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10月22日(4)

 すでに辺りは暗くなっているが、建ち並ぶ家から漏れる光のおかげで、真っ暗にはなっていない。

 山倉の家から自宅まで、走って帰ると十分ほどで着く。

 目の前にある我が家も、なぜか無性に懐かしい気がした。

「待って、信也君」

 僕が家の中へ入ろうとすると、背後から声が聞こえた。ミリアである。

「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」

「うん、いろいろあってね、信也君を待ってたんだよ」

「僕を?」

「自分の家になってるっていっても、ちょっと不安だからさ。信也君と一緒なら、さすがに追い返したりはしないでしょ」

「そりゃそうだけど。こんな時間に見知らぬ女の子を連れ込んだら、それはそれでボコボコにされそうだなぁ……」

 僕は自分で言いながら、少し怖くなっていた。ミリアが姉になっていなかったら、僕は母さんにどんな目で見られるだろうか……想像しただけで鳥肌が立った。

「ただいま」

「た、ただいま」

 僕の背後から、おどおどした挨拶が聞こえる。

 玄関に入ると、すぐ目の前には二階に上がる階段と、風呂やトイレへと通じる廊下がある。

 右手には居間へと通じる扉、左手にある扉の先にはダイニングキッチン。

 と、そのダイニングキッチンのほうから母さんが姿を現していた。

「おう、帰ったか。遅かったな?」

「うん、ちょっと寄り道してたから」

「学校が終わったらすぐに帰れとは言わないが、あんまり道草くってんじゃないぞ?」

 母さんに注意され、頭をかきながら愛想笑いを浮かべる。

 乱雑な黒い短髪に、白いシャツと紺のジーパンの格好、黄色のエプロンをつけているのは、夕食の支度の途中だからだろう。

 大雑把な格好から想像できるように、母さんは男勝りな性格だった。いつも僕に男らしくない、父さんを見習えと愚痴を言う。

 ただ、僕を大切に思ってくれているのは間違いなかった。僕が死んだ時に流れた涙が、その証だ。

 父さんはというと、僕が小学校に入る前に亡くなったらしい。

 となると、父さんも中界に行き、エンマ様の審判を受けたのだろう。曖昧な記憶しかない父さんも、そう考えると妙に親近感が沸いてくる。

 母さんは台所へ戻ろうとした――が、僕の後ろに隠れているミリアを発見すると、ピタリと足を止めた。

「なんだ、美利亜も一緒だったのか。お前もいいかげんブラブラしてないで、母さんに楽させてくれよ」

 見慣れた娘を諭す口調で、母さんはそのまま台所へと去っていった。どうやらミリアがここで生活するのに、支障はないようだ。

「よかったな、ミリア」

「ま、まあわたしはエンマ様の言うことを信頼してたけどね」

 ケラケラと笑い飛ばすミリアに、

『じゃあ一人で家に入っててもよかったじゃないか』

 という無粋なツッコミをいれようかとも考えるも、口を開いたところで止めておいた。変にへそを曲げてもらっては、後々困るのは自分だろう。

「ねえ信也君、家の中を案内してよ」

「その前に一つ、家の中では僕のことを信也と呼び捨てにしてくれ。僕もミリアを姉さんと呼ぶから。弟を君付けで呼ぶ姉はあまりいないだろうし」

「わかったよ、信也」

 ふざけ気味に返答するミリアに、一抹の不安を感じる。それでも、理解したものと判断することにした。

 もっとも、ミリアを信頼していたわけではなく、君付けをしたところで、今回の目的に影響はないだろうと判断したからだ。

「じゃあ、ついてきてよ」

 僕は廊下を進み、風呂場とトイレを軽く説明すると、二階へと上がっていった。居間は基本的に母さんの部屋で、僕が入るのをあまり喜ばない。ダイニングキッチンは夕食のときにでも教えればいいだろう。

 二階に上がると、まっすぐ伸びた廊下の左右に二つの扉がある。手前のドアが僕の部屋だ。

もう一つは父さんの部屋だったが、父さんが死んでからは物置になっている。

ふと、そこで疑問が浮かんだ。ミリアはどこで寝るのだろうか?

 とりあえず僕は、自分の部屋をのぞいてみた。薄汚れた緑色のカーペットに、普段見慣れた机とインターネット用のパソコン。ベッドは一つ、もちろん枕も一つだけだ。どうやらここではないらしい。

「どうかしたの、信也。キョロキョロして」

 知らず知らずのうちに、落ち着きがなくなっていたようで、心配そうな面持ちでミリアが尋ねてくる。

「いや、姉さんはどこで寝るのかなって。もしかして廊下かな?」

「なんでそうなるのよ! ここが信也の部屋なら、反対じゃないの?」

「いや、そっちは物置……」

 僕の話を聞かずに、ミリアは反対側の扉の前へと立った。ふわふわの髪がボールのように弾んでいる。

ミリアは扉を開けると、そのままポカーンと口を開けた状態で固まってしまった。

「どうしたんだよ?」

「わ、わたしの部屋……」

「はっ?」

 ミリアに続き、部屋の中を覗き込む。その変わりように、僕の動きも完全に止まってしまった。

 物置だったはずの一室が、きちんと整理された、生活観のある部屋へと変貌を遂げていたのだ。

 ただ、家具に高そうなものはなく、むしろ質素で地味なものが多かった。

「わ、わたしの部屋……わたしの部屋!」

 同じ言葉を繰り返しながら、フラフラと部屋の中へと入っていく。

「いい部屋じゃないか。でも、物置の荷物はどこにいったんだ?」

 だが、部屋の中を見回しても、それらしき物は見当たらなかった。

「わたしの部屋だよ!」

 振り返ったミリアが絶叫する。

「そんなに何度も言わなくたっていいよ。廊下で寝ずに済んでよかったじゃないか」

「違う、わたしの部屋なの! わたしが中界で使ってる部屋!」

「へっ?」

「わたしが中界で暮らしてる部屋が、そっくりそのままここにあるの!」

 これはエンマ様の仕業だな――僕は瞬時に悟っていた。となると、物置の荷物はいま中界にあるのだろうか?

「住み慣れた環境でいいじゃないか」

「そ、それは、そうだけどさ」

「それよりも、物置にあった荷物、後で返してくれるよう、ちゃんとエンマ様に伝えておいてよ」

 ブツブツとなにやら呟きだすミリア。これが出るとなにを言っても聞こえなくなる。

「信也、美利亜! ご飯ができたぞ!」

 一階から母さんの声が聞こえてくる。僕は仕方なくミリアを引っ張り、一階へと降りていった。


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