10月24日α(6)
「ただいま」
玄関のドアを開けると、すぐ目の前にミリアの姿があった。
「あ、お帰り信也! 優美ちゃんは?」
――なんだか嫌な予感がする。
「この人が鷹野君のお姉さんか。大人の女って感じだね」
背後からひょいっと顔を覗かせて、山倉が耳元で呟く。
「そ、そうかな? 根っからの子どもだと思うけど」
そんな会話をしていると、ミリアが唐突に声をあげた。
「ゆ、優美ちゃん!?」
嫌な予感はあっさりと的中していた。
頭の中で、頭を抱える自分の姿が浮かぶ。
「えっ? わたしの名前、どうして知ってるんですか?」
「あ、そ、それは、その……」
当然の疑問を投げかける山倉に、これまた当然の反応をみせるミリア。
慌てふためくミリアを見るのは、これで何回目だろうか?
「ちょっと前に、山倉の話を姉さんにしたんだよ。どんな人かも話したから、想像通りの姿だったんじゃないかな?」
仕方なくミリアに、助け舟を出す。
ミリアの目に輝きが灯り、何度も頷いてみせる。
「そうだったんだ。これからよろしくお願いしますね、お姉さん。えっと、名前は……」
「み、美利亜です! 初めまして! よ、よろしく!」
ミリアが必要以上に、はきはきと自己紹介する。まるでエンマ様の前にいるかのような緊張ぶりだ。
「美利亜さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は笑顔で握手を交わす。だが、なぜかミリアは顔を引きつらせていた。
「お帰り。信也、そっちの子は?」
声が聞こえたのだろう。居間から母さんが姿を現す。
「ただいま。えっと、付き合ってる女の子なんだ。山倉優美さん」
「は、初めまして! 山倉です!」
今度は山倉が硬くなっている。初対面でも畏怖を与えるほど、母さんの迫力はすさまじいものなのだろうか?
「初めまして山倉さん。で、こんな夜中に女の子を連れ込んで、どうするつもりだ? まさか……」
指の関節を鳴らしながら、不敵に口元を緩める。このままでは命が危なかった。
「それでちょっと話があるんだ。姉さん、山倉を僕の部屋へと案内してくれない?」
「わかった。こっちよ」
ミリアと山倉は階段を上って、僕の部屋へと入っていった。
僕は母さんの部屋である、居間へと移動した。母さんを納得させなければ、僕の命は風前の灯だ。
――もっとも、すでに亡くなっている命なのだが。
「あのさ、実は……」
「いいよ、言わなくても」
「へっ?」
いざ説明をしようとすると、母さんはあっさりと受け入れてしまった。呆気に取られる僕の肩に手を回し、母さんが引き寄せる。
「わけがあるんだろ? 大体想像がつく」
「ほ、本当に?」
「伊達に三十年も生きちゃいないさ」
「母さん今年で三十五歳……」
言い終わる前に、肩に回っていた腕がヘッドロックへと変わる。
数秒間の首絞めは、僕にとって分単位に感じられた。
「とにかくだ。長い間じゃないんだろ?」
「うん、まあ」
「変なことするわけでもないんだろ?」
「もちろん!」
「だったらいいさ。その辺の常識はわきまえてると、母さん信じてるからな」
「ありがとう母さん!」
「いいさ、気にしなくても」
少し照れながらも軽く微笑み、僕を送り出してくれた。
居間から出ると、僕は自分の部屋へと向かった。
一時はどうなるかと思った難関も、無事突破したといえる。
あとは山倉を楽しませてあげればいい。今後どうするか、話してみるのもいいだろう。
「大丈夫だった?」
自分の部屋に戻ると、山倉が顔を曇らせながら尋ねてきた。
母さんの説得は難しそうだと、山倉の目にも映ったらしい。
「うん。なんとか」
「よかった、大喧嘩になったりしたらどうしようかと思ってたのよ」
「そうなったら、母さんに全身殴打されて、部屋に戻る気力も無くなってるよ」
冗談まじりに言うと、山倉から細かい笑みが何度かこぼれた。
「あれ? 姉さんは?」
「会わなかった? 飲み物を持ってくるって言って、部屋から出て行ったんだけど」
と、山倉が説明した直後、狙っていたように、なにかが割れる大きな音がこだました。