10月24日α(7)
部屋の外に出てみると、ミリアがグラスを落として割ってしまっていた。
立ち尽くすミリアの周りに、大小まばらなガラスの破片が散乱している。
「し、信也君……」
ミリアが目元に涙を浮かべながら、僕に何かを訴えている。
散乱しているグラスの破片を、ミリアと一緒に拾う。いつの間にか側にいた山倉も手伝い、三人で破片を拾い集めていると、
「いま、なんか変な音しなかったか?」
母さんの部屋にまでグラスの砕ける音は聞こえたようだ。居間から母さんが出てきたのが階段から見える。
「ど、どうしよう」
赤子のような怯えた目で、ミリアが助けを求めてくる。
僕はミリアの肩にそっと手を乗せてあげると、ミリアに安堵の表情が生まれた。
そんなミリアの期待を裏切るよう、笑顔で言い放つ。
「しっかり怒られてきなよ、姉さん」
「えっ、ええぇ!?」
最初は嫌だと首を横に振っていたものの、実際に割ってしまったのは事実だ。
ミリアはしぶしぶと母さんに報告へ向かった。哀愁漂う背中を向けて。
「鷹野君、ちょっとお姉さんにひどくない? お姉さんと仲悪いの?」
「そんなことないよ。大丈夫だって。母さんも鬼じゃないから、正直に謝れば許してくれるよ」
怒られているであろうミリアの代わりに、せっせと床に散らばった破片を掃除する。
すっかり床が綺麗になった頃、ようやくミリアは新しいコップを持って上がってきた。
――今度は紙コップだった。
「はい、信也君」
「ああ、ありがとう」
ミリアはコップを僕に渡すと、おずおずと自分の部屋へと戻っていった。
母さんにこっぴどく、怒られてしまったのだろう。それならば、そっとしておいた方がいいかもしれない。
僕と山倉は部屋へと戻り、しばらく談笑をした。それは何気ない好き嫌いや趣味などの会話から、小、中学校のアルバムによる思い出話になっていった。
楽しい時間は過ぎていき、時計は二十三時を回った。
僕と山倉は、必然的にそろそろ寝ようという話になった。
僕は普段使っているベッドを、山倉へと譲った。僕は居間から運んできた、布団を敷いて、中へと潜り込む。
「電気、消すね」
「うん」
部屋の電気を消して、僕は布団の中へともぐりこんだ。辺りを暗闇が支配し、静寂に包まれていく。
「鷹野君……」
「んっ?」
突如静寂を破った山倉の呼び声に、慌てて相槌を打つ。
息を吐きだすような、か細い声がベッドから聞こえてきた。
「今日は本当にありがとう。こんなに楽しい夜は本当に久しぶり……いや、初めてかも」
「楽しんでもらえたのなら、僕も嬉しいよ」
家に連れてきた目的の一つは、山倉を楽しませることだ。
そう考えると、今日の一日は大成功だったといえる。
「本当に、鷹野君と出会えてよかった。これからもよろしくね。鷹野君もつらい時があったら、遠慮なく言っていいから」
「うん、そうさせてもらうよ」
「約束だよ。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
再び静寂に包まれ、ベッドから早くも寝息が聞こえてくる。
僕もゆっくりと目を閉じる。ふと脳裏に、電話越しのミリアの言葉が、思い浮かんだ。
『優美ちゃんと仲良くなっちゃダメ!』
あの言葉には、いったいどんな意味が含まれているのだろうか? 僕と仲良くなると山倉がサーカス会場から逃げられないという意味なのか、それとも別の何かが――。
いろいろと考えていく内に、僕の意識は自然と薄らいで……心地よい睡魔が、体を包みこんでいった。