1-9 亀裂
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《ジハード》のギルドホーム2階。セイントのクリスは自分の指導するメンバーの一人が70レベルに達したことを報告するため、フォードに会いに来ていた。メッセージや|WIS(念話通信)でも構わないのだが、たまには顔を見て話したいという隊長の要請に応えてやってきた。
「・・・ハヤテ、もう4次職になったのか? レベルはいくつなんだ。そんなのうちに来てパーティで狩りに行けばかなり早くヘル抜けできる。・・・誰もお前を責めてはいない。考えてみてくれ」
執務室から話している声がはっきりと聞こえていた。どうやらフォードは扉の近くにいたらしい。話が終わったとみるや、クリスは遠慮なく執務室に入って行った。
「おお、クリス。早かったな」
「ええまあ。それより、誰か勧誘でもしていたんですか?」
「ん、ああ聞こえていたのか。まあ、そんなところだ。それより、報告を頼む」
フォードに促され、報告をするクリス。その後すこし意見を交わし部屋をでる。
(隊長と話していたのは誰なんだ? ハヤテといっていたが・・・)
クリスは50レベルを超えたときに他のギルドから《ジハード》に移籍してきたため、フォードの昔の知り合いにどんな人物がいるか知らない。
クリスが話題にでていた『ハヤテ』について考えながら歩いていると、階段の曲がり角からヌッと人が現れた。危うくぶつかりそうになったクリスが謝罪しつつ相手を見ると、銀縁眼鏡を掛けた《ジハード》の参謀グレイだった。グレイはこともなげに気にするなといって歩き出す。クリスはそこでハッと閃く。
「参謀、ちょっと聞きたいことがあるのですが・・・ハヤテと言う人物についてです」
普段ポーカーフェイスの参謀が、わずかに眉をしかめた。
☆
《ジハード》のギルドホームの大広間に、主だったメンバーが集められていた。その数50人以上これだけのメンバーが集まるとこは滅多にない。
―――水瓶座の門だな
―――ついに攻略に乗り出すんだろうな
―――水属性の魔術師はメンバーに入るかな?
―――私も門のボス戦してみたい!
―――今回のボス戦でも絶対生き残ってやる。
―――ボスドロップは何が出るかな?
―――ウチからは何人行くのかな?
ざわざわと憶測について話し合う《ジハード》のメンバー達。
セーヤも緊張を隠せない。蠍座の門の攻略からボス戦のメンバーに選ばれるようになり、今回で4度目のボス戦になる。しかし慣れることはない。門を守るボスは強力で、攻略組の中のトップで構成されるメンバーが、毎回何人も犠牲になる。セーヤは幸い生き残っているが、いつ死んでもおかしくない危険な戦闘なのだ。
「もう水瓶座の門に挑むんだね」
突然話しかけられハッと驚き振り返るセーヤ。声の主はセイントのクリス。
「ええ、でも今回は待った方よね。戦力増強のために時間を割いたから・・・」
門の攻略には、攻略組の中のギルドから最強のメンバーを選んで当る。前々回の射手座の門攻略の際には犠牲者が驚くほど少なく、射手座の門攻略後、わずか10日で山羊座の門の攻略に当った。だが、それは攻略組にとって手痛い経験となった。
山羊座の門での犠牲者は60人中20人にも及び、ギルドマスターが死んで解散となったギルドもあった。その反省と亡くなったトッププレイヤー達の穴埋めのため、水瓶座の門攻略には長い準備期間が設けられた。
ざわつくメンバーの前に、隊長のフォードが現れる。メンバー達は自然と口を閉じた。
「――――来週、ついに水瓶座の門に挑むことになった。参加ギルドは、ウチの他に、《デモンズキラー》、《ドラグーン》、《戦国活劇》、《キャッツクレイドル》、その他各ギルドを代表するトッププレイヤー達だ。今回の参加条件は4次職以上のプレイヤー。我がギルドからは、18人のメンバーが参加することになる。この後メンバーに選ばれた者にはグレイからメッセージが届く。届いたものはパーティメンバーと明日から数日連携を確認しておくように。以上だ」
隊長の話が終わると、大広間は再びざわめきだす。喜ぶもの、落胆するもの、安堵するもの。様々なメンバーがいるが、セーヤは間違えなく選ばれることを悟っていた。そもそも、《ジハード》内で4次職の者など30人を超える程度に過ぎない。そのうち生産職を除けば、ほとんどのメンバーが門攻略のメンバーになる。セーヤが沸き立つ気持ちを抑えて歩き出すと、クリスが駆け寄ってきた。
「セーヤ、緊張してるかい?」
「ええ、さすがに攻略戦は緊張する。だって、命がかかってるんだから」
険しい表情のセーヤに、クリスは真剣な表情で言った。
「そうだよね。でも、もし僕が同じメンバーになれば、君を絶対死なせない」
それを聞いたセーヤはにこりと笑うと、
「うん。クリスの腕はわかってるから。信用してる」
と答えた。クリスは肩透かしを食らったように乾いた笑いを浮かべた。そしてその後、何ごともないように本題を切り出した。
「そういえば、この間隊長が言い争っていた相手、ソロのモンク職らしいよ」
セーヤは、ソロのモンクと聞いて、表情を硬くする。
「昔は一緒に組んだりしたこともあったらしいけど、諍いがあって決別したらしいよ」
「――――諍い?」
嫌な予感がする。セーヤは鼓動が速くなるのを感じつつ、冷静なふりをして聞いた。
「うん。何でも、隊長が弟みたいに大切にしていた仲間を見捨てたらしい。そのせいでその人は死んでしまったんだって」
もはや心臓の鼓動はうるさいぐらいに高鳴っていた。
「隊長にとっては、大切な弟分のカタキみたいだね。言い争ってた時も、顔を出せみたいなこと言ってたもんなあ」
「そう・・・なんだ」
セーヤはなんとか相槌を打つが、もはや気が気ではない。それが誰なのか知りたい。そして別人であって欲しいという気持ちと、聞きたくないと恐れる気持ちで、心は混沌と渦を巻いていた。
「確か名前は――――――――ハヤテ」
―――――――ズキンッ!
セーヤは顔面蒼白になり、もはや立っているのもやっとの状態だ。その後もクリスが何か話していたが、セーヤの耳には入ってこなかった。
「ごめん。私ちょっと気分がよくなくて、今日は帰って休むね」
「えっ? ああ、そういえば顔色が悪いね。ゲート攻略も近いし体には気をつけて」
心配そうな表情で言うクリス。
「う、うん。ありがとう。じゃあ、パーティメンバーの連絡が来たらまた・・・」
それだけ言うと、セーヤは足早に去っていく。
「お大事に~」
クリスはその背に向かって声をかけたが、その顔は・・・笑顔だった。
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