1-13 哀
読んでいただきありがとうございます。
(真っ暗だ。俺は死んだのだろうか。周りは光一つない漆黒の闇だ。しかし、寒くはない。なんなら少し暖かい)
ハヤテはぼんやりとそれを感じていた。ウインザーとの戦い。最後の噛みつき攻撃は、噛まれはしなかったがウインザーの体に巻き込まれた。そしていま、真っ暗闇にいる。
(体は全然動かな―――)
ガサガサ
「・・・全然動く」
グッと手を動かすと、どうやら体の上に何かが乗っているらしい。ハヤテはずりずりと仰向けのまま移動する。しばらくすると、頭上に光が見えた。この時点でハヤテには何となく状況がつかめていた。
そして、光に達するハヤテ。スポンと闇から抜ける。いや、正確には漆黒の毛皮の下から。
ゴゾゴゾ ガサゴソ
ハヤテはなんとかその毛皮の下から抜け出すと、それを見下ろした。
疾風の魔狼ウインザーの死骸。
ハヤテは自分のHPバーを見る。HPバーは黄色に変わっていた。どうやらウインザーの攻撃力は高いわけではなかったらしい。散々に吹き飛ばされた突進も、ダメージ量としては、総HPの3分の1くらいだったのだろうと予想できた。
「ふう。しんどかった」
ハヤテはその場に尻もちをついて息を吐く。そして空中にメニュー画面を開く。すると、
『マーシャルアーティスト LV70』
「おおっ、やった!!」
ついに2カ月にも及ぶヘルを抜けて、70レベルに到達できた。これで4次職に転職できるというわけだ。
ハヤテが4次職に転職する条件は、特定のアイテムを70レベル以上で使用すること、ただそれだけ。
「長かったなあ」
ぼんやりとこの2カ月間を思い出し、そして凍りついたように表情を硬くした。
思い浮かんだのは1人の少女。
白い砂浜で舞うように戦っていた少女。
アンデットの天敵のホーリーナイトでありながら、ホラーが苦手という理由でソロではアンデットのでる場所には行かないとむくれていた少女。
アントホールではハヤテが死ぬ寸前だったことに怒り、涙し、そして抱きついてきた少女。今でも抱きついてきた彼女の感覚が残っているような気さえする。
「・・・セーヤ」
ハヤテの乾いた唇から洩れる呟き。ハヤテの胸に、突然熱いものがこみあげて抑えきれなくなった。
―――慟哭
ハヤテは泣いた。恥も外聞もなく。地面を叩き、額を地面に打ち付け。喉が枯れるほど叫び、泣いた。
たった2週間。その二週間も数回一緒に狩りに行っただけだった。それなのに。
1人では味わえない。
共に戦う楽しみ。
背中合わせで戦うことのできる頼もしさ。
手を叩いて讃えあう勝利の喜び。
そんな素晴らしさも、
出会わなければ思い出すこともなかった。
出会わなければ感じることもなかった。
出会わなければ失うこともなかった。
涙が止まらない。悔しいような、悲しいような、切ないような、寂しいような。
感情は混ざり合い、止めどなく溢れた。
そしてどれほどの時が過ぎただろう。ハヤテは涙の乾いた顔で空を見上げて呟いた。
「―――所詮、ゲームじゃないか」
その言葉は、虚しく夕暮れの空に溶けた。
ようやく1章が終わりました。
書きたいことがなかなか書けないものですね。