エピローグ
「それじゃあね、優美」
「うん、また明日!」
親友の果歩と別れて、わたしは家路へとついた。雲ひとつない赤い空から、太陽が照らしている。
わたしは歩みを駆け足へと変えて、家へと向かった。
といっても、別に見たいテレビ番組があるわけではない。
今日はわたしの誕生日だった。そして、最愛の人とのつながりを感じられる、特別な一日なのだ。
そうなると、必然的に三年前の事件を思い出す。
それは、一度死んだ鷹野君が、わたしを救うために生き返るという、誰もが信じがたい事件だった。
サーカス会場の爆発後、鷹野君が消えた広場には、人が大量にあふれていた。
わたしの周りを大量の人間が囲み、様態を確認してから、病院へと連れて行かれた。
死者は一名。怪我人はわたしだけという、爆弾が爆発したにしては奇跡的な結果。その一端を担ったのが、他ならぬ鷹野君だった。
病院から退院したわたしは、すぐにいろんな人物へと、鷹野君について尋ね回った。
だが、二人を除いて全員が、鷹野君は先週の土曜日に亡くなったという返答だった。
返答が違った二人とは、三村君と鷹野君のお母さんだ。
三村君は土曜日に、鷹野君が死んだと知っていた。だが、告白しようという決心を、サーカス前に鷹野君からもらったという。
鷹野君のお母さんも同様に、土曜日の結果を知りつつも、修学旅行前にわたしをお願いすると鷹野君に懇願されたらしい。
二人とも夢でも見たのだと考えていたらしいが、わたしが事情を説明すると、納得してくれた。
あれから三年、わたしは鷹野君の家で暮らしている。本当の家は何度か訪ねたけど、ある日突然、家の鍵を変えられていた。
それがお母さんの出した結論だと、すぐに察したわたしは、それ以降、実母の家には近づかなくなった。
「ただいまぁ!」
「おぅ、お帰り、早かったな」
家に帰ると、鷹野君のお母さんがわたしを迎えてくれた。鷹野君との約束どおり、わたしの面倒を見てくれているのだ。
「雪絵さん、今日の仕事は?」
雪絵さん――それが鷹野君のお母さんの名前で、わたしの呼び名だった。
お母さんという言葉は、あの大嫌いな実母を思い出してしまい、雪絵さんを憎んでしまいそうで使いたくなかったのだ。
「サボった。大事な娘の誕生日だからな」
「もう、また?」
「大丈夫。こう見えても、仕事場では頼りにされてんだ。クビになったりしないさ」
そういう問題でもない気がするけど、あえてわたしは黙っていた。機嫌のいい雪絵さんの気分を、逆なでしたくはない。
「ご飯までもう少しあるから、待ってろ」
「うん、勉強でもして待ってるよ」
階段を登り、自分の部屋へと入る。間取りは鷹野君の部屋となんら変わらない。
この部屋の存在が、わたしに鷹野君の存在を近くに感じさせてくれる。
「さてと、今日も頑張ろうかな!」
教科書とノートを取り出し、今まさに勉強を始めようとした、その時だった。
インターホンの高い呼び出し音が、家の中へと響き渡る。
わたしはすぐに玄関へと向かおうとするのを、ぐっと堪えた。それが今しがた現れた来客との約束なのだ。
「優美! 美利亜ちゃんだぞ!」
「はぁーい!」
雪絵さんに呼ばれて、わたしは駆け足で階段を下りていった。
すでに雪絵さんの姿は消えている。その代わりに玄関先で、わたしに手を振っている女性がいた。
「お久しぶり! 優美ちゃん!」
「うん、一年ぶりだね、ミリア」
そこにいた少女は、爆発事故の後に姿を現し、中界と鷹野君の運命を語った、案内人ミリア=ミリスだった。
再会したのは二年前の今日――つまり、鷹野君が死んだ一年後の、わたしの誕生日だ。
それ以降、わたしの誕生日になると、ミリアはここへ来てくれる。わたしにとって最高の、心の支えを持って――。
「じゃあ、はいっ、これ、今年の分ね!」
「うん、ありがとう! あの、鷹野君は元気ですか?」
「もちろんよ。わたし達に病気なんてないんだから。今頃は三年前のビデオでも見てるんじゃない?」
それだけで、ビデオの大まかな内容は想像できた。そんなビデオがあるなら、わたしも少し興味がある。
「そういえばこの間、優美ちゃんを見たって言ってたよ」
「えっ? どこで?」
「大学病院の通路を歩いているところ。たまたま信也君が、死んだ人の迎えに行った時に見たんだって。昔より断然かわいくなったって、のろけられちゃったよ」
ミリアがウィンクを飛ばしてきた。頬着々と、熱が集まっていくのが自分でも分かる。
「どう? 勉学の調子は? 医者になるって楽じゃないんでしょ?」
あれ以来わたしは勉強に精を出し、医者を目指していた。
あまり勉強が得意でなかったわたしは、果歩の協力もあって、浪人生をどうにか一年で抑えることに成功した。
今は医学部の一年生。ようやくスタート地点に立つことができた。
医者を志した理由はたった一つ、シンプルなものだ。
「自分のように大事な人を失う悲しさを、だれにも味わって欲しくないなんて、普通言えないよ? すごいよねぇ、優美ちゃんって」
「あんなにつらい思いを味わうのは、わたしだけで十分だから。他の人にはできるだけ幸せになって欲しい。少しでもその助けになりたい。ただ、それだけだよ」
「簡単に言ってるけど、それってすごいと思うよ」
わたしは照れ隠しに、頭を掻いた。ミリアがフフッと小さく微笑む。
「それじゃ、もう行くね! なにか伝えておきたいことは?」
少し考えた後、顔を熱く燃やしながら、ボソボソと答える。
「これからもずっと、わたしと雪絵さんを見守っていてください……って伝えておいて」
「今年もまた同じじゃない。今回は『わたしのハートはいつだって、あなたのものよ』とかどう?」
まったく照れずに言えるミリアは、ある意味すごい。鈍感なだけかもしれないけど。
「じゃ、じゃあそれも伝えておいて」
「了解! それじゃあまた一年後にね!」
「うん、ミリアも頑張ってね!」
「ありがとう! じゃあね!」
手を振りながらミリアは去っていった。手元に残ったのは一通の手紙。いつもと同じ封筒には、住所も名前も書かれていない。
これが、一年に一度だけ訪れる、誰にも想像がつかないわたしの幸せだ。
その手紙を自分の部屋へと持っていくと、ベッドの上に身を投げ出し、封を開けた。
内容はわかかっている。毎年同じだから。
だけど、この手紙がわたしの支えになっている事実に違いはない。
封筒の中には一枚の手紙。その手紙には鷹野君の筆跡で一言、こう書かれていた。
『ハッピーバースデイ 山倉』
『未来のキミを救いたい 鷹野信也編』を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。水鏡樹です。
では早速ですが、鷹野信也編だけを先に呼んだ方へ。
ミリアの涙の訳は? 信也と一緒に居ない時、ミリアは何をしていたのか?
鷹野信也編を読み終わり、それらに興味が生まれた方は、ぜひミリア=ミリス編も読まれてください。
お互いの行動や細かい思考のすれ違いなど、鷹野信也編を読んだ後でないと分からない楽しみがあると思います。
そして鷹野信也編と同時に読んでいる方、鷹野信也編を読んでからミリア=ミリス編を読まれた方。
長い時間をお付き合いいただき、本当に感謝の限りです。これにて未来のキミを救いたいは完結です。
二つの話をあわせると、400字詰め原稿用紙700枚を越えていたりします。そんな長編小説を最後まで読んでいただいた皆様には、本当に頭の下がる想いです。
長い間お付き合いくださって、本当にありがとうございました。
また、全ての読者の方へ。感想などありましたら、ぜひお聞かせください。その際はどういった読み方をしたか(鷹野信也編を先に読んだ、両方同時に読んだなど)も併記していただければ幸いです。
それでは、また違う作品で♪