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驚愕

「あとは若い二人での」と見合い婆、いやジジイか、とにかくそんなことを言ってラナンが出て行ったあと、部屋には沈黙が落ちた。

あまりの気まずさにラナンがいなくなったのを少し残念に思う自分がものすごく嫌だった。

いっそ部屋を出てしまおうかとも考えたが、出たところで何処に行けばいいのかわからない。来るときは眠らされていたから外に出る道もわからない。窓を破ろうかとも思ったが窓の外を見てやめた。五階から飛び降りる勇気は残念ながらない。

「何か面白いもの見える?」

気づくとレンが後ろに立っていた。感心したように呟く。

「ふぅん。ほんとに異世界なんだな。街並みが全然違うや」

「お前がいたところはどんな感じなんだ?」

口を開いたのは単純に興味があったからだ。

「んー…そもそも建物が石でできてないからな」

「じゃあ木でできてんのか?」

「そういう家もあるけど。大体鉄筋コンクリートだな」

「てっきん…?」

てっきんとはなんだろう。しばし考える。

「ああ、鉄筋ってのはね、鉄で骨組みを作ってるってことだよ」

「お前の世界はえらい贅沢なんだな!」

鉄は金属の中では比較的安価だが、家を建てると言ったら相当なものになる。

「骨組みは鉄として、他の部分はなんなんだ?」

「コンクリートだよ。っていってもわかんないか。まぁ、そういう名前の物質があるんだなくらいでいい。コンクリートってなんだと聞かれてもうまく答えらんないし」

聞こうと思ったことを口を開く前に却下されてしまった。

「あ、でも動物の姿はあんま変わらないんだな」

「そうなのか?」

「うん。…ペガサスとかユニコーンとかいないの?異世界って言ったらまず期待したいとこなんだけど」

「そんなもんいねーよ。此処はファンタジーの世界じゃねぇ。現実なんだぞ」

「いや、魔法が使えるってだけで俺にとっちゃ充分ファンタジーなんだけど」

何故か申し訳なさそうにレンが呟いた。

「なんだ。お前の世界に魔法はねぇのか」

「ないよ」

「ふん。随分不便なんだな」

「まぁでも便利なこともたくさんあるしね」

「たとえば?」

「電話っていう機械があってね。離れている人とも会話ができる」

「そんなん通話魔法で一発だろ。通信屋に頼めばいい」

「…それがなんなのかイマイチ俺にはよくわかんないけど。電話ってのは持ち運びもできるからさ。いつでもどこでも使えるんだよ」

「いつでもどこでも使う必要がどこにあんだよ。必要なときだけ使えばいいだろうが」

「…あとは部屋を暑いときは涼しく、寒いときは温かくしたりとか…」

「冷却魔法と温熱魔法ということだろう要するに」

「うん、ごめん。なんだか俺が間違ってた気がする」

そういやこの世界に無いものがなんなのかもまだわかんないもんなぁ、とレンがぼやいた。まぁそれはそうなんだろう。

「とりあえず俺は不便だとはそんなに思ってませんでしたよってことで」

「ふん…なぁ、お前もしかして魔法使えないのか?」

「言っただろ、俺の世界に魔法なんてないよって。だから当然使い方なんて知らない」

「勇者のくせにか」

「いや俺向こうの世界じゃただの一般ぴーぽーですから。超地味な一般人」

「その目と髪の色で目立たねぇわけがないだろ」

「あーうん、残念だけど俺の国大体みんな生まれたときは目と髪の色黒なんだよね」

「生まれたとき…?じゃあ成長すると変わるのか!」

どうやれば変わるんだと身を乗り出すツバキに苦笑する。 

「そういうわけじゃないよ。染めたり色抜いたりする奴がいるってだけ」

「髪なんざ染めても意味はねぇだろ」

「まぁ俺も黒いほうが好きだけどね」

「湯あみしたら色落ちちゃうだろ。それともなんだ、毎日湯あみの後にまた染め直してんのか」

なんてめんどくさい世界なのだろう。

レンは「違う違う」と手を振った。

「向こうじゃ一度染めたら水浴びたくらいじゃ落ちないんだよー」

「なんだと!?じゃあやっぱり染めるのは数日くらいかかるのか?」

「…いや、二時間もあれば充分だと思うけど…」

レンの言葉に三度驚く。

「そ、それでどんくらいもつんだ!?」

「えーっと、まぁ新しく生えてくる髪は前とおんなじ黒だけど。一度染めたとこはそのまんまだよー。だから三か月くらいは大丈夫なんじゃないかな。よくわかんないけど」

姿変えの術ですら三日が限度だ。

「…お前の世界にも優れているとこはあんだな…」

「うーん、まさかそこで驚かれるとは思わんかったが」

まぁいいかとレンがぼやく。 

「あー、早くこっちの生活にも慣れていかなきゃなぁ。大丈夫かなー。俺、パスポートすら持ってないんだけどな」

「ぱすぽーと?」

「んー、国の境界線を越えるための通行証みたいなもんだよ」

「なるほど。つまりお前、自分の国から出たこともねーのか」

まぁツバキとてないのだけれど。

「そうだね…一度くらい出てもよかったかもな。まぁ過ぎたことを言ってもしょうがない」

レンは首を竦めた。

「とりあえず此処でやってくしかないわなぁ」

レンの態度に疑問を覚える。

人はいきなり違う世界に飛ばされて此処まであっさりと受け止めることができるものだろうか。

そういえば彼は『世界に未練がない』とはっきり言った。

「おまえ、なんでそんなに落ち着いてやがるんだよ」

「ん?いや、これでも結構動揺してるよ?」

とてもそうは見えないが。

「ああでもそうだな…世界を終わらせたいとは思っていたから。ちょうどよかったのかもな」

「死にたかったのか」

レンは答える代わりに微笑みを浮かべた。

その表情が何よりも雄弁に物語っていた。

なぜかは聞かない。きっとまだ出会って間もない自分が触れてはいけない箇所だろう。

「死にたいのなら殺してやる」

『勇者』がどういう存在なのかツバキは知らない。それでもその道が過酷であろうことは想像がつく。

死んだほうがマシだと思うことがきっとあるだろうとも。

それならば今、望むとおりに殺してやりたい。

望みもしなかっただろう世界に呼んでしまった者の義務として。

レンは微笑んだ。

「ありがとう。でもいいよ。今は死ぬ気はないんだ」

この世界に来たから、と呟くように言った。

「ここはそんなにいい世界か?」

盗みはある。人をだますやつも殺すやつもいる。魔物に食い殺される人間とて後を絶たない。何処にも安心して暮らせる場所などない。王宮とて陰謀が渦巻いている。

「そういうわけじゃない。…っていうのは失礼になるのかな。まだよく知らないのにさ」

「別に構わん。その通りだと思うから」

いつまでも幸せに暮らしましたなんて御伽噺は多分何処の世界にも存在して、それは人が人である限り叶わぬ夢なのだろう。

御伽噺であるしかない話なのだろう。

「俺が死ぬまいと思ったのはツバキに会えたからだよ」

予想外の答えに意表をつかれる。

「は?どういう意味だよ」

「秘密」

レンはそう言ってツバキの頭をわしゃわしゃ撫でた。

一瞬にして殴り倒す。

「何しやがる」

「うん…こうなる気はしてたけど…反省はしている。だが後悔はしていない」

「しろよ。学習能力のねぇ野郎だな」

「俺わりかし変態なんだ。今の状況はご褒美と言っても過言ではない」

「わりかしどころか筋金入りの変態じゃねぇか」

コンコンとノックの音がした。

「「失礼いたします」」

例の双子が部屋に入ってきた。

「タキツスベルス様にお部屋をご案内するように仰せつかりました。ミモザと申します」

「レン様に世界の説明をするよう仰せつかりました。アカシアと申します」

「「以後お見知り置きを。末永くよろしくお願いいたします」」

二人が口を開いているのは見えるからきっと二人とも声を出しているのだろうが、タイミング、声が同じすぎて一つの声にしか聞こえない。

「それではタキツスベルス様。こちらへ」

「レン様。まだこの世界に来て数刻。ベッドにお戻りくださいませ」

促されるまま挨拶もそこそこにツバキは部屋を出て行った。

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