10月25日(11)
「なるほど、君の気持ちは十分に伝わった」
「じゃあ!」
喜んだのもつかの間、すぐさまエンマ様は首を横に振った。
「だが、決まっている死は変更できない。ミリアもそう言っていただろう?」
ミリアを見やると、目に涙を浮かべながら頷いている。エンマ様の話を聞くまでもないといった態度だ。
自然と肩が落ちていく。分かっていたとはいえ、自分の無力さがはがゆかった。
山倉が数日後に、ここへ来る――。
僕はいったいどんな顔で、山倉を迎えればいいのだろうか?
ふいに浮かんだ疑問の答えを、数日の間に導き出すことができるのだろうか?
頭の中で渦巻く疑問に、動きを止める。すると、突然エンマ様はフッと笑ってみせた。
「決まっている死は変更できない。その代わりに、死を回避するチャンスを君にあげたいと思う。どうかね?」
「エンマ様!?」
声を上げたのは僕ではなくミリアだった。
目を見開いて、小さく何度も首を振っている。信じられないといった感じだ。
「そうだな、一週間もあれば十分だろう。今から三日前――十月二十二日まで時間を戻そうではないか。それから山倉優美が死ぬ二十八日までの一週間、君は山倉優美を救うために全力を尽くすというのはどうだ? もちろんいくつかの条件はあるが、悪い話ではあるまい?」
悪い条件どころか、これ以上の条件はないだろう。通常ではありえないチャンスというのは、ミリアを勘ぐれば容易に理解できる。
「は、はい! ぜひやらせてください!」
二つ返事で返答すると、エンマ様は満足げに頷いた。
「彼女の運命を知る君なら、助けてあげられるだろう。では今から、条件について説明する」
喉の奥で、ゴクリと音が鳴る。どんな無茶な条件で受け入れなければ、山倉を救えないのだ。
「まず一つ目。君は一時的に生き返ることになるが、それはあくまで一時的だ。山倉優美の死ぬ二十八日には、再び君はここに来る。山倉優美を救えても、救えなくてもだ」
これは当然といえば当然の条件だ。本来ならすでに死んでいる僕が、完全に生き返るなどありえない――まったく期待していなかったといえば嘘になるが。
「次に山倉優美を救えなかった場合、君には地界に落ちてもらう。もちろん天界に行く予定の山倉優美には二度と会えないだろう。愛する人を救えるチャンスを逃すというのはそれだけで罪であるし、考えが変わって天界で一緒に暮らせばいい――などと考えてもらっては意味がないからな」
「そんな妥協は、絶対にありません!」
エンマ様も冗談だったのだろう。僕の抗議に反論も否定もしなかった。ただ、肯定もしなかったところは少し気がかりだった。
「一つ言っておくが、地界は甘くないぞ?」
「えっ?」
「ミリアからも説明があっただろうが、詳しく話してやる。まず地界に落ちた人間は舌を抜かれる。地界の人間同士で喋ったり、愚痴をこぼしたりできないようにな。そして無意味な肉体労働を毎日繰り返し、少しでも手を休めれば鬼達の鞭が飛ぶ。もちろん簡単には殺したりしないが、それでも勢いあまって殺す時がある。それが地界に落ちた人間の、安らぎの瞬間だ。それをきちんと理解していてほしい」
僕は思わず生唾を飲んだ。手足が震えだすも、首だけは縦に振った。
「そして三つ目、これが最後の条件であり、最も重要な条件だ」
再び喉が音を鳴らし、右腕が震えだす。僕は左手で右腕を押さえつけたが効果はなく、両腕が震えだすだけだった。
「天界、地界、中界など、死後の世界について語るのをいっさい禁止する。それに伴い、山倉優美の運命についても他言できない」
「山倉本人に伝えても行けないのですか?」
「当然だ。これを破ればその時点で君は中界へと強制送還される。もちろんなにも知らない山倉優美は死に、君は地界行きだ」
僕は黙って頷いたが、頭の中ではどうすれば山倉を救えるかという問答で一杯になっていた。
山倉が修学旅行で死ぬなら、修学旅行に行かなければよい。これは誰でも思いつく単純な救助方法だ。
そのために僕は、山倉を説得するつもりでいた――身に起こる不幸を説明して。
もちろん簡単には、信じてもらえないだろう。もうすぐ死ぬから修学旅行に行ってはいけないなんて戯言を、瞬時に信じるとは思えない。
ただ、山倉の性格ならば納得してくれるという自信があった――たとえ疑心暗鬼にとらわれていたとしても。
必死で訴えてくる言葉を、山倉が無碍にするとは思えない。修学旅行が終われば分かると説得すれば、納得できずとも受け入れてくれるはずだ。
だが、山倉に死の運命について話せないとなると、話は変わってくる。
真摯な気持ちが通じるのは、それに相応する理由があるときだけだ。理由もなしに修学旅行に行くなと言えば、それは単なる嫌がらせだ。山倉だって相手にしないだろう。
だからといって、条件を飲まないわけにはいかないのも確かだった。
山倉が死ぬのは今の時点で百パーセント確定事項だ。それを回避するには、エンマ様の出した条件を飲むしかない。
「わかりました。条件は守ります! そして山倉を救ってみせます!」
意を決して、エンマ様を見上げる。エンマ様も僕の返答を聞き、満足したようだった。
そのためか、今までの赤黒い体からゆっくりと最初の青い貧弱な体へと戻っていく。
「よく言った。では特に質問がなければ三日前に君を送るが?」
エンマ様の問いに、僕はある人物の存在を思い出していた。
視線を移すと、ミリアは涙を目に溜めながら、手を組んで僕に祈りを送っている。
そんなミリアににっこり微笑んでみせてから、僕はエンマ様へと告げた。
「特にないです」
「信也君!」
「冗談だよミリア。あの、ミリアが罰を受けることになるんじゃ……」
エンマ様はあごひげに触りながら、ミリアを一瞥した。
「心配せずともよい」
「よ、よかった……」
安堵の声が、ミリアのほうから聞こえてくる。それは僕も同じだった。たとえ山倉を救えたとしても、今回の事件が原因でミリアが死んでしまっては夢見が悪い。
だが、エンマ様の言葉には続きがあった。
「大した罰ではない」
「えっ、ええぇ!」
安心してしまった分、驚きも大きかったようだ。僕を指差して、口をパクパクさせていると、見事にエンマ様の雷が落ちていた。
「機密事項を漏洩しているんだ。罰があるのは当然だろう!」
「うっ、うぅ……」
僕へ向けられていた指が、力なく下がっていく。どうやら観念したようだ。
「では、三日前に君を送り届けよう。一週間必死で頑張るんだぞ」
エンマ様が手をかざすと、僕の体が光に包まれていった。気だるさが全身に少しずつ広がり、まぶたが重くなっていく。
「帰ってきたら覚えてなさいよ!」
ミリアの叫びが、意識を失う直前の耳へと届いていた。






