10月24日α(2)
「あれ?山倉じゃない。そっちは鷹野?」
「来るとこ間違ってない?」
そんな言葉が、体育倉庫の中から聞こえてくる。
開いた扉から差し込む光が、体育倉庫内を部分的に照らす。
そこには女生徒四名の姿があった。全員が全員、こちらをにらみ返している。間宮涼子の姿はもちろん、連中のリーダー格である亀山春香もいる。
他の三人は学校の制服だが、亀山だけは派手な色彩の私服で身を包んでいた。
亀山は親が暴力団だという噂で、学校指定の制服などに身を包まず、気分で服装を変えてくる。
それをみても、先生たちは遠巻きに見るだけで、注意をしようともしなかった。
一歩、前に出ようとする。すると山倉が手を出して僕を止めた。自分一人で説得するつもりなのか。とりあえずは山倉に任せた。
「間宮さん。あなたに話があるの」
「あたしに? なんの話さ」
全員の視線が間宮へと集中する。それでもまったく悪びれていない間宮に、僕は自然と拳を握り締めていた。
だが、山倉はまったく気にしたようすもなく続けた。
「昨日、わたしのこと突き落としたよね?」
「はぁ? 変な言いがかりはよしてよ」
「ふざけないで! あなた自分がなにをしたか分かってるの!? 打ち所が悪かったら死んでたかもしれないのよ!」
錐でえぐられるような衝撃が、僕の心臓へと響いた。山倉にはどんな理由があろうと、死という言葉を口にしてほしくない。
「ゾッとしたわ。落ちた直後に階段を見上げたら、間宮さん笑ってた。人を突き落として笑えるなんて、神経を疑っちゃう!」
間宮たち四人はお互いに顔を見合わせて、大口を開けて爆笑し始めた。
「な、なにがおかしいのよ!」
「だったらさ、証拠はどこにあるのさ?」
「しょ、証拠……」
山倉の動きが止まる。ここは僕の出番のようだ。
「証拠はないが、証人ならいる。山倉が間宮に突き落とされる瞬間を僕は見たんだ」
一瞬にして、間宮の顔色が変わった。
「み、見たって証拠はないだろ?」
「ああ、だけど僕が現場にいたのは、あの場にいたものならだれでも知ってる。もしかしたら、僕以外にも間宮の残虐非道な行動を、目にした人がいるかもね。三村に任せれば、その程度の情報、一時間で見つけてくれるだろ。知ってるよな? 校内のニュースキャスターと呼ばれる三村だよ」
淡々と告げると、間宮がおびえた顔つきになり、助けを求めるよう他の三人の顔を次々と見やった。
やはり山倉を落としたのは、間宮の単独行動ではなく、全員一致の謀略だったようだ。
「いいか、一つ言っておく。今後、山倉に手を出したら、絶対に許さないからな」
「へえ、やけにその女に入れ込むんだね」
「もしかしてその女のこと、好きなんじゃないの?」
締まりのない笑い方で、勝手に盛り上がる四人に、僕は頭に血が上ってしまった。
「ああ、そうだよ! だからなんだっていうんだ! お前らのやってることは立派な犯罪なんだぞ!」
四人が同時に笑いを止める。相手の動揺が功を奏して、心中が余裕で包まれていった。
「傷害罪って知ってるよな? 人に傷を与える罪さ。確か十年以下の懲役、または三十万以下の罰金だ」
僕は昨日インターネットで得たばかりの知識を、四人にぶつけた。
罪の意識のない奴らに罪の意識を生まれさせるには、正確な罪状を突きつければいいのではないか――そう考え、前もって調べておいたのだ。
「何を言ってるのよ! その女は怪我なんてしてない! 傷害罪になんてならないわ!」
慌てふためいた間宮が、必死の形相で僕に訴えてくる。
それこそが僕の狙いだと、気づかずに。
「傷害罪にならない? それって自分がやったって認めてるのか?」
「えっ……」
「だって、そうだろ? 怪我をしてないから傷害罪じゃないって言うなら、怪我をしてたら傷害罪だって認めるってことだろ?」
「………」
がっくりとうなだれる間宮。
仲間の失言に、亀山はいらいらをぶつけるよう舌打ちをしていた。
「それに、たとえ怪我をしなくても、怪我をさせようとした行為だけで立派な暴行罪になるんだよ。確か二年以下の懲役……」
「もういい」
吐き捨てるように、亀山がつぶやく。女性にしては低く、ドスの利いた声だった。
「もう山倉には手を出さない。そっちも間宮のことは黙っている。それですべては解決ってことだろ?」
「そういうことさ」
「さっさと消えろ。目障りだよ」
「そうさせてもらうよ」
山倉を連れて、体育倉庫を後にしようとする。山倉も一度は足を進めるも、入り口付近で止まってしまった。
「なんだい?」
睨みつけてくる山倉に、亀山は不敵に微笑んでいた。
「わたしに手を出さなくても、他の子に手を出すんでしょ?」
「さあね」
「とぼけないで! 虐めなんてやって、いったいなにが楽しいのよ! あなたも一度、いじめられる側の立場になってみればいいんだわ!」
「くく、くははは!」
男のように、野太い笑い声だった。亀山は立ち上がり、ゆっくりと山倉に近づいていく。
「やめろ!」
「心配するな。手は出さない」
間に入る僕を押しのけ、山倉の目と鼻の先にまで顔を近づける。
山倉は一歩も引かなかった。だが、足は震えていたし、涙も目に溜まりかけていた。それでも逃げずに、力強く口を一文字につぐんでいた。
「わたしに手を出してきたら、ぶちのめしてやるだけだよ」
「そ、そうやって、暴力ですべてを解決しようとして!」
「わたし達に虐められたくない奴は、強くなればいいのさ。男でも女でも。そうすれば誰からもいじめられずに済むって寸法さ」
「そんなに強いなら、弱い者の味方になってあげればいいでしょ!」
「くっくっく、はっはっは!」
笑いながら、亀山は山倉の肩を叩く。周りの取り巻き達は分けも分からず、顔を見合わせているだけだ。
「気に入ったよ、山倉優美。そんなに虐めをやめてほしいなら、お前がわたし達を監視したらどうだ?」
「わ、わたしが?」
「わたし達はお前には手を出さない。約束したからな。お前が体を張って、いじめられている生徒を見つけて、止めればいいだろ? わたし達はわからないように、うまくいじめる。おまえはわたし達がいじめないよう監視する。面白そうだろ?」
「そ、そんな。まるでゲームみたいに……」
「ゲームさ。わたし達は毎日が退屈なんだ。退屈だからいじめをする。ただそれだけなのさ」
「そんなの……絶対に許さない!」
「ああ、そうだろうな。じゃあ楽しみに待ってるよ。あんたがわたし達を止めに来るのをね」
元の位置に亀山は戻ると、僕達に向けて手の甲で何度も払うしぐさをする。もう帰れという意味だろう。
「行こう、山倉」
「いいわ、絶対に止めてみせるから! 覚悟してなさいよ!」
山倉の宣告が終わるか終わらないかぐらいで、勢いよく扉が閉まる。
僕は緊張をほぐすために、ゆっくりと息を吐いた。心音は未だ治まることを知らない。
「鷹野君。その、ごめんね? ありがとう」
声をかけてきた山倉に、僕は返事の代わりとばかりに微笑んだ。
「どうってことないよ。これくらい」
口とは反対に、足は震えていた。
自慢にもならないが、ケンカには自信がない。逆ギレでもされたら、たとえ女子が相手でも醜態を晒していただろう。
「そんなことより……あんな約束して、大丈夫だったの?」
「うん……ああでも言わないと、わたしのような目にあう子が増えていくだけだから。大丈夫、なんとかなるよ」
苦笑いを浮かべる山倉に、自信という色は伺えなかった。それもそうだろう、これから毎日のように、海千山千の亀山たちと戦わなくてはならないのだから。
「鷹野君こそ、大丈夫? あいつらに狙われたりしないかな?」
「そうなったら、山倉に助けてもらうってことで……」
冗談交じりにいうと、二人の口から笑い声が漏れ始めた。僕は大口を開けて豪快に、山倉は口に手を当てた清楚な笑い方だ。
「じゃあ、帰ろうか。明日から大変だろうけど、僕もできることは手伝うから」
「うん、ありがとう!」
山倉と二人で教室へと戻る。
教室内には二人の生徒がいたものの、僕たちと入れ替わるように外へと出ていった。