形見
ミモザが夕食を告げにくるまでツバキは爆睡した。
「ノックしても気づかないとは…」
ミモザが布団をはぎ取って呆れた顔でツバキを見た。
「寒い…眠い…もうちょっと寝る…」
「だめ。主さまがお呼びだから」
容赦なく布団から蹴りだされる。ミモザはそのまま布団をぺいっと放り投げた。ああ布団は友達なのに。
「うぅ…そんなに主さまが大事か…」
「当たり前」
すぱっと切り返される。討論の意味はないとでも言うように。
「主さまを待たせたくはない。早く身支度を整えて」
はいはいとぼやきながら体を起こす。
そして気づく。
「なぁ、食事ってもしかして城の中で?」
「当たり前だろう」
晩餐会、とまではいかないかもしれないが、ある程度ちゃんとした服を着なければさすがにまずいかもしれない。普段着だと城の中ではとても目立ちそうだ。
「俺立派な服なんざ持ってねぇぞ」
そもそも女物をほとんど持っていない。動きにくいからだ。
「そのままで行けばいい」
「やだよこんなクソ目立つ服」
「…ふぅ」
「お前今我儘だなと思っただろう」
「まぁ来たときの服もアレだったしなぁ」
「無視すんなこら。…ってわけだからさ。俺、食事パスってことで」
もともとツバキはあまり食べるほうではないしそんなに食に関心も無い。城で食べる料理とはどんなものか見てみたいという気持ちは多少あったが食べてみたいという気持ちは湧かなかった。
「まぁ理由言っときゃ『主さま』も納得すんだろ。てわけでおやすみ」
いそいそと落ちていた布団を拾って抱きかかえベッドに戻ろうとしたところをがしっとわし掴まれる。
しかも首。
「…あまり首元に何かを突きつけられるのは好きじゃねぇんだが」
今日一日で三度目なのでそろそろいい加減にしてほしい。
「こんなこともあろうかと」
一方のミモザは些細な抗議を全く意に介した様子も無い。
「主さまに言われて準備して来てよかった」
「え」
ミモザは無表情にすっと右下を指差した。つられてそっちを見る。
紙袋。
「…まさか」
「用意してきた」
そういうとミモザは紙袋を開ける。
中から現れたのはシンプルだが美しい真紅のドレスだった。
確かにこれなら恥をかくことはあるまい。だが。
「断る。…なんでじじいに用意された服をまた着なきゃいけねーんだ」
「これがあなたの母御の形見であってもか?」
続けられた言葉に目を見張る。
母様の。
「別れるときに餞別にもらったのだと仰っていた」
「…」
そっとドレスに触れる。
艶々としたシルクのドレス。薔薇の花びらのようだ。
「あまり派手な色を好まれる方ではなかったらしいが、一度だけこのドレスを着たらしい。よく似合ってとても美しかったという。その後残念ながら着られることはなかったらしいがその姿が忘れられず…別れの際このドレスをもらったのだと」
この国では餞別の際自分のものを贈るというのが慣習になっている。
その中でも服を贈るのは最も親しい相手であった証だ。
母はとても優しい人だった。
誰にでも分け隔てなく接し、優しさと笑顔を惜しみなく分け与えた。
そんな母を幼心に誇らしく思ったのをよく覚えている。
母のそんなところが好きだった。とてもとても好きだった。
でもね、母様。
人付き合い、もうちょっと考えたほうがよかったと思うよ。
「あなたの瞳と同じ色で、とてもとても綺麗だから、きっとあなたに似あうだろう」
「え…」
思いがけない賛辞に少し目を見張る。
「…と主さまがおっしゃっていた」
「きかなかったことにする」
一瞬喜んでしまったのがくやしい。
「こういうドレスを着たことはあるか?」
「無い。そんな興味も無かったし」
「一人で着るのは難しい服だ。手伝ってやるから早く着替えろ」
そういうが早いかミモザはツバキを布団に押さえつけ。服を脱がし始めた。
「わ、ちょ、まっ」
「待たない」
エルフとはいえ女の子。女の子に手を挙げるのは躊躇われる。
とはいえ、力尽くで押さえつけられる(というか完全に傍目から見ると襲われているようにしか見えない)のも正直ご遠慮願いたい。
「わーかった!着替える!ちゃんと着替えるからぁあああ!!」
部屋に情けない声が響き渡った。