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10月24日α(4)

 アコーディオンドアを抜けると、玄関へとのびる道を木々が囲っている。

「庭は全部森なの?」

「そんなことないよ。木で囲まれてるのは入り口の両脇だけ。庭は芝生が張ってあって、日向ぼっこすると気持ちいいんだよ」

「へぇぇ」

 感心しながら、木と木の隙間に目をやる。確かに奥のほうには緑のスペースが広がっていた。野球場の外野を思い出させる。

「鷹野君」

 振り向くと、山倉が腰をかがませて、上目遣いで微笑んでいた。

「一緒にひなたぼっこしようよ」

「いいね、しようしよう」

「決まり! 今日はもう日が暮れるから、また今度ね!」

 それだけ言って、玄関へと向かって再び歩みを進めた。

 また今度……山倉の何気ない言葉が胸に刺さるのは、これで何度目だろうか。

 僕に今度はあるのか? そんな想いが脳裏をよぎる。

 それを打ち消すように首を振ると、僕は山倉の後を追いかけていった。

 林道を進んでいくと、目の前に噴水が姿を現した。その周りをぐるっと回って、ようやく玄関が姿を現す。

 玄関から家の中に入ると、中は洋風の屋敷だった。両脇に伸びていく道は、その先がどこへ通じているのかすら分からない。

 正面に見える二階へと上る階段は、大人が五、六人、並んで歩けるような広さだ。

 間取りという点では僕の家に似てるかもしれない。もちろん、スケールは段違いだが。

 吹き抜けになっている天井から、下がっている電灯は、どうやらシャンデリアをモチーフとしているようだ。

 火は使ってないが、ろうそくの形をした電灯が、玄関を照らしている。

「こっちだよ、鷹野君」

 山倉が靴を脱いでスリッパを履くと、左の通路へと入っていく。僕も同じようにして、一歩を踏み出すと、ふわふわの絨毯が僕を出迎えてくれた。

 山倉の行った先は、どうやら談話室のようだった。

革張りのソファー、巨大なテレビ、数百冊はゆうに並ぶであろう本棚、厚さが布団並みのカーペット――どれをとっても一般人である僕には無縁のものだ。

「すぐ作るから、ちょっと待っててね」

 制服の上から赤いエプロンをまとい、髪をゴムで結んだ山倉が姿を現す。ただの制服姿とは違い、母性的でおしとやかな魅力を感じさせた。

「鳥のから揚げだけど、大丈夫?」

「うん、大好きだよ」

「よかった。テレビでも見て待っててね」

 制服の袖を捲り上げてから、部屋を出て行く。どうやらその先にはキッチンがあるらしい。

 言われるままにテレビをつけた。どのチャンネルを見ても、同じようなニュースをやっているだけだ。

 僕はテレビを消してから、ソファーに体重を預けた。ソファーの柔軟さが、張り詰めていた疲れを吸収していく。

「そうだ。電話貸してくれない?」

 山倉に声をかけると、すぐに山倉は僕の前へと姿を現した。

「電話? 別にいいよ。すぐ持ってくるね」

 山倉はそそくさと、姿を消してしまった。

 待っている間に近辺を探すと、電話はすぐ側にあった。レトロ風の黒いダイヤル式の電話だ。

 わざわざ今の時代に使っているのは、お金持ちとしての道楽なのだろう。

 とはいうものの、勝手に使ってはいけないだろうと、山倉が戻ってくるのを待った。

 すぐさま戻ってきた山倉の手には、電話の子機が握られていた。こちらは普通の、特に特徴もない市販されている子機だ。

「はい、これ使って」

「これじゃダメなの?」

 そばにあった電話を指差すと、山倉の口がへの字に曲がる。

「それはお母さん用の電話機なの。わたしの家は電話番号二つ持っててね。一つがお母さんの、もう一つがわたしのなの」

「山倉が電話するときは、自分の電話機じゃないとダメなの?」

「そう。お母さんの電話を使うと、すごく怒られるのよ」

「ふーん、滅多に帰ってこないのに?」

 山倉の顔が一瞬にして凍りつき、その場に嫌な沈黙が流れる。

 その沈黙の意味に、僕はまったく気がつかなかった。山倉の言葉を聞くまでは――。

「お母さんが滅多に帰ってこないなんて、よく知ってるね」

 背中に走る冷や汗と、髪を逆撫でする寒気が、あっという間に全身を襲った。

 形容しがたい衝撃が脳裏を貫き、僕の意識を飛ばそうとする。

 それにかろうじて耐えながら、どうにか相槌を打った。

「うん、まあね」

「だれにも話してないはずなんだけどな。それも三村君からの情報?」

「そんなとこかな。それより料理大丈夫?」

 今の話題を一段落させるべく、話を別の方向へと向けようと試みた。

 企みが功を奏し、山倉の質問攻めは中断された。

「いけないっ! 火に油をかけっぱなしだった!」

 それだけ言い残して、山倉は台所へと走り去っていった。

「ふぅ、骨折した山倉から聞いたなんて、言えないもんなぁ」

 山倉から受け取った子機に、自宅の電話番号を入れる。

 すぐに呼び出し音が聞こえてくる。五度のコールのあと、受話器の外れる音がした。

 相手はミリアだった。

「はい、ミリアです」

「鷹野ですだろ……」

 第一声から、頭痛が始まるポカをやってくれる。頼りになるのかならないのか、まったく分からない困った相棒だ。

「信也君?」

「ああ、母さんいる?」

「いや、まだ帰ってきてないよ。信也君こそまだ帰らないの?」

 だらけた口調から、退屈なミリアの現状が伝わってくる。

 そういえば今日、ミリアは外出禁止を命じられていた。

「できるだけ早く帰るよ。とりあえず母さんに晩御飯はいらないとだけ伝えておいて」

「もしかして……優美ちゃんのところ?」

 ミリアの勘の鋭さに、僕は息を呑んだ。昨日の今日で仲良くしているなどとは言いづらかったが、嘘をつくわけにもいかない。

「ああ、そうだけど……」

 僕が恐る恐る話すと、突然にミリアは声を荒げていた。

「ダメよ信也君! 優美ちゃんと仲良くなっちゃダメ!」

 明らかに昨日とは違う。僕と山倉が仲良くすると悪いことが起こるといった、確信を得ている言い方だった。

「なんでダメなんだよ?」

「そ、それは、その……理由はエンマ様に喋るなって言われてるから」

「なんで喋っちゃいけないんだ?」

「エンマ様の判断だから、ダメなものはダメなの。ごめんね、信也君」

 口ごもるミリアは、なにかを隠している。それは間違いないだろう。

 だが、ミリアの言い分に、僕は従うしかなかった。

 エンマ様の言い分なら、ミリアも従うしかない。僕が直接エンマ様に聞こうにも、中界へと行く術を知らないのだ。

「理由を言えないのは分かった。だけどミリア、山倉を放っておくわけには、いかないんだよ!」

「信也君!」

 僕はミリアの反論を聞かずに、電話を切った。ミリアが隠すこととなると、きっと未来に関係している事象なのだろう。

 僕と山倉が仲良くすると、山倉を救える可能性が下がるのかもしれない。

 だからといって、いま山倉を拒絶するなどできるだろうか? 僕に救いを求めてきている山倉を、見捨てるなんて……。

「どうかしたの?」

 ミリアの制止と僕の意見が、脳裏で水掛け論を繰り返していると、心配そうに山倉が声をかけてきた。

「いや、なんでもないよ」

「本当? だったらいいけど……」

 不満げに顔を曇らせながら、再び台所へと戻っていった。


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