１０月２５日（５）
「優美ちゃんか。いい子そうだね」
「いい子そうじゃなくて、いい子なんだよ。支えることのできない僕のために、こんなに涙を流してくれてる。苦しいけど、少し嬉しい気もするよ。おかしいかな？」
「さあ？ わたしには分からないし、関係の
ないことだわ」
友好的な雰囲気を、一瞬にして殺伐へと変遷させる。ムッとした僕がミリアに一言、物申そうとした――その時だった。
「まっ、いいじゃないの。すぐにまた一緒になれるんだからさ！」
僕の肩を叩きながら、平然と述べたミリアは、自分の失言に気がついていなかった。僕の怒りがミリアへと集中していたからこそ、違和感を感じとれた。
もしも未練がましく山倉や母さんに気を取られていたら、きっと聞き逃していたに違いない。
「すぐ？ すぐってどういう意味だよ？」
「そりゃあ……やばっ！」
目を泳がせながら、自ら口を塞いでいる。
僕の質問――違和感は、やはり正しいものだったと確信した瞬間だった。
「つ、つまりね、天界にいれば楽しすぎて早く時間が流れるから、一瞬で優美ちゃんと一緒になれるって意味よ。そうそう、そういう意味……」
尻すぼみに小さくなっていった声のせいで、最後のほうはなにを言ってるか分からなかった。
だが、確かなのは一つ――ミリアは僕と、まったく目を併せようとしなかった。嘘をつくのが相当下手なタイプのようだ。
「それで？ 本当はどういう意味なんだ？」
「や、やだなぁ信也君、いま言ったばっかりじゃない。ひょっとして死んだショックでぼけちゃった？」
「フフフフフ……」
「ハハハハハ……」
乾いた笑いが二人の口から漏れる。背後では二人が泣いているため、笑い声と泣き声が交差するという奇妙な空間が出来上がっていた。
だが、それも束の間だった。とっさにミリアの襟首をつかみ、締め上げる。
「どういうことだ！ すぐってどういう意味だよ！」
「ちょっ、くるし、信也君！」
ミリアが涙を流しながら、僕の手を振り払おうと暴れ始める。それでも僕は力を緩めなかった。
「だったら説明しろ！ 何がすぐなのか、山倉がどうなるのかきちんと説明しろ！」
「説明、する、するから！ 離してよ！」
言質を取った僕は、そこで手を離した。紅潮した顔を前後に揺らし、何度も咳き込むミリア。
少し悪い気もするが、さっきの言葉の説明の方が重要だった。
「で、どういうことなんだ？」
「こ、こっちは死にかけたのよ！ 自分の行為に対してのお詫びはないわけ！？」
「死にかけたって、もう死んでるんじゃないのか？」
「わたしは元々天界で生まれたから、最初からこうなのよ！ どっちにしたって天界や地界の住人が死んだらそれこそ本当の消滅！ 二度と笑ったり遊んだり、できなくなるんだからね！」
ブツブツ文句を言いながら、ミリアは僕から顔を背ける。
「悪かったよ、謝るからさ。でもそれじゃあ落ち着けないんじゃ……」
「大丈夫よ、天界じゃ滅多に起こらないし、殺した方も消滅するんだからさ！」
ざまあみろとばかりに舌を出すミリア。
ということは、もし今の行為でミリアが死んでいたら――。
背筋に寒気が走り思わず身震いすると、ミリアの機嫌は完全に直ったようだ。僕の反応を笑い飛ばし、腕を引っ張る。
「さっ、エンマ様の所へ行きましょ！」
「ちょっと待て」
僕はミリアの手を振りほどくと、その場に立ち止まった。ミリアの笑みが引きつったものへと変わっていく。
「そ、そんなに甘くはないわよね……」
「その通りだ。さっ、分かりやすく説明してもらおうか？」
腕を組みつつ返答を待つ。その場に座り込み、頭を押さえていたミリアも、とうとう観念したようだった。
「分かった、分かったわよ！ 教えればいいんでしょ！？」
「そう、教えればいい」
満面の笑みの僕とは対照的に、ミリアは暗く沈んだ表情で自分の失言を後悔しているようだ。
「んじゃ、行きましょうか？」
「だから、その手はくわな……」
「そうじゃなくて、説明に最適な場所へと案内するのよ。百聞は一見にしかずって言うでしょ？」
「本当だろうね？」
「この可愛らしいミリアちゃんが、嘘なんてつくと思う？」
ミリアはわざとらしく、にっこりと微笑んでいた。
さっき誤魔化そうとしたのは嘘とは言わないのだろうか……そんな考えも頭をよぎったものの、黙っていた。これ以上余計な時間を費やしたくはない。
