10月25日α(2)
駅前にあるレトロな雰囲気をただよわせる喫茶店『チュ・ターク』へと入る。
わざと焦げ目のような模様をつけた木造の内装と、流れるクラシックが、店内を落ち着かせる役目を担っている。
「あれ? 信也じゃない」
カウンターに座ろうとした僕たちの背後から、不意に声をかけられ振り向く。
そこにはミリアの姿があった。
「ミリ……姉さん! どうしてここに!」
「どうしてって、デートに決まってるでしょう?」
「デートって……」
確かにミリアの向かいには、あたふたと慌てふためく男性が座っていた。ただ、年齢的には僕と同じぐらいで、ミリアの恋人としては不釣合いな気がする。
そもそも、僕のサポートとして来ているはずのミリアが、なぜ無責任にもデートを楽しんでいるのか――少しいらだつ僕へと、ミリアの恋人は挨拶をしてきた。
「は、初めまして。竹下聡史です」
丁寧に挨拶をして、頭を下げる竹下聡史。
軽く会釈を返すも、ミリアへの不満が爆発しそうだった。
「あのさ、姉さん……」
「わたしよりも、信也こそどうしたの? まさか優美ちゃんをほったらかしにして、不倫でもしてるんじゃ……」
側にいる親子に目をやりながら、ミリアがきつい視線で睨みつけてくる。
「ま、まさか! ちょっとこの子を助けたから、お礼にコーヒーでもって……」
「それで、優美ちゃんをほったらかしにしてるわけだ」
「そういうわけじゃ……」
「あーあ、信也君の愛情なんて、そんなもんだったのね」
お別れの挨拶を無駄だと表するミリアに、愛情がどうのこうのと語られたくはない。
だが、ミリアの言う通り、いまの僕は山倉の元へと向かったほうがいい気がする。
僕の到着を、家でいまかいまかと待ち続けているのだから。
「あの、すみません……やっぱりいいです。僕はちょっと用事があるんで」
「そうですか……」
ミリアと僕の会話を聞いていたらしく、母親は先ほどとはうって変わって、あっさりと引き下がった。
「よかったら、そこの二人にご馳走してあげてください。僕の姉とその彼氏で、初デートらしいんです」
「わかりました。では、そうさせてもらいます。今日は本当にありがとうございました」
「お兄ちゃん、ありがとうね!」
母親の真似をしたのか、可愛らしげな仕草で、少女も僕に頭を下げた。
「もう道路に飛び出しちゃだめだよ?」
「うん!」
少女の頭を撫でてから、僕は喫茶店チュ・タークをあとにすると、すぐに山倉の家へと向かった。
日が昇ってきたせいか、じりじりとした暑さが体を包んでいる。僕はハンカチで汗を拭きながら、早足で進んでいった。
おかげで予想よりも早く、山倉の家へと着いた。インターホンを鳴らすと、山倉の声が聞こえる。
「どなたですか?」
「鷹野だけど」
「待ってたよ! すぐに開けるからね!」
山倉の活発な声に続き、アコーディオンドアが開く。家の中のスイッチでも開くのだろう。
林道を進み、噴水を回って玄関前まで行くと、山倉が手を振っていた。
「やっほぉ!」
「お待たせ」
「ううん、そんなに待ってないよ。わたしの部屋に行って、少し話でも……」
いままでにこやかだった山倉の顔が、突然に曇った。僕の背後へと視線が移る。
振り向くと、玄関から一台の車が入ってきていた。
ドラマやドキュメンタリーなどで見かけるるお金持ちの象徴――確かロールスロイスとかいう車のはずだ。
「行こう、鷹野君」
山倉は僕の腕をつかむと、引っ張って玄関の中へと入った。
昨日と同じ豪壮な家具たちが、僕を迎えてくれる。
「早く、わたしの部屋に行こう!」
なぜか慌てる山倉に、僕は首をかしげながらも従う。
だが、僕の疑心暗鬼が、すべての行動を鈍らせていた。




