10月26日(2)
病院内に入り、幾人かの病人や看護士とすれ違いながら、三○六号室へと向かう。
ノックをすると、山倉の元気な声が聞こえてきた。
「どうぞ!」
ノブを回し、ドアを開ける。山倉は元気に手を振っている、以前にも見た光景だ。
ただ、あの時と違うのは、山倉の瞳に涙のかけらすら浮かんでいないことだ。
「おはよう、信也君!」
「おはよう」
昨日と同じ丸椅子へと腰をかける。今日は特にこれといった用事はない。
そばにいて、談笑をかわすのが、一番の目的ともいえるだろう。
「そういえば、明日から修学旅行だよね。楽しみだなぁ」
芸能人やドラマなどの話がひと段落ついたころ、不意に山倉の口から出たのは、そんな言葉だった。
「山倉……修学旅行に行けるの?」
「うん。先生に聞いたら大丈夫だって。こんなところで一人落ち込んでるより、友達と一緒に遊んだほうが楽しいだろうって」
確かに事情を知っている先生ならば、そう言うだろう。
だが、それは表向きの事情だけ知っている者の意見だ。
裏の事情を知っている僕としては、修学旅行へ行ってほしくなかった。
修学旅行に行かなければ、サーカス会場にも行かない――そうなれば、必然的に山倉の命が救われるという結果になるからだ。
「そうなんだ。よかったね」
僕なりに心情をうまくごまかして、嬉しがっているつもりだった。
だが、山倉はすぐに顔を曇らせて、首をかしげる。
「あんまり嬉しくなさそう。わたしと修学旅行に行きたくないの?」
「そ、そんなことないよ!」
「フフッ、分かってるって。冗談だよ」
白い歯を見せる山倉に、必死になってひきつった笑顔を返す。
「簡単に運命は変えられないって事か……」
「えっ?」
僕のぼやきに、素早く反応を示す。
「いや、なんでもないよ」
「本当に? 苦しんでるんだったらいつでも相談してよ? わたしだって信也君の力になりたいんだから」
「分かってる。僕だって無理はしないさ」
心配そうな山倉に、修学旅行の予定について話すと、山倉はすぐに食いついてきた。
こうなった以上、覚悟は決めなければいけない。未来は分かっているのだから、慌てる必要はない。
要するに、僕が山倉を死なせなければいいんだ……。