10月25日α(5)
部屋の扉を閉めると、すぐさま僕の元へと人影が近づいてきた。ミリアである。
「ミリアか……遅かったな」
「そんなことより、ちょっと話があるの」
「話?」
「いいからついてきて」
淡々と、まるで怒ったように述べると、ミリアは僕の手を引っ張り、足早に病院を出て行こうとする。
「どこ行くんだよ」
「いいから」
仏頂面でそれだけ言うと、あとは無言で手を引っ張り続けた。
外はまだ日が照っている。雲ひとつない晴天は、いまだ変わらない。
ただ、秋場にしては強い日光の影響か、少し暑苦しかった。
そんな僕の愚痴を聞いていたかのように、冷たい風が吹き抜けていく。
ミリアが足を踏み入れたのは、子どもが遊ぶために作られた児童公園だった。
最近の子どもは、あまり外で遊ばないらしく、時間の早い今の段階でも、誰もいない。
風に吹かれてわずかに揺れるブランコが、蚊の鳴くような金きり音を、ため息のように漏らす。
ミリアは乱暴にベンチへと座ると、きつい眼差しで僕を睨みつけてきた。
「どうしたんだよ、ミリア」
「優美ちゃんを助けられたのは、さすが信也君といったところね。おめでとうと言っておくわ」
「ああ、ありがとう……」
ドスの聞いた声で称賛されても、あまり嬉しくはなかったが、一応お礼を告げる。
だが、ミリアの機嫌は一向によくなる気配を見せなかった。
「問題はその後だよ。信也君、優美ちゃんになんて言った?」
「えっと……僕の家に住んでもいいって」
「その前よ!」
「な、何をそんなに怒ってるんだよ?」
「いいから!」
赤く染まった顔色と、こめかみに浮かんだ青筋からは、容易に怒りを読み取れる。
ミリアの感情を逆なでしないように、落ち着いて山倉へと言った言葉を振り返る。
「確か、ずっと山倉の側にいるよって」
「それよ!」
勢いよく立ち上がったミリアは、僕の胸倉をつかみあげていた。
「は、放せよミリア!」
「信也君は来週の火曜日には死ぬのよ! もう分かってるはずでしょ!」
「とりあえず、落ち着けって!」
腕をつかみ、力ずくで振りほどく。ミリアは息を荒げて、涙を瞳に溜めていた。
「ずっと一緒になんて不可能なのよ! どうしてあんなことを言ったの!」
「じゃあなにか? 火曜日に死ぬから、ずっと一緒にいるなんて無理ですって、答えればよかったのか? そうやって山倉を絶望に追い込めっていうのかよ?」
「そうじゃない、そうじゃないけど! あんなふうに断言しなくてもよかった! このままじゃ信也君が死んだら、優美ちゃんは信也君の後を追うかもしれない!」
「大丈夫だよ。吉沢や三村がなんとかしてくれる。僕がいなくたって、山倉は……」
ミリアに手を振り解かれて、僕の言葉が止まる。そのままミリアは、僕の鼻先を指差してきた。
「じゃあ聞くけど、信也君が逆の立場になったとしたら、平穏にやっていける自信があるの? 愛する優美ちゃんを失っても、励ましてくれる友人がいれば、それで満足だっていうの?」
ミリアの設問に、僕はあっさりと言葉を失ってしまった。
山倉がいなくなり、そばには三村がいる。
三村は僕を一生懸命に、励まそうとしてくれるだろう。
だが、僕の心はそれだけで癒されるのか? 山倉のいない隙間を埋められるのか?
答えは……ノーだ。
「ぜ、絶対に自殺なんてさせない!」
苦し紛れの言い訳に、ミリアが鼻で笑う。
「どうやって?」
「それは……今から考えるさ!」
大きくため息をついてから、ミリアは僕を思い切り突き飛ばした。
転倒した僕を見下しながら、吐き捨てるように述べる。
「話にならないわ。やれるもんならやってみなさいよ! もしも優美ちゃんが後を追ったら、信也君なんて地界行きなんだから!」
目に涙を溜めたまま、ミリアは公園から走り去ってしまった。昼間会ったミリアとは、別人ではないかと疑うような変わりようだった。
「なにがあったんだ、ミリア……」
ぼやきつつ立ち上がり、お尻についた砂を拭う。とりあえずミリアの後を追って、家の方角へと向かった。
「ただいま」
「ああ、お帰り」
帰宅すると、母さんが仏頂面で、僕を迎えた。そばには同い年ぐらいの男子が、僕に頭を下げる。『チュ・ターク』でミリアと一緒にいた――確か、竹下聡史だ。
「お邪魔してます」
「ああ、どうも……姉さんに用事?」
「ええ、だけど、会ってもらえないみたいなんで、帰ります。夜分遅くにすみませんでした」
もう一度頭を下げてから、男子は玄関を後にしていった。悲しげな背中が、小さくなっていく。
「母さん、姉さんは?」
「泣きながら帰ってきたみたいで、すぐに自分の部屋へと入っていった。ノックしても泣き叫ぶ声しか聞こえないし、鍵もかかってるからな。そっとしといてやれ」
「うん……」
母さんの言う通り、今は放っておくのが最善だろう。たとえ顔を合わせたとしても、落ち着いた会話などできないまま、また口論になるのがオチだ。
お風呂に入ってから、大人しくベッドに入る。ミリアのようすが気になりつつも、僕の意識は緩やかに遠のいていった。