10月25日(8)
小さな一室へと入ると、ミリアは即座に鍵を閉めた。そして安堵の息を漏らす。
「さてと、適当に座ってて」
部屋の中央に置いてあるソファーをあごでさすと、ミリアは備えつけのパソコンでなにやら入力し始めていた。
言われたとおりに座り、中の様子を確認する。青いソファーとテレビ、ビデオにパソコン。それ以外のものはいっさいないシンプルな部屋だ。
「お待たせ」
パソコンから離れて僕の元へと歩み寄る。手には一本のビデオテープが握られていた。
「なんだよ、それ」
「優美ちゃんの死ぬ瞬間が、収められたビデオテープよ」
「山倉が死ぬ瞬間!?」
ソファーから立ち上がり、ミリアの手からビデオテープをひったくる。ラベルのところには『山倉優美 享年十七歳』と書かれていた。
「中界には現界人の一生の映像があるのよ。その映像を見て生前の資料を作成したり、死んだ瞬間だけを編集してまとめたり、それが中界の人達の仕事ってわけ」
「それが、死んだ瞬間をまとめたビデオだってことか?」
ミリアは肯定の代わりに、にっこりと微笑んでみせた。
「そういうこと。本来これはわたしたち案内人が見て、死んだ人たちを迎えにいったり、死んだ場所を確認するのに使うんだけどね。時には死因を説明して、死んだことを認めさせることもあるけど」
「じゃ、じゃあ、僕が死んだ瞬間の映像もあるのか?」
「もちろんあるわよ。見なくてもわたしが教えてあげられるけどね。なにがあったか知りたいの?」
興味はあったが、僕は首を横に振った。大型トラックに轢かれたのは覚えているし、今となっては山倉の死因のほうが重要だ。
ビデオをミリアに返すと、
「それじゃあ再生するからね」
と、備え付けのビデオデッキへと入れる。砂嵐状態だったテレビが真っ暗になると、目の疲れそうな、ぼんやりとした映像が浮かび始めた。
なにかの会場らしいが、天井付近からの映像になっているためにどこなのかはよく分からなかった。
「ここは信也君たちが、修学旅行で行く予定の、サーカス会場だよ」
ミリアの説明を聞いてから、改めてテレビを見やる。確かに舞台らしき場所にスポットライトが当てられており、そこを囲むように観客席が備えてあった。
そういえば、修学旅行の二日目にサーカス見学というのがあった気がする。
『ツーリスト』という名のサーカス団で、精密製の高い演技とダイナミックな迫力が人気を呼び、今では世界で三本の指に入るといわれているそうだ。
旅行の行き先と公演日時が重なったため、気を利かせて校長先生が、人数分を予約したという話を聞いている。
「それで、山倉はどこに?」
「あとで説明してあげるから、今は映像を見ときなさい」
一喝され、しぶしぶテレビへ視線を戻す。
次々と繰り出されるサーカス団の妙技に、観客席から歓声と拍手が巻き起こっている。
刹那、会場の隅から光が差し込み、スピーカーであろうかすれた音声が、会場内に響いていた。
「会場の皆様! 落ち着いてください! ただいま場内に爆弾が仕掛けられているのを発見いたしました! すぐさま避難していただけるよう、お願い申し上げます!」
楽しかったサーカスの時間は、突然の爆弾宣言により終止符が打たれた。一瞬にして阿鼻叫喚に包まれた会場から、脱兎のごとく逃げ出していく人々の影。
「まだ時間はあります! 落ち着いてください!」
団員の声も叫び声にかき消され、あまり意味を成してないように見える。
しばらくすると、会場内から人々がいなくなった。少なくともテレビ画面内には――。
「よし、全員退避したか!」
サーカスの責任者らしき人の声が聞こえてきた。それに答える
「はいっ、団長! いや、まだあそこに女の子が! 早く逃げるんだ!」
一時の間が空いて、同じ声が聞こえる。
「どうやら骨折で動けないようです。助けに行きましょう!」
「ダメだ。もう間に合わん。早く退避しなければ我々も命を落としてしまう」
「で、ですが!」
「緊急避難だ。これ以上、団員を危険な目に遭わせるわけにはいかん! 退避しろ!」
それを最後の言葉に、複数の足音が小さくなっていく。
それから十秒ほどして、轟音と共に画面内が赤黒い光に包まれる。そこで映像は終わりだと告げるように、砂嵐へと戻っていった。
「と、いうことなの、分かった?」
「いや、頭の整理だけで精一杯だ」
正直に感想を告げる。するとミリアは詳しい状況について説明してくれた。
「現場には爆弾がいくつか設置されてて、そのうちの一つをサーカス団員がみつけたの。現界ではテロ目的とか、ツーリストに対する恨みとか、いろんな推測が飛び交ったけど、結局は目的不明のまま事件は迷宮入り。だけど、中界で仕事をしているわたし達には分かるのよ」
ミリアはコンピュータを再び動かし、中界のデータを呼び出していた。僕をコンピュータの元へと呼び、内容を確認させる。
そこには、まったく知らない男のデータが並んでいた。死因の部分を指差すミリアに従い、声を出して読み上げる。
「自殺をしたいが一人で死ぬのが怖いという理由で、サーカスの会場に爆弾を仕掛け、その爆弾で死亡!?」
胸に衝撃が走り、コンピュータからニ、三歩あとずさる。ミリアはくるりと僕のほうを振り返り、冷たく言い放った。
「現界ではこの人も爆弾に巻き込まれたと思われていたけど、そうじゃなかった。この人は自らの意思で爆弾を仕掛け、爆弾によって死ぬことを望んでいたのよ」
「それが山倉の死因……」
「そういうことね。まっ、偶然とはいえサーカス団員が爆弾を見つけてくれたおかげで、死者は三人で済んだんだけどさ」
平然と答えるミリアに、思わずつかみかかりそうになるのを必死にこらえる。
ミリアは、何も悪くないのだ。
「優美ちゃんはサーカス見学のとき、一番前の席にいたの。普段の優美ちゃんならすぐに逃げ出せたでしょうけど、骨折が原因で出入り口まで逃げ切れなかった」
「……なんで山倉が一番前の席って知ってるんだ?」
浮かんだ疑問をそのままぶつける。先ほど見たビデオの内容ではサーカス会場の全景を映しており、山倉の席までは確認できなかったはずだ。
だが、ミリアは事もなげに答えていた。
「普通にわたし達が見るときは、死んでしまう人をアップにしてみるからね」
「だったら最初からそっちを見せてくれれば早かったじゃないか!」
僕が反論すると、ミリアの瞳からフッと輝きが消える。冷たくにらみつけてきたミリアの視線で、全身に鳥肌が広がっていった。
「見たいんだ。信也君の大好きな優美ちゃんが、爆弾でバラバラに吹き飛ぶ瞬間を。普段から人の死に触れているわたしですら、吐きそうになった映像をさ」
無意識のうちに、僕の喉がこもった音を鳴らす。そんな瞬間など見るのはもちろん、想像すらしたくなかった。
「ごめん……」
「いいのよ。分かってくれれば」
口ではそう言いながらも、言葉にはとげがある。もう一度僕が謝ろうとすると、ミリアはポンと手を打った。
「そうそう、信也君が死ぬ瞬間のビデオを見た時はね。ありがちな死に方だねぇって笑いながら、お煎餅をかじってたわ」
「な、なんだよそれ!」
「だって交通事故でしょ? まっ、子どもの命を救ってるんだし、無駄死にじゃなくてよかったじゃない」
僕の肩を軽やかに叩きながら、ミリアはケラケラと笑ってみせた。