1-1 白騎士
どうぞ楽しんでいってください。
燦々と降り注ぐ太陽。
どこまでも続く白い砂浜。彼方に見えるのは澄み渡る青い海。辺りを見渡せば、背の高いヤシの木と、腰の高さほどもある剣の様に尖った葉をもつパイナップルも生えている。
その広い砂浜に、白い軽鎧を来た一人の騎士と、その騎士を囲む様に群がる4匹の亀。亀は甲羅が非常に高く盛り上がっていて、1匹の大きさが白騎士と同じくらいある。
四方を囲まれた白騎士は、長く艷やかな青い髪を揺らして亀達と戦っていた。ツンと伸びた鼻に、意志の強そうな眉。桜色の唇を固く結び、二重の大きな目は襲い来る亀を捉えている。
亀は白騎士に、嘴のように尖った口で攻撃を繰り出す。亀の攻撃方法ときたら、軟体動物の様に、ありえないくらい首を伸ばして攻撃をしてくる。体の動き自体は早くないが、首から上を伸ばすこの攻撃は異常に素早い。ボクサーのパンチのような速さで振るわれる亀の嘴攻撃を、白騎士は舞うようにかわし、手に持った細身の剣で反撃を繰り出す。
しかし、亀は首を引くのも速く、なかなか首に攻撃を当てることはできず、胴体に当たっても硬い甲羅越しでは与えるダメージ量も少ない。
(あ~、面倒だなぁ。転移石使っちゃおうかな?)
美しい白騎士は、何度目かの攻撃を甲羅に阻まれため息をついた。実際の話、今のまま戦えばいずれは白騎士が亀のHPを削り切って勝利することはそう難しいことではない。
しかし、それにかかる時間と労力が取得できる経験値やアイテム、ゴールドから考えて全く割りに合わないのだ。
この《海賊の砂浜》のフィールドではモンスターが群れていることが少なく、高レベルの者がソロで来ることができる数少ない狩場のひとつなのだ。
《海賊の砂浜》に現れるモンスターは、水棲のモンスターが多く比較的柔らかい、クラゲ、魚、魚人などのモンスターと、硬めの貝、カニ、亀などのモンスターに分かれる。
細身の剣で戦う場合は、相性で考えれば柔らかいクラゲや魚、魚人と戦いたいが、貝とカニも硬いがHPが少ない分そこまで苦ではない。しかし亀は別だ。亀はHPも多く防御力も高いため、細身の剣での戦闘は向かない。だが亀は絶対数が少なめに設定されているため、逃げることも出来るし、一匹なら倒してしまうこともできる。
だが複数匹いる場合は別だ。硬くHPが多い以外に攻撃力もそこそこあり、一撃が重い。そう考えると、神経をすり減らして4匹も相手にするのは馬鹿らしいと思えてくる。
白騎士がスキを見て、転移石を取り出そうとしていると、少し離れたところに一人の男が現れた。
短い黒髪に切れ長の目。端正な顔立ち・・・は当然なのだが。膝下位の長さの青いハーフパンツに赤いシャツ。袖なしベストを羽織り、手には青いグローブをはめている。その装備から、モンク系の職業であることは疑いようもない。
白騎士はその男と目があった。かなり距離は離れていたが、そう確信していた。
「―――手貸そうかぁ!」
距離があるので大きな声でモンク男が言う。近づいてこないのは、モンスターのターゲットが自分に移らない様にするためだ。
「お願いッ!」
白騎士も大きな声を上げて答えた。モンク男はその声を聞くと、待ってましたとばかりに猛ダッシュで接近する。ある程度近づいたところで、地面を蹴って飛び上がると技の名を叫んで黄色い光を纏った蹴りの体勢で突っ込んでくる。
亀の一体を背後から強襲し、ターゲットを自分に移す。飛び蹴りからの着地後、わずかな硬直時間を終えると、亀に目掛けて至近距離から3連続攻撃を繰り出す。その時になってようやく亀は振り返りモンク男に首を大きく振り回すような横殴りの一撃を放つ。モンク男は上半身を後方に反らせて紙一重で攻撃をかわすと、攻撃直後の亀の瞬きするようなわずかな硬直時間を見逃さない。
「〈コークスクリュー〉!」
モンクは叫ぶと、ねじり込む様な強烈な右ストレートを亀の顔面に叩き込む。
剥き出しの頭部へ一撃を食らい、亀は頭と手足を甲羅にしまい込む。通称『ひきこもり』と呼ばれる状態で、この状態になると攻撃をしてこなくなる代わりに、亀の防御力は大幅に上がり、ハンマー系の武器以外のダメージを大幅に軽減する効果がある。
普通なら『引きこもり』状態が解除されるまで、一定時間攻撃をしないというのが鉄則なのだが、モンク男はダンッと強く踏み込む。
「〈発勁〉!」
技の名前を叫ぶと、モンク男の体が黄色に輝き、その輝きに包まれた両手を突き出す。その両手が亀の甲羅に触れた瞬間、亀の体の内側から黄色の光が弾けた。
その光に白騎士が興味を惹かれ視線を向けると、『ひきこもり』状態の亀が一瞬浮き上がって地面に落ち、頭と両手足を甲羅から飛び出させ息絶えた。
(ガード状態から、一撃で倒すなんて!?)
白騎士が驚いた表情を見せる。多少ダメージを与えていたとは言え、とんでもない威力である。その時、白騎士を囲む亀の一体が頭突きを繰り出し、白騎士は衝撃を受けて尻餅を付いてしまう。
残り2体の亀は追撃しようと首をゆっくりと伸ばす。
「〈烈風脚〉!」
モンク男が声と同時にまわし蹴りを放つ。モンク男の蹴りで周囲に風が巻き起こり、2体の亀にダメージを与える。その攻撃で2対の亀のターゲットがモンク男に移る。
心の中で感謝しつつ白騎士は立ち上がると、自分をターゲットしている亀に攻撃を仕掛ける。
白騎士は巧みな攻撃で相手にしている亀のHPを削り切り、モンク男の加勢に行こうと振り返る。
モンク男は2体の亀の攻撃をよけつつ、一方の亀にのみ攻撃を繰り出す。攻撃をかわす、攻撃後の硬直時間に無理なくダメージを与える。次の攻撃も余裕をもって回避する。その顔には笑みも浮かんでいた。白騎士はモンク男の見事な戦いぶりに思わず見とれた。
モンク男は1体の亀のHPを10分の1程まで減らすと、攻撃に合わせて、カウンター気味に単発スキル〈ソバット〉を繰り出した。軽く飛び上がりながらの後ろまわし蹴りは光の尾を引いて亀の頭部に直撃する。
その一撃で亀のHPバーは灰色に変わり、亀は地面に伸びる。
残り1体。モンク男は亀の攻撃を回避しつつ距離を取る。スタミナゲージを回復させているらしい。四度ほど亀の頭突きやクチバシ攻撃を回避し距離を取ると、5度目の亀の頭突き攻撃を横に回避して、単発スキル〈ハリケーンアッパー〉を放つ。光の竜巻を纏ったアッパーカットが亀の顎を突き上げる。
亀は短い時間に一定以上のダメージを受けるとガード状態になる。この時も亀は即座にガード状態に入った。それこそがモンクの狙いとも知らずに。
ガード状態に入った亀に、すかさず接近し単発スキル〈発勁〉を放つ。モンクの体が黄色に輝き、亀に踏みこみ両手で掌底を繰り出すと、光が弾けて亀のHPバーは一気に灰色に変わる。
モンクはふーっとため息をつくと、ジロっと白騎士の方を見た。
「なんで手伝いに来ない!」
モンクは肩を怒らせて白騎士に詰め寄る。
「だって、必要なさそうだったじゃない」
白騎士は当然の様に言って手をヒラヒラさせる。
「それはそうかもしんないけど、そもそも俺が手伝いで加勢したんだからさ」
「だって~、亀固くて面倒くさいんだもん!」
「こどもかっ!? 俺だって面倒くさいわ!!」
「面倒って、『引きこもり』状態の亀を一撃で倒してたじゃない」
「防御力が高い相手ほど大きなダメージを与えられる技があるんだよ」
「へー、だから『引きこもり』状態で使ってたんだ。便利だね」
「ああ、でもそこそこクールタイムが長いし、スタミナの消費も激しいから、追撃しづらいんだよ」
モンクは、そんないいことばかりじゃないぜと説明するが、白騎士は興味無さそうにふーんと空を見上げた。
「ところで、あなたもソロなの?」
白騎士は首をかしげて、少し探るようにモンクに聞く。
「ああ、ソロだよ。今、『ヘル』の最中でさ。レベル上がんないから飽きて世界一周の旅をしてるとこなんだよ」
そう言うとモンクはお手上げと言うポーズをしてみせた。
『ヘル』とは、節目ごとに存在する、レベルアップまでに大量の経験値を必要とするレベルのことである。
SOGでは30レベルで2次職に転職する手前の29レベルではじめてのヘルを体験し、その後49、59、64、69、74、79など、転職や強力なスキルを覚える手前で必ず通らねばならない試練となっている。
「ふうん。いくつの『ヘル』なの? ・・・わかった! 64ヘルでしょ?」
白騎士は子供っぽい様子で人差し指を立てて言う。
「ブー、残念。69ヘルでした。ちなみに、あと40%でヘル抜け。まだまだ先は長い」
モンクは、白騎士の答えが外れると悪戯っ子のように笑う。
「えっ、69!? まさかずっとソロってわけじゃないでしょ?」
「いや、今回のヘルはずっとソロだよ。ギルド入ってないし。もう『ヘル』に入ってから1ヶ月半経ちました」
モンクは1ヶ月半と言ったところで、どよんと落ち込んだが、白騎士は驚いた様子でツッコミを入れる。
「ちょっと、ウソでしょ!? 私なんて、上のレベルの人に手伝ってもらっても69ヘルは一ヶ月かかったよ! てか、そもそもソロで69ヘルってこと自体ありえないでしょ!」
ソロと聞いて半信半疑の様子で白騎士は言った。高レベルのプレイヤーはほとんどがギルドに入っている。パーティを組んでいれば効率も良く、格上のモンスターとも闘うことができる。
「まあ、狩りが日課になっていると言ってもいいな。朝から晩まで。時に夜通し限界に挑戦したりなんかして」
モンクの言葉に白騎士は呆れた顔をする。
「あなたねえ、無理すると死ぬわよ」
白騎士の言葉にモンクは顔をしかめる。しかし、すぐに気を取り直すと、
「んじゃ、俺はヘル抜け世界1週の旅があるからもう行くよ」
そう言って、モンクはさっさと歩き出そうとする。
「ちょっと、待って。まだお礼も言ってないよ。あなた名前はなんていうの?」
そう言って白騎士はモンクを呼び止める。
「ん、俺はハヤテ。君は?」
「私? ・・・私の名前はセーヤ」
セーヤは自分の名前を出した時、ハヤテの顔をうかがう。
「セーヤっていうんだ。もしかしてセイントですか」
「ん? 私はホーリーナイトだよ」
ニヤリとしながら問うハヤテに、セーヤは真顔で答える。セイントとは、ヒーラー系の4次職であり、ハヤテが言った古い漫画のセイントとはセイント違いであることに気付かなかったようだ。
ボケが空振りし落ち込むハヤテを不思議そうに見つつ、セーヤは戸惑うように言った。
「私のこと、知らないの?」
言われたハヤテは不思議そうな顔をして、セーヤをジロジロ見る。
「え、どっかで会ったことあった?」
「え、いや、知らないならいいの! そうなんだ」
ハヤテは焦った様なセーヤの態度を不審に思いつつも、すぐに切り替えて言う。
「んじゃ、ほんとにもう行くよ。 またどこかであったらよろしくな」
笑顔で片手を上げハヤテは駆け出す。目指すはもう少し奥のモンスターの出現率の多い狩場だ。
「待って!!」
再びセーヤに呼び止められて、ハヤテはちょっと戸惑った様子で振り返った。
「もしよかったら、今日一日パーティ組まない?」
突然の申し出にハヤテは怪訝な顔をする。ハヤテからすればセーヤの提案は良いこと尽くめだ。ソロで狩るよりも効率がいいし、モンスターが湧いた場合も対処しやすくなる。レベルも近く経験値の配分も大差がない。
しかし、ハヤテはここ数ヶ月パーティを組んでいなかったし、知り合いでないものと狩りに行くこともほとんどなかった。ハヤテは少し迷ってセーヤの顔を見る。当然のことながら整った顔立ちなのだが、表情だけは自前だ。ハヤテの答えを、どこか不安げに待つその表情はハヤテを頷かせるのに十分な威力を持っていた。
「―――じゃあ、今日一日よろしく頼むよ」
ハヤテの答えを受けて、セーヤの顔に花が咲いた。
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