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10月25日(7)

 愛想笑いを浮かべつつ、辺りを見回す。地面は生きている頃と変わらず、土の強い感触が靴のしたから伝わってくる。

「地面って、雲じゃないんだね」

 僕がぼやくと、ミリアは半ば呆れつつ返答してきた。

「雲の上にあったら、雲がないときには中界がないってことになるでしょ。ただ生きている人には見えないだけ」

 言われて確かに納得する。

 生きている人々にも見えるなら、とっくの昔にワイドショーやスポーツ新聞を、大きくにぎわせているはずだ。

 目の前には万里の長城を思わせる建物に、大きな赤い扉が造形されている。

 扉の上の看板には『閻魔城 中界』と大きく書かれ、その横に小さく『日本支部』と書かれていた。迫力があるのかないのかよく分からない看板だ。

 今のところ回りに人影は見当たらないが、ミリアの話から推測するに中界で働く人というのがどこかにいるはずだ。

 そんな風に初めてみる死後の世界を観察していると、すぐ隣ではなぜかミリアが得意顔で胸を張っている。

「ここがエンマ様が働いている場所だよ。ここで天界行きか地界行きかを判定されるってわけ。それじゃあ、サッサとエンマ様に会って天界へと行きましょうか!」

 ズンズンと一人進んでいくミリアに、僕はついていかなかった。

 怪訝な面持ちで振り返るミリア。

「どうしたの、早く行こうよ」

「ああ……って言うとでも思ったの?」

 冷ややかに告げると、ミリアは観念したようだった。

「ちぇっ、やっぱりダメか……」

「当たり前だよ」

 またもやミリアはブツブツ言いながら、正面の扉とは違う方向へと歩き出した。

「それじゃあこっちに来て。わたし達の仕事場で話をするわ」

「仕事場なんて、僕が入り込んで大丈夫なのか?」

「それもそうね。んじゃこれをつけといて」

 ミリアがローブのポケットから、緑色の腕章を取り出した。ミリアの左腕に着けられているものと同じものだ。

「これは中界で働く人の身分証明書みたいなものなの。色によってどの部署か区別が付くようになってるわけ」

「これをつけておけば……」

「あなたも案内人として働いてると思ってくれるでしょうね。もっとも同じ部署で働いている人に見られたら危ないけど。とりあえず見習いだってごまかすしかないわね」

 言いながら手渡された腕章を、服の上から着ける。はっきりいって心細いことこの上ないが、ないよりはましだろう。

 再び歩き出すミリアの後に、ひたすらについていくと、隅のほうに小さな――といっても、生きている人たちにとっては普通の大きさだ――黒い扉があった。

 扉には『関係者以外立ち入り禁止』という白地に赤い文字の看板が、敢然と張られていた。 この先がミリアの仕事場なのだろう。

「じゃあ、行くわよ。下手な演技でバレないようにね」

 即座に脳裏に浮かんだのは、僕への弁解に失敗して、慌てふためくミリアの姿だった。

「それはこっちの台詞だよ」

 僕のぼやきに頬を膨らませつつ、ミリアは扉のノブに手を掛けゆっくりと開けた。

「おいっ、資料が足りないぞ!」

「ビデオの編集作業、もうちょっと早くできないのか!」

「ちょっとだれか! コピー用紙の買い出しに行ってきてよ!」

事務所に入ると大声が飛び交いながらも、赤、青、紫などの腕章をつけた人が、せっせと走り回っていた。

ミリアは天界の仕事は暇潰しのようなものだと言っていたが、ここの様子をみる限りでは、生きている人達よりも働いているような気がする。

「どうしたの? ポケーッとつっ立って。なんかあった?」

「いや、忙しそうだなって思って……」

僕にそう言われて、ミリアは辺りを見回す。

「そうかな? いつもこんな感じだと思うけど……」

どうやら天界の仕事も楽じゃないらしい。

「さっ、こっちよ」

 言われるままに、仕事をしている人々の合間を縫っていくと、背後から声がかかった。

「おい、ミリア!」

 目に見えてミリアの体が痙攣した。なんだか嫌な予感がする。

 背後から近寄ってきたのは、三十代前半ぐらいの男性だった。ミリアと同じ白いローブに緑色の腕章。どうやら仕事仲間らしい。

「あ、カ、カルバドスか」

「珍しいな。仕事が終わってるのにまだいるなんて……」

「えっ、あっ、うん、ま、まあね」

 やはりミリアは嘘をつくのが苦手らしい。この返答で、動揺してないことに気づかないほうがおかしいだろう。

 カルバドスと呼ばれた男性もそう考えたらしく、首をかしげていた。そして僕の顔と腕につけた腕章を交互に確認する。

「ん? だれだこいつ……案内人の腕章をつけてる割には見かけない顔だな」

「あ、この子はね、そのぅ……」

 指先をクルクルと回転させながら、にっこりと微笑む。この光景は危険としか言いようがない。

「あ、あのですね」

 一歩踏み出しながら、口を挟む。カルバドスの注意が僕へと向けられた。

「僕は鷹野信也というものです。このたび命を落としたため、こちらで案内人の仕事をすることになりまして。それで仕事をミリアさんに教わってたところなんです」

「なんだ、そうだったのか。そうならそうと早く言えよミリア」

 ミリアは頭を掻きながら、乾いた笑いを発している。これ以上なにも言いそうにないのが幸いだ。

「おれはミリアの同僚……つまり君とも同僚になるカルバドスってもんだ。まあこれからよろしく頼む」

「こちらこそ、若輩者ですがよろしくお願いいたします」

「おぉ、礼儀正しい子じゃないか。ミリア、しっかり仕事を教えてやれよ?」

 ミリアの肩でカルバドスの手が弾み、そのまま豪快に笑いながら去っていった。

「ふぅ……」

 額にかいていた汗を拭って、ミリアを確認する。どうやら相当なピンチだったらしく、がっくりとうなだれて覇気がない。

「ミリア、大丈夫か?」

「なんとかね、相手がカルバドスで助かったけど……とんだ貧乏くじだわ」

 諦めたように首を左右にふり、ミリアはまた仕事場を進んでいった。

 その後はなんとか知り合いに出会わず、目的地にたどり着いたようだった。


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