1-10 悪夢
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洞窟の中に突如現れた無数の影。
あり得ないほどの数に圧倒される仲間たち。
「―――ここは―――止め―――。ハヤテ―――みんなを―――逃げ―――!」
ハヤテは迷ったが駈け出した。声の主に背を向けて。
うごめく影の中に取り残された声の主が、影達の猛威に必死に抗う。しかし、多勢に無勢。抗う者は無数の影に飲まれて消える。
はるか遠くまで逃げたハヤテは、飲み込まれる者をただ見つめることしかできなかった。
☆
「――――ッ!!」
自分の叫び声ガバッと起き上がるハヤテ。
久しぶりに嫌な夢を見た。
ハヤテは深いため息をつき、ベッド代わりのハンモックから降りた。洗面所で顔を濯ぐと鏡を見た。
ひどい目つきをしている。
今日はセーヤとの狩りだ。
気を取り直すように冷たい水を顔に浴びせるハヤテ。
☆
『今度の狩りは、【疾風の魔狼】にしない?』
メニューウインドウのメッセージ欄に書かれた文字を見て俺は目を疑った。メッセージの送り主はセーヤ。
【疾風の魔狼】というのは、ウインザーという狼のフィールドボスで、遭遇率は決して高くない。大陸の北西にある《タイタスマウンテン》という山岳エリアがある。ここには、巨大なモンスターが生息しており、適正レベルは50~80。その中でも【疾風の魔狼】はエリアのちょうど真ん中60~70のプレーヤー向けのフィールドに現れるボスで、60レベルならパーティでいい勝負。70レベルならペアは厳しく、3人で安定というボスモンスターである。
安全志向のセーヤがペアで魔狼狩りを提案してくるとはどういう心境の変化があったのかと思ったままメッセージをしてみたところ、『ハヤテは結構強いし、二人なら行けそうな気がする』との返事が帰ってきた。そのメッセージでニヤけていると、すぐに追加でメッセージが送られてきた。
『ただし危なくなったらすぐ逃げるからね!』
なるほど、セーヤらしい。ハヤテが了解とメッセージを返すと、3日後の昼に≪タイタンズマウンテン≫に一番近い≪草原の終点≫という小さな集落に集合する予定になった。ハヤテは浮き立つ気持ちを抑えきれず、笑顔になりながら自分の装備欄を見た。
☆
待ち合わせ場所に着く。思い返すとセーヤと出会って2週間。もう後2%でヘル抜けだ。ペアだと効率も良く無茶をしないで済むというのもいいところなのかもしれない。
少し早く付いたハヤテは、自分の装備を見直し、「よしっ!」と頷いてセーヤを待った。
しばらく待っていると、セーヤがやってきた。ハヤテはわかりやすいように胸を張ってセーヤの一言を待つが、セーヤはいつになく静かな口調で、力なく「お待たせ」と言ったのみ。ハヤテは少しがっかりしたが、すぐにセーヤの様子が気になり「大丈夫か」と声をかけた。
「大丈夫、大丈夫」
全然大丈夫そうには見えないが、狩りにもSGOで上位クラスの実力者。本当に体調が悪い時に無理をするようなことはあるまいとハヤテはそれ以上細かいことを聞かず、
「無理するなよ」
といって狩り場に移動を開始した。
いざ狩りを始めてみるとセーヤの動きはやや精彩を欠くが、心配するほどのことはない。
雑魚を蹴散らしながら、《タイタスマウンテン》の下位エリアを走破し、安全地帯に入る。この安全地帯を抜ければ、ついに今回のお目当て【疾風の魔狼】ウインザーのいる丘フィールドに入る。
セーヤの様子は相変わらずの様子で、今日は会話も少なく、ハヤテは何だか胸がもやもやしていた。
休憩時になんとか話題はないかとメニューウインドウを開く。
「おっ、残り1%でヘル抜けだ!」
普段だったらヘル抜けはかなりテンションの上がることで、周囲に仲間がいれば盛大に祝うようなイベントなのだ。しかし、それを聞いてもセーヤは力なくほほ笑むだけ。ハヤテは耐えきれずについに聞いた。
「なにかあったんだろ。言えよ」
思いのほか強い口調になってしまったが、それでもセーヤは悩むように口を閉じていた。その沈黙に耐えるハヤテだったが、ついに限界に達するその一歩手前でセーヤが重たい口を開いた。
「私は《ジハード》のメンバーなの。・・・ハヤテ隊長と知り合いなんでしょ?」
セーヤが《ジハード》のメンバーなのは何となくわかっていた。しかし、自分とフォードのことを知っているのは古参のメンバーくらいのもので、そのことは無理に話題にすることではないはずだった。
「変な噂を聞いて。ハヤテが団長の大切な人を見殺しにしたって・・・」
その言葉にハヤテは激しく動揺した。『見殺し』。確かにそうだ。自分ではそう思っていたし、そのことはいつも心の中にあった。しかし、他人から言われるとそれは鋭い槍となってハヤテの心に突き刺さる。
「ねえ、ウソなんでしょ。言って」
黙るハヤテ。喉が渇き、舌が張り付いたように動かない。
「ハヤテッ! 答えて・・・お願い」
セーヤのすがるような必死な瞳を見て思わず叫びそうになる。
しかし、結局は歯を食いしばる。言葉を絞りだそうとしたが、その言葉はハヤテの口から出ることはなかった。ふと力を緩めて、ハヤテは力なくうつむいた。
「本当なのね・・・最低よ! あなたみたいな人とパーティ組むなんて、隊長に顔向けできないわ!」
セーヤはメニューを操作すると、すぐにパーティから離脱した。そして、キッとハヤテをにらむ。
「もしどこかで会っても話しかけないで。アナタとは・・・赤の他人よ」
転移石。安全地帯でのみ使うことができるそのアイテムを使うと、セーヤの足元に魔法陣が描かれ、セーヤは光とともに消える。
取り残されたハヤテ。呆然と立ちすくむ。
わかっていた。だからハヤテはソロだった。忘れかけていたのかもしれない、怒りを。ほんのひと時。そうだ。強くならなければならないんだ。忘れてはならない。
いつまでそうしていたのか。ふいにハヤテは歩き出す。
「・・・あと、1%なんだ。狩らなきゃ」
呟いて、焦点も合わぬままふらふらと歩きだす。安全地帯を出て緑の丘に入る。
しばらく歩いていると、丘に入って初めてのモンスターと遭遇した。
現れたのは漆黒の狼。四足歩行の状態でもその高さは3メートル近くあり、全長は7,8メートルある。黒く光るつやのある体毛。鉄さえも噛み千切る鋭い牙。岩をも引き裂く凶悪な爪。巨大な黒狼。
――――グオオオオオオオオオオ!
上げた雄叫びに身がすくむ。これは〈ハウリング〉のスキルによるものなどではなく、人間の体に残る原始的な恐怖なのではないかとハヤテは思った。
【疾風の魔狼】の名にふさわしい速さで迫りくるウインザー。大きく開けた口で噛みつこうと瞬接する黒狼を、自然なサイドステップで無意識にかわすハヤテ。
ハヤテの意志とは無関係に、磨き上げられた技術と経験が魔狼の攻撃からハヤテの身を救った。
ハヤテの数センチ横を駆け抜ける漆黒の塊。戦慄とともにハヤテの腹の底から熱いものがわき上がってくる。
それは、衝動。純粋な、人間の本能に刻み込まれた闘争の衝動なのかもしれない。
ハヤテの目の前を鋭い爪が駆け抜ける。岩をも砕くようなその一撃を後方にステップしてかわす。そのスリルに思わず笑みが浮かぶハヤテ。
「――――ハハッ、しょせんゲームないか。やれるもんなら殺ってみろ!」
ハヤテの顔に破滅的な笑みが浮かんだ。
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