べた顔をしている担任を見ると言ってはいけない様な気がした。


「痕見せれる?」

「嫌です」


 傷を見せてくれと、言われるのは想定外だった。

 何か説教みたいな事を言われて、落ち込む自分を心のどこかで作り出していた。

 そして、自分は何をしていたのだろうと、思い直すのかとも思った。


「先生なんてね、韓国人に彼女取られたんだよ」


 先生は少し悲し誇らしげに元カノのことを少し話した。

 けれど、実穂は過去ではなく“今”が辛い。

 先生は過去にあった事だからこそ、取られてしまった恋を踏み台にしている。

 実穂だって、笠也との色々があったからこそ、佐々木と今のような関係をしているが、とても踏み台には出来ない恋だった。


 踏み台にする価値はきっと、たくさんある。

 踏み台にしてこれからの恋を出来るものならそうしたいと、何度も思った。 

 だけど、踏み台にしてしまったら……。


――出来るわけがない


「先生はその恋の事を踏み台にしていらっしゃるのですね」 

「踏み台っていうか…もうどうしようもない事だから…」


 あぁ、そうか。実穂は心の中で納得した。

 今の先生の気持ちは何であれ、「どうしようもない」という言葉で片付けられてしまっている。

 きっと、その、「どうしようもない」を受け入れるまでに時間がかかったかも知れない。

 だから、踏み台にすることが出来たのか。


「悪く言えば諦め。よく言えば踏み台。だよ、皐月山さん」




 あの時は色々教えられたなぁと、昨日のことを考える。

 そして、今の現状の事を思い出すと、胸も苦しくなるが、なんとなく泣きながら話している先生の話しが判った気がした。


 全てのことを踏み台にするのではなく、苦しいことを踏み台にすればいいのかも知れない。

 自分が背を向けたいと思うことを足場に敷いて、例えそれが崩れそうでも、足場にあるのはもう踏み台なんだ。


 実穂は良い思い出の中で足場を築いていこうと、そう思った。

次は新章でございますよー☆

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