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10月23日(1)

 十月二十三日 木曜日

 授業は完全に上の空だった。先生の声は耳の中をつきぬけ、どこかへと消えていってしまう。

 僕はノートを取るふりをしつつ、記憶の整理をしていた。そうしなければ、山倉を救う決定的なチャンスを逃してしまう。

 山倉が骨折したのは昼休み――これは間違いなかった。

正確な時間は覚えていないが、僕に山倉の骨折を伝えに来たのが三村である。それも確かだった。

 昼食時、僕と三村はいつも一緒に弁当を食べる。三村が弁当を食べ終わり、トイレへ行くと言って教室から出て行き、僕は教室で待っていた。

 それから数分後、三村が山倉の階段から落下したという事実を伝えに、血相を変えて教室へと戻ってきたのだ。

 そしてとうとう昼休みになった。だが、山倉を助けるプランはまだ半分しか完成していない。

「なんだ、信也。ボーっとして。山倉のことでも考えてたのか?」

「ああ……」

 歩み寄ってきた三村の足元で、ガチャンと音がする。どうやらちゃかすつもりが肯定されたため、思わず弁当を落としてしまったようだ。

 顔を上げると、山倉が三村いとしの吉沢を含む数人と、教室を出て行くところだった。

 山倉たちはいつも屋上で食事を取る。今日も同じようにして過ごすはずだ。

「お、おい、ちょっと待てよ」

 三村の制止を背に、山倉へと歩み寄る。

「山倉、ちょっといいかな?」

 山倉が目を見開いて見返してきた。僕の目の前を長い髪が、流れるように通り過ぎていく。

 なぜかその横では、吉沢が警戒心を露にしていた。

「ああ、鷹野君。昨日は大丈夫だった?」

「はっ?」

「いや、修学旅行に行くなとか言って、その後一人で頷いて帰ったでしょ? 調子でも悪いのかなって」

 ――どうやら山倉に突飛な行動をとる、おかしな人物だと誤解されているようだ。

「それはもういいんだ。それよりも、階段の上り下りには注意したほうがいいよ。すべって転んだりしたら危ないからね」

「あ、う、うん……ありがと」

 立ち去りながら、山倉はしきりに首を傾げていた。これではおかしな人という認識を強くしただけの気がする。

 やはり僕が現場に行かないとダメだ。

 自分の机へと戻ると、三村がポカーンと口を開けて、僕を迎えた。

「なんだよ三村、はとが豆鉄砲を食ったような顔して」

「お前、はとが豆鉄砲を食った顔、見たのかよ?」

「いや、見てないけど」

 もちろん、三村が言いたかった重点はそこではなかった。

「お前、いつの間に山倉と仲良くなったんだよ? ちょっと前までは見てるだけで幸せとか言って、話しかけるのもやっとだったくせに」

 三村に言われてハッと気がつく。そういえば以前は、今のように切羽詰った状態ではなかったので、山倉の笑顔を見ているだけで幸せだった。

 だが、そんな悠長にしている暇はない。僕の行動一つ一つが、山倉の命を左右するかもしれないのだ。

「なあ、なにがあったんだよ? 俺の情報網に引っかからないなんて……」

「なんでもないって。しいて言えば心境の変化ってやつかな?」

「なんだよ、心境の変化って」

 小さく微笑んで、三村の質問をかわす。

 中界に行って、少しは成長したのかもしれない――そんな気がした。

 だが、死んでようやく成長するなど、悲しい話だ。

 三村が弁当を広げる。僕は席を立ち上がると、教室から出て行こうとした。

「おい、飯も食わないでどこに行くんだよ」

「後で食べる。今はお腹がすいてないんだ」

「後で食べる時間なんかないだろ。それよりもいい話があるんだ」

「あ、おい!」

 僕の肩に手を回し、席へと連れ戻す。自慢の情報について語りだす三村を前に、落ち着きがなくなっていくのが自分でも分かった。

 三村が食事を終えるまでには、まだ時間はある。だからといってギリギリに行って間に合わなければ、目も当てられない。

「おい、聞いてるのか?」

「ああ、三組の足立先生のカツラが数十万するって話だろ?」

 正直に言うと、三村の話などまったく聞いていなかった。だが、僕にとってこの光景は二度目である。

 三村は目を丸くして僕を凝視していた。

「いや、今は一組の山下先生と二組の高山先生ができてるという噂の話だったんだけど、どうしてカツラの話、知ってるんだ? 次に話そうと思ってたのに」

 背中にサァーッと鳥肌が立っていく。内容は把握していても、話してくれた順番までは覚えていなかったのだ。

「お前、もしかして俺を超える情報網を持ってるんじゃ……」

「そ、そんなわけないだろ! ちょっとトイレに行ってくる!」

 追求される前に、教室から飛び出す。三村は僕を追って来なかった。

 帰ってきてから話を聞けばいいだけで、追う必要はないと判断したのだろう。

 ようやく教室から脱出できた僕は、足早に山倉の骨折する階段へと向かった。

 ほとんどの生徒はまだ昼食中で、廊下に人影はほとんどなかった。

「ここだよな……」

 屋上へと続く階段の前に立ち、見上げる。山倉たちの姿はなかった。

 空腹を我慢しつつ、階段の手すりへと寄りかかる。時間が分からない以上、積極的に動かないほうがいい。

 あとは山倉が降りてくるのを待つだけだ。

 昼食を取り終わった生徒が、ちらほらと姿を現す。

 屋上へと上っていく人影は何人かあるものの、降りてくる人影はまだなかった。


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