1-5 《ジハード》
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聖都ブリリアントキャッスル。
封印都市シーリングの北に位置するその都市は、シーリングに次ぐ大きさを持ち、聖教会の総本山でもある。聖教会とはゲーム内では様々な設定があるが、プレイヤーにとっては、ヒーラーの1次職のクレリックや、近接戦闘におまけで回復ができる3次職ホワイトナイトに転職する際のイベントの受付場所と言ったところだ。
その都市の一角に、青い屋根に白い壁、広い庭を持つ大きな屋敷が建っている。屋敷を見るとその広い庭は手入れされた庭園が広がっていそうだが、そこには何もなく芝生が広がっており、ところどころ訓練をしている戦士たちの姿が見受けられた。
ここは攻略ギルド≪ジハード≫のギルドホーム。攻略ギルドの中でも、ギルドメンバーの数が一番多い。また、高レベルプレイヤーの中でも高い倫理観を持つ者が多いため、プレイヤーの多くから好意的な目で見られている。また有名なプレイヤーを抱えており、リーダーは【パラディン】と呼ばれており、他にも【トール】、【ヴァルキリー】や【眼鏡の錬金術師】などゲーム内では芸能人のように人気があったりする。
カタコンベでの狩りを終えたセーヤは、ドロップアイテムの整理をし、招集に応じてギルドホームに向かった。約束の時間の5分前に到着し、2階の執務室に向かう。ギルドマスターのフォードはいつも約束の15分前には到着している。少し早くて行ったところも問題なく、フォードは執務室で仕事をしながら待っているだろう。
階段を上がると執務室の前で1人の男が立っていた。
癖のある金髪。エメラルドグリーンの瞳。白い肌に線の細い体。その青年はセーヤを見つけるとさわやかな笑顔で手を振る。
「クリスにも招集かかってたのね。中に入らないの?」
ヒーラーの4次職≪セイント≫のクリストファー。物腰も柔らかくギルドメンバーからの信用も厚い≪ジハード≫の幹部の一人だ。
「やあ、セーヤ。僕も今着いた所で、入ろうと思ったんだけど・・・」
中からはフォードの声がする。誰かと話をしているらしい。内容までは聞き取れないが、声の様子からすると不穏な空気が漂っており、何となく入りづらい。
「 ・・水瓶座の門・・・必要・・・顔を出せッ・・・まだ話は終わってない! ・・・」
フォードの声がところどころ洩れている。フォードは普段温和で、戦闘中の指示を出すときでさえ声を荒げることは少ない。そのフォードがあんな風に声を荒げているとは珍しいことだった。雰囲気からすると、ギルドメンバーでない誰かと『WIS』で話しているのだろう。
セーヤとクリスは、顔を見合わせた。話は終わったようだが、すぐには入りにくい。しばらく廊下で所在なく二人で立っていると、執務室の扉が開いた。
「ん? なんだもう来ていたのか。時間だ。入ってくれ」
フォードは先ほどまでの様子が嘘のように、普段の温和な様子で二人を中へ促した。
「では報告を頼む」
中に入ると早速フォードが要件を斬りだす。
4次職のギルドメンバーを増やすために、第1戦力のセーヤやクリスを含む数人のメンバーが第2戦力のメンバー達の面倒をみている。今日はその成果の報告をする日だ。
「はい、私の所は64ヘルのメンバーが後二人です。4人はヘル抜けしました」
「僕の所は、1人が69ヘルに入ったところです。後のメンバーは65から68です」
二人の報告を受けてフォードは頷き、二人をねぎらった。
「やはりガロンの所が今のところ一番レベルは上がっているな」
ガロンとは、≪ジハード≫の幹部の一人でファイター系の4次職、ベルセルクの戦士である。彼が担当するメンバーはパーティを組んでいないガロンがダメージを与えたモンスターを修業中のパーティで仕留めるという方法をとってレベルを上げている。この方法だと確かにレベルアップは速くなるが、使用することによって上がるスキルのレベルが上がらないし、何より本当の戦闘経験が身に付かない。いつも安全に狩りをしていては、命がけの場面で十分な対応ができなくなってしまう。
「みんなは同行する時どんな方法をとっている?」
フォードに聞かれ、二人が答える。
「僕は辻ヒールをしています」
「私は危なくなった時だけ手を貸しています」
フォードはそれを聞いてしっかり頷くと少しだけ思案し、
「セーヤは少しだけ、ガロンと同じ方法をとれないか?」
と聞いてきた。
「隊長、それじゃあ実戦経験が身につきません!」
セーヤがカッとなり、断固とした口調で言うがフォードはあくまで冷静だった。
「そうだな。だが、早急に戦力を増強するのも大切なことだ。二人とも大変だと思うが、色々試してみてくれ」
その後、こまごまとした通達を聞き、二人は執務室を出た。
セーヤは怒り心頭と言った様子で、ガロンのやり方に文句を並べたが、クリスは余計な口をはさまずうんうんと聞いている。しばらく文句を垂れ流すと、セーヤは冷静になる。そして思い出したように言った。
「そういえば隊長、誰と話してたんだろう」
セーヤの質問にクリスは心当たりがあると言った。
「前に何度か参謀と話してるのを聞いたことがあるんだけど、昔パーティを組んでた戦士(前衛職)の人じゃないかな? なんか凄腕らしいよ」
「へえ、凄腕の戦士(ファイター系)かぁ。でも、話してる感じは穏やかじゃなかったよね」
「確かに。なんでも昔イザコザがあったらしいけど、それで今も何か軋轢が残ってるのかもね」
「う~ん。隊長ってそういうの根に持たなそうだけど・・・」
「まあ、色々あるんじゃない。――――そういえば、今度の休み一緒に狩りに行かない? 同行ばっかりで、なかなか自分達のレベル上げできないし」
クリスに言われたセーヤだったが、今日の狩りのことを思い出す。ギルドのメンバーとの狩りは確かに効率が良いが、ハヤテとの狩りはギルドを離れた開放感があった。
「ごめん。ちょっと用があって・・・」
言葉を濁すセーヤに、クリスは残念そうな表情を見せた後、さわやかな笑顔に戻り言った。
「そっか、じゃあまた今度僕のヘル抜け手伝ってくれよ」
「うん、必ず!」
セーヤは笑顔で頷く。クリスには、先を歩くセーヤの後姿がどこか楽しげに見えた。
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