10月25日(4)
ミリアに引っ張られながら、僕にできること、僕が最後にできること。それを必死に考えていた。
「ミリアさん……」
「ミリアでいいわよ。なに?」
「じゃあミリア。少しだけ、時間をくれないかな?」
最後にできること。それは最後のお別れだ。なにもできなかった僕を想って泣いてくれる山倉への、最後の言葉だ。
だが、ミリアはなにを思ったのか、突然大声で笑い始めていた。
頭の中で何かが弾けたように血が上り、ミリアの襟元を無造作につかむ。
「な、何がおかしい!」
いらだつ僕の神経を、さらに逆撫でるように、ミリアは半笑いで問いに答えた。
「おかしいわよ。死んだ人ってみんな同じこと言うんだもん。死んだ人間が喋っても、現界人には聞こえないんだよ? それなのにお別れだなんて――意味のない行為だよ」
「やってみないと、分からないさ」
「正気なの?」
「もちろん」
反論する気も失せたのか、ミリアは嘆息しつつ片手を広げ、
「五分間だけだからね!」
とだけ言って、部屋の隅へと移動する。そのままミリアの消えてしまった。
「ありがとうミリア。恩にきるよ」
ミリアを見送り、後ろを振り向く。未だに山倉は自分を責め続け、涙を流していた。
「ごめん山倉。約束、守れなかったよ」
山倉の背後から、ぼそりとつぶやく。ミリアの言ったとおり、山倉には聞こえていないようだ。
それでも僕は続けた。続けずにはいられなかった。
「支えてあげられなかった。もう山倉に触ることすらできない。だけど、山倉を想う気持ちは本物だったんだ。山倉を恨んだりなんかしないから、自分を責めないでほしい」
瞳から、さらなる涙がこぼれていく。ふがいない自分がやるせなかった。
「死んでも、山倉を見守っているから。だから、もう泣かないで……」
刹那、山倉が背後を振り向いていた。
「山倉!」
最後の言葉が奇跡を起こした――そんな予感がする。
だが、あくまで予感は予感でしかなかったようだ。
山倉は確かに僕の声に合わせて振り向いたが、焦点は僕を越えた、背後へと合わさっている。
山倉の視線の先へと振り返ると、そこには黒い革製のスーツに身を包み、ヘルメットを持った女性が立っていた――僕の母だ。
十代の頃に僕を生むも、父は僕がまだ小さい頃に亡くなってしまった。その後は女手一人で僕を育ててくれた、男勝りで大雑把で、いつも元気一杯の母。
そんな母親が涙を流すのを見るのは、今日が初めてだった。
「信也……なんでこんなところで寝てるんだよ……」
フラフラと部屋の中に入ってきた母さんの体は、あっさりと僕の体をすり抜けた。そのまま山倉の隣へと立ち、
「ふざけるなよ信也。わたしを……わたしを一人にするつもりか!」
怒鳴りながら死体を何度も殴打する、何度も、何度も。
しばらくすると力尽きたのか、山倉の隣へと崩れ落ちた。顔をうつむけて、むせび泣く姿にも、なにもできない自分が腹立たしくてしかたがなかった。
一番の親不孝者とは、親よりも先に死んでしまうことかもしれない――そんな想いが頭をよぎる。
「母さん、ごめんなさい。ずっと大事に育てて、側にいてくれたのに、肝心なときに役に立てない僕を許してください……」
それが僕の最後の懺悔だった。それ以上、何も言えなかった。二人に背を向けて、涙を流し続けるのが精一杯だった。
「お別れは済んだかしら?」
前方から、優しげな声がかかる。にっこりと微笑んでいるミリアに、すすり泣きを抑えて頷いた。