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10月24日(1)

 十月二十四日 金曜日

 男女共に紺色の制服を着ているせいか、教室内のほとんどが紺色と化していた。

 男子は灰色一色のズボン、女子は赤と黒のチェックのスカート。生徒間で不平の集まっている制服だ。

 朝礼の直後、本来なら生徒は、一時間目の準備をしなければならない時間帯である。

 だが、そんな作業に追われる生徒は一人もいない。少なくとも僕たち二年四組のクラス内には。

 人気ドラマの話題、ゲームの情報交換。豊富な話題に花を咲かせている。

 普段なら僕もその話に参戦するのだが、今日だけは勝手が違っていた。

 校内でのゴシップ集めを得意とし、ニュースキャスターとの異名を持つ親友――三村光輝のもとへと向かったのだ。

「山倉、大丈夫なのか?」

「ああ、なんでもその後入院したらしいぞ」

「入院って……そんなにひどかったのか? どこの病院に入院してるんだよ!」

 まるでお前のせいだと言わんばかりに、僕は光輝の襟首をつかんでいた。顔をわずかにゆがませながら、光輝は僕の手を振り払う。

「おいおい、落ち着けって。心配しなくても大丈夫さ。病院は吉沢総合病院だし、命に別状があるわけじゃない。右足の骨折だけさ」

「そっか……」

 安堵の息が、僕の口から自然と漏れる。吉沢総合病院とは、同級生の吉沢果歩の両親が経営している病院で、部活動なので大怪我をした生徒が運ばれる病院だ。腕も確かなようだし、これで少しは安心できる。

 僕が黙々とうなずいてみせると、光輝はあきれたように鼻を鳴らし、僕の肩に手を回してグイッと引き寄せてきた。

 そして、耳元で三村の声が鳴る。

「なあ、お見舞いに行くつもりだろ?」

「はっ?」

 思わず怪訝な顔つきになった僕を三村は、意味不明な笑顔と共に背中で手を弾ませる。

「わかってるって。皆まで言うなよ」

「いや、皆まで言うとかじゃなくてさ」

「心配するなって。おれに任せとけばすべてうまくいくさ」

「三村、落ち着けって」

 だが、どうやら落ち着いていなかったのは三村だけではなかったようだ。

「授業が始まってるのに、いい度胸だな? 三村に鷹野」

 がっちりとつかんだ両手に力が込められ、骨のきしむ嫌な音を発する。

 苦痛で顔をゆがめる僕らに、笑顔を送ってきたのは、国語の教師である権田原先生だった。どうやら授業開始のチャイムを聞き逃したらしい。

 白いTシャツにジャージという、教師だからこそ許されるゆるい格好は、いつもとなんら変わらない姿だ。

 あだ名は消防訓練――略して消訓だ。なぜそんなあだ名がついたかというと……。

「たるんどる。二人ともバケツを持って廊下に立ってろ!」

 これだ。いまどきバケツに水を入れて持つ罰なんて、漫画の中ですらみかけない。

 事実は小説よりも奇なりというが、この罰はある意味古すぎて新しい気がする。

「たくっ、お前のせいだぞ、三村」

 両手に水のたっぷり入ったバケツを持ち、チラッと三村を一瞥する。そんな僕の思いをよそに三村は、

「よしよし、まずはお見舞いの品だよな。定番となると花束だけど、菊の花はダメなんだよな……」

 一人でつぶやき続ける三村を横に、僕は天を仰ぐしかなかった。

 

 一日の授業が終わり放課になると、三十分かけて僕は吉沢総合病院に来ていた。建物自体は 三階建てだが、横に長く広がっているため、かなりの大きさだ。

 目の前にそびえたつ、吉沢総合病院の存在に、僕は小さくため息をついた。

 意を決していたというよりも、気がついたらここに居たと言ったほうが正しいかもしれない。

「それじゃあな鷹野。ついでに告白も済ませとけよ!」

「人事だと思って、よく言うよ」

「なに言ってんだよ信也。ここでの告白は必然だろ」

「分かった。じゃあついでに吉沢さんの親父さんに、三村の気持ちを……」 

 そこまで言った時点で、三村が僕の口を塞ぐ。三村の好きな女性は吉沢果歩なのだ。

「ぼうはひはは?」

 口をふさがれたまま『どうかしたか?』と三村に尋ねる。三村は手を放すと、なだめるように両手を下に向けて上下させた。

「悪かった。ブレイクブレイク、ここは穏便に話を進めようじゃないか」

「僕はいつだって穏便だよ」

 微笑んで見せると、それ以上三村は何も言わなかった。代わりに先ほど花屋で買った、抱えるほど大きなスミレの花束を僕に渡す。

「まあ、告白は好きにしろ。それよりも元気づけてやるほうが先だしな」

「ああ、頑張ってみるよ」

 覚悟を決めた僕は三村とその場で別れ、スミレの花束を抱えて病院へと入っていく。

 いかにも清楚といった白を基調とした受付を無視してエレベーターへと向かう。三村の情報によると、山倉の病室は三○六号室らしい。

何故そこまで知っているのか謎だったが、言われた通りに三○六号室へと向かった。

 途中で幾人かの看護婦や患者とすれ違ったが、ほぼ全員が僕――というよりも僕が抱えている花束を凝視してくる。

 わずかに頬を染めながら、僕はめげずに廊下を進んでいった。

 三○六号室の前で表札を確認すると、間違いなく山倉優美と書いてある。

 三村の情報の正確さに半ばあきれつつも、すぐさま頭の中を切り替えて深呼吸をする。

意を決した僕は、扉を拳で二回叩いた。


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