1-12 捨て身の拳
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あれからどれくらい戦っていただろうか。
疾風の魔狼はハヤテの身を引き裂かんと爪を振るい、噛み砕かんと牙を鳴らす。嵐の様な攻撃を紙一重でかわし、隙あらば攻撃を積み重ねてきたハヤテ。
疾風の魔狼ウインザーのHPは少しずつ削られていき、気がつけばレッドゾーンに突入して久しい。
しかし、レッドゾーンに入ったウインザーは、スピードが増し、攻撃パターンも変わった。そのせいもあってハヤテは再び防戦一方となってしまったのだ。
距離をとって攻撃パターンを見破り攻撃を当てていきたいところだが、スピードが速く硬直時間も短い。また攻撃ごとの移動距離が半端ではないため、避けてから追撃しようとしても、ウインザーのもとに着くころにはすでに体勢を立て直した後になってしまう。
よって、ハヤテが選ぶ選択肢は一つ。いつもの戦法。そう、
「―――接近戦だ!」
ハヤテはウインザーの真正面より半歩ずれた位置で向きあう。攻撃はウインザーの爪が届く距離。攻撃が届く距離であれば、高確率で爪や牙で攻撃を仕掛けてくる。
爪による攻撃も、レッドゾーンに突入してから、風を切るような速さで振るわれる。ハヤテは目視するのも困難な右爪の一撃をわずかな動きでかわすと、攻撃を繰り出そうとした。
(―――当たるか?)
わずかな逡巡。視界の端に移る黒い影。ハヤテはとっさに倒れこむように身を低くした。その頭上をウインザーの左の爪が薙ぐ。かわせたのは奇跡みたいなものだ。ハヤテは立ちあがる勢いで大きく後方に跳び距離をとる。
(今のはマジで危なかったな。考えるな。感じろ。集中。集中。集中、集中、集中、集中集中集中―――)
ハヤテはウインザーが威嚇の咆哮をしている間に再び接近した。振り下ろされた爪をかわす。かわしつつ地面を叩いたウインザーの右前足に〈水面蹴り〉を放つ。転倒の効果のある〈水面蹴り〉だが、さすがにウインザーの巨体を転倒させるのは難しいようだ。〈水面蹴り〉をしたハヤテの頭上をウインザーの左の爪が駆け抜ける。ハヤテは立ちあがりながら、空振りしたウインザーの左前足がある真上に向かって拳の2連打を浴びせる。
グゴウッ!
攻撃にも怯まず、ハヤテに首を伸ばして噛みつこうとするウインザー。頭でもかじられれば、一撃で殺されてしまう場合もある。ハヤテは横に大きく跳躍してかわしつつ、着地の瞬間今度は飛び蹴りでウインザーの顔面を蹴りつける。
すべての攻撃が硬直時間のない通常攻撃。これがハヤテの戦い方なのだ。長い間1人で戦ってきたハヤテは、時に複数の敵を相手に、時に素早いモンスターを1人で相手にしなければならなかった。そのため、硬直時間のある強力なスキルを主体に使えば、その硬直時間を突かれて、囲まれたり、強力な攻撃を受けてしまうことになる。
そこでハヤテは、通常攻撃で攻撃しつつ相手の弱点を探し、その弱点に強力なスキルで攻撃するといった方法をとることにした。その結果、攻撃射程の短いハヤテは必然的に超接近戦で戦う戦法をとることになった。それが『張り付き』と呼ばれる方法であることは、ハヤテ自身知らなかった。
ゲームの世界の死が現実世界の死となるこのデスゲームで、危険な接近戦である『張り付き』で戦うなどリスクが高すぎる。至近距離の接近戦は視界が狭くなるし、敵のターゲットが自分だけになるので、長時間集中していなければならない。
しかし、ハヤテにはこの戦法が合っていた。感じていたいのだ。スリルを。皮一枚をかすめる猛威を、息のかかる距離で音を鳴らす牙を、ほんのわずかな隙が死を招く、そんなスリルを感じていたかった。現実世界では味わえぬスリル。そして・・・自由。
瞬きすることも許されぬ接近戦。ハヤテは持ち前の集中力でことごとく攻撃をかわし、通常攻撃を積み重ねて行った。目に見えぬほどわずかずつ、しかし確実に魔狼のHPは削れていった。
幾度目か、ウインザーの放つ右の爪の振り降ろし。いつものパターン。回避しつつ〈水面蹴り〉でダメージを与え、〈水面蹴り〉の動作でしゃがむことによって、次に来る左爪の薙ぎ払いを回避しようと考えたハヤテだったが、左の爪は来なかった。ハッと顔を上げる。ウインザーの両前足が地面に着いている。ほんの一瞬、引きつけるように力が入ったのを見た。とっさに横にヘッドスライディングのように跳ぶ。
グゴウッ!
その声を聞いたハヤテは、下半身に衝撃を感じた。その瞬間、視界がめちゃくちゃに回転し、地面に叩きつけられ、地面を散々に転がった。ゲームなので痛みと言うほどのものはなく、あくまで大腿部に『ここにぶつかった』というのを鈍く感じる程度だったが。
(―――やばい―――見失った―――追撃が―――どこに―――)
高速で回転したことによる混乱と衝撃で、途切れ途切れに無数の思考が脳を駆けるハヤテ。素早く立ちあがりながら周囲を見渡す。目の焦点が合わない。ふらつき状態になっている。
(まずい!まずいまずい!!)
HPバーはどれくらい減っているのか。そんなものを確認している間もなかった。黒い獣は顔を上げたハヤテのすぐ目の前にいた。
(目の前ッ! 逃げなきゃ・・・いや、違う)
ハヤテは高速で回転する脳内で考え、結論を出した。
黒い塊が砲弾のように突っ込んでくる。ウインザーは噛みつきをしようとしているのだろう。その黒い獣はグッと牙を食いしばって接近し、十分近づいた所でハヤテの上半身を丸のみにするように口を開くのだ。
(逃げても間に合わない)
さきの一撃でどれほどのダメージを受けたかは不明だが、この噛みつきをまともに受ければ死ぬ可能性は高い。ハヤテの頭が高速で回転し、それは無意識に近い形でハヤテの行動を決定した。
ハヤテの顔から焦りの色が消えた。
「―――所詮、ゲームだろっ! 〈コークスクリュー〉!!」
一歩、いや、半歩踏みこみつつ繰り出した右の拳。その拳はウインザーが口を開く前に、その鼻面に深くめり込んだ。
瞬きするほどの一瞬だけ、両者の力が拮抗したのか動きを止める。
しかしそれも一瞬。ウインザーの突進は止まらず、圧力に負けてハヤテはウインザーに押しつぶされた。
やっぱり書くなら戦闘シーンがいいですね♪
早ければ明日また投稿しまーす!