表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/47

10月25日(9)

 そのまま反論する間を作らず、僕の手を引っ張っていく。

「これで優美ちゃんが死ぬ理由は分かったでしょ? エンマ様のところへ行こっ!」

 部屋から出て足早に仕事場を駆けていく。幸いなことに帰り際にミリアの知り合いと会うことはなかった。

 必死に考え込んでいると、そのまま最初の赤い門へとたどり着いていた。

「さっ、いよいよエンマ様とご対面ね!」

 立ち止まったミリアに意を決すると、緑の腕章を返しながら、恐る恐る尋ねた。

「なあ、ミリア。どうにかして山倉を救えないかな?」

 突然の申し出に、ミリアはあいた口がふさがらないようだ。

「じゃあ聞くけど、信也君は優美ちゃんを救う方法があると思う?」

 逆にミリアから問われて、僕はあっさりと言葉を失った。もしそんなことができるのなら、すべての人間は老衰でしか死ななくなるだろう。

「もし可能性があるとするなら、優美ちゃんが死ぬ理由を知っている人だけね。もっとも現界人限定だし、いるわけないんだけどさ」

 予想通りとはいえ、ショックは隠せなかった。もうすぐ山倉が死ぬ――それは確定事項らしい。

「さっ、行くわよ」

 山倉の死に捕らわれて意識の飛んでいた僕を、再びミリアが引っ張った。さきほどまで閉じていた巨大な赤い扉は、わずかな隙間を作っている。

 中に入ると、白いローブに緑の腕章をつけた人と、腕になにもつけてない人が二人一組で座っている姿が多く見られた。なにもつけていない人は僕と同様に死んでしまった人達だろう。

 どうやらここはエンマ様の判決を受ける前の待合室のようだ。

 五十人はゆうに座れる椅子が所狭しと配置されており、中央に聳え立つ太い石柱が、妙にとげとげしい圧迫感を与えてくる。

 奥には入り口と同じ大きさの扉が、敢然とその姿を見せつけていた。

 辺りで順番を待っている二人組みを観察すると、案内人と会話をする人、僕と同じく辺りを物珍しく見回す人、ただ呆然としている人など多種多様だ。

 ミリアは多々ある椅子の中から、一つの椅子を選んで座っていた。僕も慌ててその隣へと腰をかける。

「ねえ……」

 待ち時間の間、暇つぶしに天井を眺めていると、ミリアの耳打ちが入る。

 視線を向けると、目を潤ませながらミリアは両手を合わせて哀願していた。

「さっき見せたビデオだけど、他の人には絶対に内緒だからね? 部外者に機密事項である死因のビデオを見せたとなれば、こうなっちゃうんだから」

 指二本をまっすぐに伸ばし、素早く首筋を横切らせる。仕事を首になるのか、実際に首と胴体が離れるのか――真相は分からなかったが、悪い結果を生むのだけは間違いないだろう。

 返事もせず、再び天井を見上げる。紅に染めた木で造られた屋根裏は、死ぬ前に溢れ出た鮮血を蘇らせた。

「ねえ、ちゃんと聞いてるの? 信也君には無関係かもしれないけど、わたしにとっては死活問題なんだからね!」

「あぁ……」

 横から肩を揺さぶられ、天井を眺めたまま適当に相槌を打つ。 

 この色があと数日で、山倉の体から溢れ出るのか――。

 頭をよぎった一つの疑問は、ほんの数秒で愚問だと理解できた。

 なぜなら、僕が実際に死んでいるから。

 人間はいつ死んでもおかしくない。僕はそれを身をもって経験してしまった。あのビデオは本物で、山倉はサーカス会場で死んでしまうのだ。

 自然と涙が滲み出てくる。ミリアはすぐに一緒になれるから嬉しいだろうと考えているようだが、そんなわけがない。

 愛する人が死んで、嬉しいと思う人間がどこにいるのか。助けたい、どうにかして山倉を救いたい。約束を果たすのは今しかない。

 だが、つのる想いは空回りするばかりでなにも変わらなかった。ミリアの言った通り、死んでしまっては何もできはしない。それは霊安室で嫌というほど痛感している。

 想いだけは全身に広がっているものの、想いだけでは誰も救えない。行動できなければなにも変わらないのだ。

 その大切な行動という名の翼は、すでに折れてしまっている。飛べない鳥がどうやって、死にそうな仲間を救えるというのか。

「信也君、順番が来たみたいだよ」

 ミリアに声をかけられ、ようやく我に返った。流れる涙を、慌てて拭う。

辺りにいた二人組みの姿は、先ほどとは違う人々へと入れ替わっている。

 奥に進むと、そこには入り口と同じ大きさの扉があった。度重なる来客のためか、すでに扉には隙間が開いている。

「失礼します!」

 僕と話しているときにはありえないはっきりとした喋りで、ミリアが先に入った。

「失礼しまぁす……」

 くぐもった声で、僕もそれに続く。

 中に入ると正面には――なにもなかった。

 灰色の壁が目の前に広がるだけで、エンマ様はおろか、猫の子一匹の姿も見えない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ