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大好きな彼の背中  作者: 宵賀
4章:急がしい12月
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第14話:呼び出された忙しい日②

 笠也が住む茶色いマンションが見えてきた頃、黒い雲から雨が滴り落ちてきた。しかも特大の。

 ザー…っと、間もなく実穂の体を濡らしていく……が、間一髪相当濡れずにはすんだ。


 屋根がある来客用駐輪場でわずかながらの雨を絞るが、洋服はしっかりと水を吸ってしまっている。

 そのまま笠也の家に上がる事は悪いが、ここで時間を潰すのも勿体無い。

 仕方がないのでインターホンを押しエントランスを抜け、笠也の玄関前に到着。


「あぁ、やっぱり。実穂、濡れちゃったんだね」

「……ごめん」


 ドアを開けるや、なにか悲しそうな会話を交わす。

 髪は風呂上り並みに濡れてしまっているせいか、笠也は風呂場から少し大きめのバスタオルを持ってきた。


「風邪引くとアレだから、これ巻いといて」


――まくってなんですか!?汗


「あと、すぐにお風呂やってあげるから、荷物中において。

 それと脱げるものは脱いどいて、乾かさなきゃいけないから」


――風呂?!脱ぐ?!何考えてんの!!!?


「何もなしくていい、大丈夫だから!」


 訳も分からず焦った実穂は、背を向けた笠也に甲高い声を上げる。

 笠也はプイっとした顔でこちらに振り向く。


「いやだね、実穂が風邪引いたら俺のせいだもん。

 しかも実穂着替えないから余計に寒くなるし、だから俺の言うこと聞いて、てか聞け。

 だから風呂、脱げ」


 言い方が少し危ない気もするが……。

 まぁ、確かに風邪を引くと時期的には危ない。そして、実穂の成績も危ない。


「あ、はい」


 ここはやはり、言う事を聞いた方がいいのだろうか。

 玄関から伸びる短い廊下の先にリビングがあるから、そこに荷物置いてと、指示される。

 何度も来たことがあるから説明は要らないが、なんだろうか。やはり、久々に来た感じがする。


「羽織ってきた上着はこれにかけて、俺が戻ってくるまでにハンガーにかけておく事。

 風呂は15分ぐらいで出来るから」


 あまりにも手際の良さに、正直度肝を抜かれる。

 テキパキ物を片付ける仕草を見ていると、その姿はもの凄くえらい人に思えてくる。


 あぁ、これが惚れた人なんだと、感心していると笠也はテレビをつけて、リビングにあるソファーに座り込む。

 けどなんだかオジサンっぽい所もあって、可愛かったり可愛くなかったり。

 それに子供みたいな時もあって、扱いがまだ慣れないしなぁ……。


 きっと、笠也を育てるのには苦労もしなかっただろうと、笠也のご両親のことを思う。

 すると不思議と笑みがこぼれる。


「なんだか実穂、嬉しそうだね。あ、コート貸して。

 すぐ乾かしてあげるから」


 笠也はわざとハンガーを持っている実穂の手の上に自分の手を乗せて、可愛らしい笑みでコートをかける。

 あぁ、そんな顔されたら甘えたくなっちゃうし。

 笠也を置いて、独り浮かれる実穂。

 だが、コートがない実穂の格好を見てか笠也は再度ソファーに座ることなく、実穂の前に立ったまま。


「実穂…また?なんでよ」


 少し怒った口調で実穂に言う。

 笠也はしっかりと実穂の左手首を持ち、絆創膏をされている隠れた傷を見ていた。

 こればかりは浮かれてはれない。


「別に気分。もう切ったから」


 ここだけは誰にも触れて欲しくないと、言わんばかりの声でそう言ってみると笠也は優しく手首を離してくれた。

 それから少し気まずい空気が流れたが、「お風呂が出来ました」的な音楽が流れると笠也は実穂の右手を持って脱衣所へと連れて行った。


「干してあげるから……着替えは俺のでよければ貸す」

「じゃあかりる。下着はあんまし濡れてないからそのままでいいでしょ」

「うん」


 ピシャリと静かに笠也が脱衣所の扉を閉めると、実穂はのそのそと服を脱ぎ始めた。

 ほぼコートが水を吸っていたため、こちら側には後遺症はないが、なんせ大粒の雨だったため濡れていないといえば嘘になってしまう。


 絆創膏は代えがないからそのまま。

 実穂はガチャっと、風呂場のドアを開けた。


 少し寒気を感じながら、風呂場の扉を開けるとお湯の温かな湯気が実穂の冷えた体を温めてくれた。

 掛け湯をし、浴槽に足を滑り込ませると体の心から温まる衝動と何とも言えない開放感が実穂を充実させた。


「あー…実穂? 着替えここに置いとくね。ゆっくりでいいから、安心して入っててね?」


 気まずそうな声で、ガラス越しに聞こえた笠也が言った。


「え、でも…すぐ出るよ。時間アレだし勉強しなきゃアレだし」


 風呂場では自分の声が反響し、なんか聞きづらい言葉になってしまった。

 脱衣所には笠也がいるのであろう、細身の影が見えた。


「大丈夫だから」


 それだけ言うと笠也は脱衣所から出て行った。

 見慣れない風呂場の中、実穂は肩までお湯に浸かった。


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