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奴隷

案内された部屋は日当たりも良く、レンの部屋ともそんなに離れていなかった。

だが何より驚いたのはその部屋の家具が全て自分の家にあったものだということだった。

「これは…」

「ラナンキュラス様の命令で私たちが運びました」

ふらふらとテーブルに触れる。それは間違いなく慣れ親しんだものだった。

「よかった…」

じんわりと広がる喜びをかみしめる。同時に深い悲しみも去来した。

「そうか…本当にもうあの家はないんだな…」

急だったから怒りを感じる暇もなかった。

「とりあえず礼を言っといたほうがいいだろうな。ありがとう」

「いいえ。命令でしたので」

ツバキが言うのもアレだが、もうちょっと言い方ってもんがあると思う。

「御礼ならばラナンキュラス様に」

「誰があのじじいに礼なんざ言うか」と反射的に返していた。

「拉致られて家燃やされて御礼なんざ言えるわけねーだろ」

怒りが湧きあがる。あのジジイ。メイドさえいなければとうにぼこぼこにしている。不敬罪で処刑されようとしったことか。

「命令されていなければこれはここにはないのです」

「何の命令もなければ家も燃やされてないんだけどな?」

スルー。くそ。このメイドも腹立つ。

「あのジジイにしてこのメイドありかよ。くそっムカつくタヌキどもだな」

メイドがぴくっと反応した。

「取り消せ」

「は?」

「私のことは良い。でも主様を悪く言うな」

言葉と空気の刃を喉元に再度感じたのはほぼ同時だった。

「取り消せ」

「…っ嫌だ!」

自分とてプライドというものはある。

ラナンを許すわけにはいかない。絶対に。言葉だけであっても。

「大体てめー、理不尽なんだよ!俺は別に誰かに迷惑かけてたわけじゃねぇ!ただひっそりと暮らしていきたかったんだ!それをこんなとこに引っ張ってきて家燃やして?挙句に逃げるのは許さないだぁ悪口も言うなだと?俺はそんなお人よしじゃねぇよ!」

ふ、と刃が離れた。

冷や汗がどっと出てその場にしゃがみこむ。

「…確かに、そうなのかもしれない」

ミモザがぽつりと言った。

「それでも私の前では言わないでほしい。私たちにとってあの方は全てなのだから」

哀しげな姿に罪悪感が胸を刺す。

いや、と頭を振る。罪悪感など感じる必要はない。自分は悪いことなどしていないのだから。

「あのじじいが全てだと?あんたら此処にいるってことは良いとこのお嬢様なんだろ?」

薄く笑うとミモザは下ろしていた髪をすっと持ち上げた。

ツバキは息を呑んだ。

「…あっ…」

尖った耳。人とは違う種族の証。

「おまえら、エルフ族か…?」

沈黙が肯定の証だった。

エルフ族はこの世界においてはもっとも高級な奴隷である。滅多に市場に出回らず、一人一人が高値で取引される。彼らは高い魔力を持ち、身体能力も優れていると聞く。

「主さまが哀れに思って買ってくださった。アカシアと離れずに済んだのも主さまのおかげだ」

耳についているカフスの石の色は紫。所有者の身分を表す。

つければ一生外れない。石は所有者が変われば色を変える。

所有者から所有者の決めた距離以上離れると石は割れ、毒が注入されて奴隷は死に至る。

「主さまは悪い方ではない。ただ容赦しないだけなのだ」

「いやそれ充分悪い奴だと思うんだが」

「主さまはいつも平和を祈っている。みんなの幸せを祈っている。そのために障害を排除することを躊躇しないだけだ」

「ああうん、お前がフォローが下手なのはよくわかったよ無理するな」

「ちょっとやりすぎちゃうことが多いかもしれないけどでも主さまは本当にいろんな人のことを考えておられるのだ。いつだって悪気はこれっぽっちもないのだ」

「もうお前、主さまを庇わないほうがいいと思うぞ!?」

悪気がないほうがタチが悪いと思うのだが。

ミモザがはっと我に返ったように口を押える。

「私はしゃべるのがあまり上手でない」

しゅんとして言うのが可愛い。

「アカシアは上手なのだけれど…」

双子と言えど得手不得手はあるようだ。

「でも気持ちは一緒。主さまの悪口を言わないで」

じっと見つめてくる。悲しげな顔。必死な者の瞳だ。本当に主を敬愛しているのだろう。それにしても瞳の色は主と同じ紫だが、随分印象が違うものだ。ラナンの瞳は深い紫でミモザとアカシアの瞳は薄紫だからなのかもしれない。

女の子にこんな顔をいつまでもさせておけるほど鬼畜ではない。

「あー…わかったよ。気を付ける。いないときは言ってもいい?」

ミモザはちょっと嫌そうな顔をしたがしぶしぶ頷いた。

「とりあえず、ちょっと寝かせて。なんかあったら起こしていいけど」

「わかりました、タキツスベルスさま。」

「あ、あとその言い方やめて。敬語苦手なんだ」

「かしこ…わかった。では夕食時に迎えに来る」

「うん、頼んだ」

一礼をしてミモザは部屋から出て行った。

慣れ親しんだベッドに体を投げ出して目を閉じる。なんだか今日はとても疲れた。

そういえば、と思い出す。

どうして勇者はツバキの名前を知っていたのだろう。

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