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10月25日(10)

「どうなってんだ?」

 ミリアに訪ねると、ミリアは返事をせずに斜め上を見上げた。

「……え?」

 そこには、巨大なエンマ様の姿があった。灰色の壁と思ったものは、どうやらエンマ様の机らしい。

 だが、想像とは違うエンマ様だった。

 確かにでかい。身長は三十メートルは軽くありそうだし、黒目がちの大きな双眸と裂けた口は、相手を凍結させてもおかしくない迫力を感じさせる。

 だが、その他の部分はかなり貧弱だった。

 顔も体も腕もか細く、全身の肌は青白い。前歯には治療済みの銀歯もある。

「なぁ、ミリア」

「何よ、もう」

「あれが、エンマ様か?」

「他にだれがいるのよ」

 イライラしながら、ミリアが僕の問いに答える。

「だってさ、もっとこう肌も赤黒くて、牙が生えてて、筋骨隆々で……」

「あの方は紛れもないエンマ様、この中界を統べる偉い人よ」

「でもさ、金槌で腕をおもいきり叩いたら、ポキッとかいって折れちゃいそうだぜ?」

「そんなの無理よ。だって……」

「内緒話で花を咲かせるのも結構だが、そろそろ仕事に移ってもよいかな?」

 最後に聞こえたのは、姿に似合わないドスの利いた低い声だった。

「も、申し訳ありません、エンマ様!」

 慌ててミリアが頭を九十度に下げる。

「これじゃ、どっちがエンマ様と初対面か分かんないな……」

 ミリアの慌てぶりに失笑していると、

「ほら、信也君も頭を下げて!」

 僕の頭を乱暴に押さえつける。なにを慌てているのか分からないものの、とりあえずは大人しく従っておいた。

「さて……君が鷹野信也君だな? 自己紹介をしてもいいが、すでに話は聞いているだろう?」

「ええ、まあ……」

「ならば省略させてもらうとしよう。一人一人に自己紹介するなど、大変だからな」

 ざっくばらんな紹介を済ませると、エンマ様は灰色の壁に見える机の上に積まれた大量の紙の中から、一枚の紙切れを取り出す。

 紙切れといってもエンマ様の体格に合ったもので、人間大の大きさは楽にありそうだ。

 その紙切れの上から下まで目を通し、うんうんと何度も頷いてみせる。

「ほう、今どき珍しいほどの好青年だ。文句なしで天界行きだ。よかったな」

「ほらね、言った通りだったでしょ?」

 なぜか自慢げに胸を張るミリア。まるでミリアのおかげで天界行きが決まったかのような態度だ。

「ほら、天界はこっちよ。早く行きましょ」

 微笑んだミリアが、僕の肩を叩く。

 だが、僕は未だに迷っていた。このまま数日後に来る山倉を笑顔で迎えることが、僕にできる最高の行動なのか――。

 と、突如脳裏に電撃が走る。確かに僕は行動という翼を折られた。だが、それは生きている人々の世界での話だ。

 死者の世界では、僕の翼はまだ大きくはばたくことができる――。

「ダメだ、やっぱりこのまま天界になんて行けない!」

「えっ?」

 ミリアが事の重大さに気づく前に、素早く行動に移る。山倉を救うことに繋がらなかったとしても、まだできることがある――それが嬉しくてたまらなかった。

「エンマ様! お願いがあります! 山倉を助けてあげてください!」

「わっ、ちょっ、バッ、なっ、何を言ってんのよ!」

 慌てて僕の口を塞ごうとするミリアをかわしつつ、僕は土下座した。どこからか鈍い音が聞こえてくる。

 頭を床にこすりつけ、懇願を続ける。わずかな可能性でも、ゼロではないと信じつつ。

「エンマ様なら一つぐらい、死ぬ定めの人を助ける方法を知っているでしょ! お願いします! 僕は地界に落ちてもかまいません! 山倉を殺さないでください!」

「ミリア、これはどういうことだ?」

 僕の質問よりも、現状を理解することの方が先と考えたのか、ミリアへと問いただす。

 声は冷静ではあるものの、胸の内は怒りで一杯らしい。それを表すかのように、エンマ様の全身が変化していった。

 肌の色が赤黒く、大きく裂けた口から牙が生え、全身が筋骨隆々になる。僕が――というよりも、生きている人が想像している恐ろしいエンマ様だ。

 大地を揺るがす振動、全身を押さえつけるような強烈な圧迫感。

 これでこそ中界を統括するエンマ様というものだろう。

「えっ、その、ア、アハッ、アハハハハ」

 引きつったミリアの笑いは、まるで子どものおもちゃだった。それも子どもの遊ぶ意思とは関係なく動き続ける壊れたおもちゃだ。

「ミリア、ごめん。僕は山倉が死ぬのを指をくわえて待ってるなんて無理だ。山倉を救うって、約束したんだ」

「アハ、アハハハハ、ハァ……」

 ようやくぜんまいの力が途切れたのか、ミリアは力なくその場に膝をついた。小さく何度も体を震わせながら、しぼみかけの風船のように細かく息を漏らしている。

「お願いします! お願いします! どうにかして山倉を死なずに済むようにしてください!」

 再び床に頭をこすりつけ、何度もお願いしますを連呼した。

「分かった分かった、話だけでも聞こうではないか」

 僕の想いが通じたのか、エンマ様からそんな言葉が漏れる。頭を上げてみると、エンマ様の顔は固く険しかった。だが、簡単に引くわけにもいかない。

 大量に積んである紙の中から、再び一枚を取り出す。その紙を眺めながらエンマ様は質問をしてきた。

「君はなぜ、この山倉優美という女の子を救いたいのかね? 言っておくが、自分が好きだからというのは理由にならないからな。愛する人が死ぬというのは、だれにとってもつらいものだ」

 もしかしたら……そんな想いを胸に抱きながら、僕は懸命に答えた。山倉を救える可能性を生み出せるかどうか――すべては僕にかかっている。

「山倉はいつも明るくて、笑顔で――だけどそれは、自分を犠牲にしてまで他人の幸せを考えての行動なんです。自分が苦しくてもそれを黙って耐えて、僕たちのために力を尽くしてくれて――そんな山倉が死んで嬉しい人なんているとは思えません!」

 お世辞にも上手とは言えない言葉に感情をあらん限り乗せて、エンマ様へと気持ちを訴える。エンマ様はそんな気持ちを知ってか、真剣な眼差しで話を聞いていた。

「そんな優しくて頼もしい山倉が、臆病で自殺願望を持った、人の命の重さもわからない男の巻き添えで、死んでしまうなんて納得できません!」

 その時、うなだれていたはずのミリアからの視線を感じた。もしかしたら僕の話に聞き入って、感動しているのかもしれない。

 そのおかげで、僕は少し落ち着きを取り戻せた。声のトーンを下げてから続ける。

「山倉は、とってもいい子なんです。生きていれば絶対に生きている人達に良い影響を与えてくれます。そんな彼女が死んでしまったら、世界にとって大きな損失です!」

「フフ、フハハハハ!」

 今まで黙って聞いていたエンマ様が、突然大声で笑い出していた。口から吐き出された息が、僕の髪をなびかせる。

「おっと、すまない。世界の損失などと大きなことを言うので、ついな」

 謝りながらも、まだエンマ様の口元はほころんでいるのを、僕は見逃さなかった。

 エンマ様は腕を組むと、座っている椅子へとよりかかったようだ。椅子の姿は確認できないが、のけぞるような仕草に合わせて金属のきしむ音が聞こえてくる。


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