1-4 正教会の地下墓地
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「〈ライトニングピアス〉!」
気合一閃、青い光を放つセーヤのレイピアが、青白い顔をした男に突き刺さる。刺突スキル〈ライトニングピアス〉。3次職から使える技で、その名の通り雷の様に鋭い刺突を放つ単発スキルだ。
青白い顔をした男はもちろんプレーヤーではない。この地下墓地に現れるゾンビだ。セーヤの攻撃を受けたゾンビは、3分の1ほど残っていたHPバーを一瞬で灰色に変え、前のめりに崩れ落ちた。
その姿を視界の端で捉えたハヤテも、負けてられぬとばかりにコンボスキル〈六輪拳〉を放つ。
左に回転しながら、左拳、右拳、回し蹴り、裏拳、下段蹴り、と繰り出し最後に左の後ろ回し蹴りを頭部に食らわせる。
〈六輪拳〉は全ての攻撃が命中すると、高確率で相手を転倒させることができる。今回もゾンビを転倒させることに成功した。すぐに立ち上がろうとするが、ゾンビは敏捷値が低いため転倒からの立ち上がりが遅い。
その間にハヤテは、絵的によくないが蹴りを入れまくってゾンビのHPを削りきる。ゾンビの残りが3体になったところでセーヤの声が飛ぶ。
「ゴーレム来た! お願い」
「はいよ!」
パッと周囲を見渡すと、セーヤの方の通路から鈍色のゴーレムが現れた。荒削りな人型で、足は短く手は長い。それはまるで類人猿のような体型をしている。ハヤテは光の尾を引いて宙を駆ける〈流星脚〉でゾンビを蹴散らしながらゴーレムに突撃する。
〈流星脚〉がゴーレムの胸に命中したが、体格差が大きく能力差は少ないためノックバックが起きず、ハヤテはゴーレムの鉄の体を蹴って後方宙返りで着地する。
着地後にわずかな硬直時間が発生する。その間にゴーレムはハヤテに近づき、大人の胴体ほどもある手を高々と振り上げる。
硬直時間が解除されるのと、ゴーレムの右手が降り下ろされるのは、ほぼ同時だった。
横飛びに転がって回避するも、ゴーレムの攻撃がハヤテの足をかすめる。かすめたのみなのでハヤテのHPバーはわずかな減少で済んだ。
ハヤテはゴーレムの剛腕をかいくぐって接近すると、まずは〈発勁〉で大ダメージを与える。その後ゴーレムに張り付いて、ひたすら攻撃を繰り返す。ほとんどが通常攻撃で、稀に硬直時間の少ないスキルを織り交ぜて攻撃を繰り返す。
普通ならばスタミナゲージが減少し、どこかで休息を挟まなければならないが、モンク系の利点はスタミナが多いことと、通常攻撃のスタミナ消費量が少ないことだ。その利点を生かし、スキルをコントロールして使えば、延々攻撃を繰り出し続けることができる。
ハヤテの攻撃は、一撃一撃は軽いが手数が多く、またスキルを多用せず、通常攻撃が多いため硬直時間とスタミナ消費が少ないのも特徴と言えるだろう。
『張り付く』と言う言葉がとてつもなくふさわしいハヤテの戦法。至近距離の打ち合い。
ゴーレムが丸太のような腕をふるって攻撃を繰り出すが、ゴーレムの鈍重な動きではハヤテを捉えることは出来ない。
――――打打打ッ!
三連打を浴びせる。降り下ろされる鉄の拳。カウンターを合わせるようにステップして右の回し蹴りを放つ。
ゴーレムの拳をかわす動きを攻撃に変えたのか、攻撃の動きを回避に使ったのかはわからない。ともかく、ゴーレムが振りおろせば横によけ、振り払えばしゃがんでかわし、すくい上げれば対角線に跳び上がってよける。忍者のような動きとも言える。あるいは、猿のような動きにも似ている。
ハヤテの、的確に隙をついて打ち込む攻撃は、ゴーレムのHPバーをジリジリとすり減らす。
一方のハヤテは、ゴーレムの足や体にぶつかった接触ダメージを受けた程度で、直撃はゼロ。
やがてゴーレムのHPがレッドゾーンに突入した所で、ハヤテは大振りの攻撃を誘う。ゴーレムの攻撃範囲の一歩外。絶妙なポイントに立つ。
すると、ゴーレムは右手を頭の上へ振り上げると、驚くような速さで踏みこみ、手を槌のようにして振り下ろす。
〈鉄槌〉というゴーレムの攻撃スキルで、食らえば大ダメージ間違いなしの一撃である。予備動作は大きいが、タイミングにばらつきがあるので、ギリギリで回避するのは難しい。斜め上から振り降ろし、その鉄の拳が地面を叩くと、延長線上にがれきが跳ねてダメージを受けてしまうため、セオリー通りなら横に避ける。
しかし、ハヤテは前に飛び込む。ゴーレムの〈鉄槌〉をすり抜け、ガラ空きの胴体にスキルを放つ。
「〈マシンガンジャブ〉!」
ハヤテの両手が霞むほどの速さでゴーレムを叩く。ゴーレムのHPバーはスーッと流れるように減っていく。
ゴーレムも、最後に一撃入れようと拳を振り上げる。しかし、振り上げきったところで引きつったように動きを止めた。ゴーレムのHPバーが灰色に染まっている。
拳を振り上げた体勢のまま、ゴーレムはガラガラと崩れ、石の床に鉄クズとなって散らばった。
ハヤテがゴーレムを倒すのと、セーヤが3体ゾンビを倒すのは、ほぼ同時だった。
ハヤテが振り返ると、セーヤが片手を上げて待っていた。ハヤテは一歩踏み出すと、セーヤの手を叩いた。
ハイタッチの後、二人には自然に笑顔が溢れた。
☆
聖教会の地下墓地
ジメジメと暗い岩壁の通路。壁にかけられた松明が淡く映し出すのは古びた壺や並んで横たわる棺桶。ところどころに骨も落ちていて、中には頭蓋骨もあった。その景色は、まるでホラー映画の世界に迷いこんでしまったかのよう。
現れるモンスターはほとんどがアンデットであり、実在するどのお化け屋敷よりも恐い。何しろここのオバケは、総じてプレイヤーの命を奪おうと襲いかかってくるのだから。
「しっかし、ここの敵は聖属性メチャクチャ効くな!」
「うん、ホーリーウエポン使えば、ダメ稼ぎまくりだしね」
ホーリーナイトであるセーヤは〈ホーリーウエポン〉という、武器に聖属性を宿す魔法を使える。魔法職ではないので自分のみだが。おかげで、正教会の地下墓地に置けるモンスターの討伐数は、ハヤテの3倍にものぼる。
「でもさ、それなら初めて会ったとき、なんで海岸でソロしてたんだ?」
ハヤテが素朴な疑問を投げかけると、セーヤは視線をさまよわせながら答えた。
「え・・・それは、ここだとアイアンゴーレム出るし・・・」
「逃げればいいじゃん。てか、上の階でないだろ?」
「えと、上の階だとエンカウント率が少なくて稼げないし・・・」
「いやいや、ここと比べりゃ少ないけど、ソロなら十分だろ」
・・・。
ことごとく論破されたセーヤは押し黙り、気まずい沈黙が流れる。
「・・・てなの」
小さな声で呟くセーヤ。
「えっ、なんだって?」
「――――オバケ苦手なのッ! バカッ!!」
セーヤは赤くなって、ハヤテの頭を剣で叩いた。
「オウッ! おま、ちょっと、今のパーティー組んでなきゃPKもんだぞ!」
ダメージはないが、驚いたハヤテが文句を言う。しかしセーヤは、
「まったくハヤテは、デリカシーがないんだからっ! ・・・そもそも女の子がオバケ怖いって言ってるんだから、『大丈夫だよ』とか、『かわいいな』とかそういうコメントはないの」
怒涛のように文句を言いながら歩くセーヤの背を、唇を尖らせ拗ねた顔のハヤテが付いていく。
「でも、なんでギルメンと狩りに行かないんだ? セーヤのとこは大きなギルドなんだろ。レベルの近い奴らもいるんじゃないか?」
ハヤテのもっともな質問に、セーヤは話すことを少しためらったが、思い切って口を開いた。
「うちのギルド今、後発メンバー育成に力を入れてるのよ。戦力底上げのために、高レベルのメンバーが中堅メンバーに付き添って狩りして」
「へぇ、それじゃあ確かに自分の経験値稼げないな」
「そうそう。でも、これから戦力増強が必要ってことも、特に4次職メンバーを増やさないとっていう隊長の気持ちもわかるんだけどね」
(・・・隊長)
その言葉に、ハヤテの頭には一つのギルド名が浮かんだが、彼女がそのことを秘密にしておきたいらしいことは分かっていたし、自分の都合もあってハヤテは黙った。
「もうすぐ『水瓶座の門』も攻略に入るらしいから、そのためには4次職を増やしておきたいよね」
ひとり言のように呟くセーヤ。ハヤテは「大変ダナー」と適当な返事を返す。セーヤはいつの間にか愚痴っぽくなってしまったことを気にして話題を変えた。
「そんなことよりさ、ハヤテの着てるインナーのシャツ、『ハイトレント カットソー』?」
「よくわかったな!」
「うん、私も装備してるから。軽装の前衛職は74レベルまでみんなお世話になるよね」
セーヤはアウターで鎧を装備しているため、ハヤテにはセーヤのインナー装備は見ることができない。しかし、ハヤテのアウターはベストで、前も開いているためインナーがまる見えだ。
「ああ、そっか。AGI補正付くもんな」
「っていうかさ。全身青なのにインナー赤って、センス無くない?」
突然オシャレセンスをダメ出しされて、精神的ダメージを受けつつも、ハヤテは性能重視の視点で切り返す。
「センスって。性能一緒なんだから何色でも一緒だろ? それに俺、赤好きだし・・・」
「でた! トータルでコーディネートしない人いるよねー!」
あっけなくカウンター(言い返されて)を食らい、ハヤテは前より大きなダメージを受けた。オシャレのセンスはハヤテの急所だ。しかし、ハヤテは折れかけた心を何とかつなぎとめて、冷静なふりをして切り返す。
「―――女子めんどくさ。じゃあ、何色なら合うんだよ」
「うーん、白とかじゃない。青と白ってさわやかだし」
「それじゃ、お揃いになるぞ・・・」
ハヤテはセーヤをじろじろ見ながら言った。セーヤの装備は白一色の鎧だが、その髪の色は深い青である。
「えっえっ、ペアルック・・・。それは、ちょっと。じゃあ、黒とかいいんじゃない。少なくとも赤よりはいいよ!」
「じゃあ黒って、結局最後はテキト―かよ」
ハヤテはあきれたようにため息をついたが、心の中でメモは取った。青には黒。
そんな和やかな時間も長くは続かない。ダンジョンを徘徊するモンスターには、プレイヤーの都合などお構い無しなのだから。
二人の正面からモンスターの影。
「お、お客さんだ」
ハヤテは言って、指を鳴らす。
「はいはい、落ち着かないわね。ちゃちゃと片付けましょ」
ハヤテも鞘を鳴らして剣を抜き払う。
そして、冒険者達の狩りは続くのであった。
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