1-7 惹かれあう思い
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時間は少し戻る。
逃げては〈水面蹴り〉を繰り返し、そのつど一番近くに来たアリを転倒させて時間を稼ぐハヤテ。セーヤはすでにコマンダーアントとの戦いを始めていた。
(コマンダーをセーヤが倒したら、こっちも一気に片付けよう)
一定間 隔で繰り出される水面蹴り。倒れた味方を回り込んで追いかけねばならないため、なかなかハヤテに攻撃することができぬアリ達。
何度目か、それとも十何度目かの〈水面蹴り〉を繰り出すと、普通はどてっとその場に倒れるだけなのだが、今度の一撃を受けたソルジャーアントは、飛び上がると脳天から地面に落下した。クリティカルヒットだ。クリティカルヒットが出ると、普通よりダメージも大きくなるし転倒時間も長くなる。ところが、散々〈水面蹴り〉でHPを削られていたソルジャーアントは、その一撃を受けてHPを灰色に変えた。
「ゲッ、ついてない」
そう言いつつもハヤテはリポップまで楽ができると思っていた。そこに、すぐさまソルジャーアントが現れた。
(いや、早すぎだろ!)
と思わずツッコミを入れてしまう。ハヤテのHPはレッドゾーンに入る寸前。ハヤテもまずい状況であることは理解した。一度まとめて片付けて、HPを回復しようかと考え、〈水面蹴り〉でソルジャーアントを転がしたあと、ガードアントに〈発勁〉を叩き込む。ガードアントはHPをごっそり減らして残りはあと3割と行ったところか。
モンスターをまとめて倒すには、皆だいたい同じくらいまでHPを減らしたあとで、範囲攻撃をする必要がある。リポップしたてのソルジャーアントを小突きながら後退していると、背後からバシャっと液体を浴びせられた。何事かと振り返ると、そこには紫色の蟻が立っていた。先ほど浴びたのは毒液だった。それを証明するかのように、HPバーが紫色に変わっている。
「ポイズンアント! どうして・・・」
後ろにはポイズンアント、前にはガードアントとソルジャーアント3匹。
「あ、そっか。セーヤが倒したスナイパーの分のリポップがさっきのソルジャーアントだったんだ」
すると、ハヤテが倒した分のソルジャーアントは、このポイズンアントとなって現れたことになる。ようやく合点がいったハヤテは、覚悟を決める。前と後ろのアリたちの丁度中間に移動し、スキルを発動する。
「〈集気法〉」
両脇に拳を構えて、目を閉じて鼻で呼吸を一つ。空中から黄色の光がハヤテの体に集まる。半分以下になっていたHPが、一気に半分を超えるくらいまで回復する。
モンク系の自回復スキル〈集気法〉。最大HPの3割を回復することができる。ただし、クールタイムはそこそこ長く連続して使うことはできない。
せっかく回復したHPだが、毒の効果でHPが減り始めた。
何秒間かに一度HPが減って行く。大した量ではないが、塵も積もれば山となる。油断はできない。しかし、ハヤテは毒のことなど気にした様子もなく、
「さてと、行くぜアリ野郎!〈烈風脚〉」
ハヤテが空中で回転蹴りをすると、近付いていたポイズンアントとソルジャーアント2匹にダメージを与えた。しかし、残ったソルジャーアントとガードアントからは着地後のわずかな隙に攻撃を受けてしまう。
その攻撃でHPがグッと減り、さらに毒の効果でHPがレッドーゾーンに突入する。その瞬間、ハヤテの胸にカッと熱いものが燃え上がる。
ギリギリの戦い。難しいゲームほど燃える。命がけのゲームがハヤテにスリルを与える。
(俺は今、生きてる!)
「ハヤテ、逃げて!」
セーヤの声が聞こえる。
「・・・冗談だろ。こんなスリル、滅多に味わえない」
ハヤテは、自分でも知らぬうちに笑みを浮かべてアリに突っ込んで行った。
☆
あれから何度攻撃をしただろう。セーヤの攻撃にコマンダーアントのHPは赤く変わっている。普段の狩りなら蟻酸の効果が切れるまで逃げ回ってもいいが、ハヤテの命がかかっている状態でそんなことはしてられない。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!
ジリジリと削られていたコマンダーアントのHPバーが一気に減りだす。蟻酸の効果が切れたのだ。
「〈ライトニングピアス〉!」
―――雷閃―――
セーヤの突きが雷の尾を引いてコマンダーアントに突き刺さる。
ギイギイギイギギィィィ
コマンダーアントが声を上げて崩れ落ちた。しかしセーヤは、コマンダーアントに一瞥もくれずハヤテの方を見た。
ハヤテのHPは1割もなく、しかも毒状態。さらに、セーヤの見ている目の前でポイズンアントの攻撃を受ける。
グッと減るHPとさらに毒によるダメージでもはや目視できないほどHPはギリギリの状態だった。
「ウソでしょ!? イヤッ!」
セーヤは思わず叫ぶ。ハヤテの背後にソルジャーアントが迫る。ハヤテは気づかずポイズンアントに攻撃を繰り出す。
「ハヤテッ! 〈ヒール〉」
セーヤは祈るように必死にハヤテに魔法をかける。
ソルジャーアントの槍がハヤテの背を叩くのと、癒しの光がハヤテを包むのは同時だった。
ハヤテが、ポイズンアントが、ソルジャーアントが動きを止める。
セーヤはプレイヤーが死ぬ瞬間を見たことがなかった。凍りつくような恐怖がセーヤを包む。
セーヤにとって長く感じたそれも、実際には瞬きほどの時間に過ぎなかった。ポイズンアントがガクリと膝をついて倒れ、攻撃後の硬直時間を終えたハヤテが、後方のソルジャーアントに〈ソバット〉を食らわせ吹き飛ばした。
セーヤの〈ヒール〉が間に合っていたのだ。ソルジャーアントに止めを刺したハヤテがいつもと変わらぬ笑顔でセーヤを見る。
「〈ヒール〉サンキューな! 助かったぜ」
セーヤは真っ蒼な顔をして放心状態でハヤテを見ていた。心臓はバクバクと音を立て、体は小刻みに震えている。
「・・・セーヤ?」
答えないセーヤにハヤテが心配そうに近づく。
「―――――バカッ!」
――――バチンッ!
セーヤの平手がハヤテの頬を打つ。パーティを組んでいなければ、即オレンジカラーのモラルハラスメントプレイヤー扱いされる一撃だ。パーティを組んでいてもメニューリストに対象を、この場合はセーヤをモラルハラスメントプレイヤーに認定するかというメッセージが届いているはずだ。
「ちょ、何すんだ――」
ハヤテの口から飛び出しかけた文句は、体にかかった柔らかい衝撃で喉の奥へと引っ込んでいく。
「――バカッ、本当に死んじゃったかと思った」
ハヤテは、抱きついてぽろぽろと涙を流すセーヤに、目を白黒させる。
「・・・心配掛けて悪かったよ」
ハヤテはセーヤが泣きやむまで、子供をあやすように優しく髪をなでた。
☆
結局今日の狩りはそこでお開きとなった。
泣きやんだ後、セーヤは突然不機嫌になり、帰ると言いだした。ハヤテもとばっちりを受けて、帰れと言われた。しかもセーヤは、ハヤテが転移するのを見届けてから帰ると言いだした。ハヤテは何となく逆らうことができず、渋々帰ることにした。
ハヤテが転移石を使って飛ばされるわずかな時間に、不機嫌だったセーヤが口を開いた。
「ハヤテ、お願いだから無理はしないでね」
瞳を潤ませて言うセーヤの言葉に、ハヤテの心臓が高鳴る。普段モンスターをばたばた斬って倒す女傑のセーヤが、儚い表情を見せると、その美貌と相まって反則的に可愛く感じてしまう。
ハヤテは「ああ」と甘い息を吐くように呟いた。
ハヤテが去ったあと、セーヤは胸を押えて立ちつくす。
「・・・ハヤテ」
セーヤの口から、せつない声が吐息のように洩れて闇に消えた。
ラブな感じはうまくかけね・・・
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