表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/47

10月27日(3)

 ついに修学旅行の初日も就寝を残すだけとなり、明日が僕にとって最後の一日となる。

 悔いを残さないよう、明日は全力を尽くさなければならない。

「あれ? 信也、どこ行くんだ?」

 山倉に言われた時間、こっそり部屋から出ようとする僕を、三村が呼び止める。

 隙がないというか、妙に目ざとい。さすがはニュースキャスターだ。

「いや、ちょっと自動販売機でジュースでも買ってこようかなって」

 なぜだかわからないが、山倉に会いに行くとは言えなかった。三村も何の疑いもなく、

「ジュースって、もうすぐ消灯だぞ? 寝る前に水分取って、朝になって布団を濡らしててもしらないからな!」

 壮快に笑い飛ばす。適当な愛想笑いを返すと、すばやく部屋の外へと躍り出た。

 部屋のドアを閉めて、ため息一つ漏らす。

 瞬間、僕の腕は引っ張られていた。

「なっ!?」

 慌てて引っ張られた方向を見ると、力の主は山倉だった。どこかに連れて行こうとしているのだろう。

 黙ってついていくと、二階と三階をつなぐ階段の踊り場で、山倉は止まった。

「ふぅ、だれにも見られなかったね」

 額に溢れた汗を拭って爽やかな笑顔を見せる。実際は僕たちの疾走を前に、みんな呆気に取られていただけなのだが……。

「修学旅行って楽しいけど、二人きりになれないから嫌だよね!」

 薄暗い踊り場に腰を下ろしつつぼやく。僕もその隣へと腰を下ろした。

「今日はすっごく楽しかった! 明日も楽しみだね!」

「ああ、そうだね」

 曖昧な返事をした僕の顔を、バスの時と同じように覗き込んでくる。

 わざと気づかないフリをして、僕はそっぽを向いた。

 と、僕の腕に突然激痛が走った。山倉が力いっぱいにつねったのだ。

「いたっ!」

「もうっ、本当に大丈夫なの? 心配で、食事も喉を通らなかったんだから!」

「ごめん、大丈夫だから。気にしないで」

 山倉には悪いが、明日の対策で頭がいっぱいなのだ。

 口をへの字に曲げ、今後は逆に山倉がそっぽを向く。

 どうやって謝ろうかと考えている最中に、突如、山倉が顔を近づけてきた。まるで何事もなかったかのように。

「鷹野君、明日はなんの日か知ってる?」

「えっ!?」

 飛び出さんばかりに目を見開き、僕は山倉の両肩を掴んでいた。

「ど、どうしたの?」

 僕の形相に驚き、目をパチクリさせながら問いかけてくる。

「あ、いや……なんでもないよ」

 山倉から目を背け、曖昧に言葉を濁す。

 知っているはずがない。知っているなら落ち着いてなどいられないはずだ。

「えっと、なんの日なの?」

 明日の事件について、ふせたまま山倉に尋ねる。

 すると、山倉はかなりのショックを受けたようだった。のけぞって倒れそうな全身を、なんとか手で支えている。

「本当に? 本当に知らないの?」

「う、うん。ごめん」

「別にいいけど、ショックだなぁ。鷹野君なら絶対に知ってると思ってたのに」

 深くため息をつき、山倉はがっくりとうなだれてしまった。

「で、結局なんの日なの?」

「もう、わたしの誕生日だよ! 本当に知らなかったの!?」

 言われて初めて気がつく。そういえば明日は山倉の誕生日だった。

「そ、そうだった! ごめん、忘れてたよ」

「忘れてた!? ひどい、ひどすぎるよ!」

「そ、その、ごめん!」

 潤んだ瞳でうつむいた山倉に、頭を床にこすりつけて土下座をする。

 だが、山倉は言うほど怒ってはいなかったようだ。土下座する僕を見て、クスクスと微笑んでいる。

「大丈夫。全然怒ってないから。それで、誕生日に欲しいものがあるんだけど」

「も、もちろん! なんでも言ってくれ!」

 明日の事件で頭がいっぱいで、誕生日を忘れていた僕の、せめてもの償いだった。山倉の望む願いを叶えてあげたい。

 そう思い軽く引き受けた山倉の望みは、予想を大きく超えたものだった。

「……キス」

「えっ?」

 思わず聞き返す。山倉はトマトのように顔を赤くし、もう一度つぶやいてきた。

「鷹野君のキスが欲しい」

「えっ、なっ、そ、それは!」

 慌てふためく僕の目を、山倉がまじまじと見つめてくる。

 ただ、山倉の望みがそれだけなら、簡単に承諾したかもしれない。

 僕も山倉が好きなのだから、キスで悩む必要などない。むしろこちらからお願いしたいぐらいだ。

 だが、山倉の次の言葉が、僕の胸へと深々と突き刺さり、大きな圧力としてのしかかっていた。

「いまのところ、わたしの支えになってくれているのは鷹野君だけなの。もちろん、他の友達にも自分の本心を打ち明けようと思ってるよ。だけど、鷹野君以上に、わたしの心を癒してくれる人はいないと思う。それを考えると、心の隙間から不安が染み出てくる。いつか鷹野君が、わたしから離れていくかもしれない。それが怖くてたまらないの。だからずっと側にいてくれるっていう証明に、鷹野君のキスが欲しい」

 言われて、瞬間的に頭へと浮かんできたのは、ミリアの警告だった。

『このままじゃ、信也君が死んだとき、優美ちゃんは信也君の後を追うかもしれない』

 このままでは、ミリアの言った通りになってしまう。それではまったく意味がない。

「ダメかな?」

 無言で考え続けていた僕に痺れを切らし、山倉は問いかけてきた。

 こちらの返答も聞かず、山倉はすでに、潤んだ唇を近づけようとしていた。

「いや、ダメじゃないけど……」

 四苦八苦していると、山倉は愛想をつかして、無言で立ち上がった。

「山倉、待ってくれ!」

 どう弁解すればいいか悩みつつ、山倉を呼び止める。きっと怒っているだろう。

 だが、振り向いた山倉の表情は、予想に反して笑顔に包まれていた。

「急いで決断しなくてもいいよ。わたしの誕生日は明日なんだし。それに、断られたとしても、嫌いになったりしないから。わたしには、鷹野君しかいないからさ!」

 山倉が三段飛ばしで階段を上っていく。自分の部屋へと帰るつもりなのだろう。

「それじゃあお休み! 明日も一緒に楽しもうね!」

 階段を昇り終わった後、もう一度僕の方を向き、そう言って山倉は走り去った。

「山倉とのキス……か」

 自分の部屋に戻りながら、腕を組んで考える。ミリアの言った通りにならないようにするには、そして山倉を救うにはどうすればいいのか……。

 部屋に帰ると、三村が目を丸くして僕を見ていた。

「ジュース、もう飲んだのか?」

「あ、うん。買ったその場で」

「なんだよ、少し分けてもらおうと思ってたのに。まったく、山倉と初旅行だからって、緊張しすぎなんだよ」

 僕の背中を思い切り叩く三村。よく考えたら、三村とも明日でお別れなのだ。

 初めて出会ったときから馬が合い、僕が山倉を好きだという事実を、唯一知っていた親友だった。

 そして、自分の情報網を駆使して、僕に協力してくれたのだ。

「三村、吉沢さんとうまくやれよ」

「当たり前だ。お前こそ山倉とうまくやるんだぞ?」

 応援するつもりが、逆に応援されてしまったようだ。せめて三村だけでも、本当のことを告げたかった。

 もちろん、それを言ったが最後、僕は中界へと呼び戻されてしまうだろう。

 最終日を前にして、整理しなければいけない事象は山ほどある。

 だが、無常にも時間は待ってくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ