感慨
「主さま」
「我らが主さま」
「王と勇者を会わせなくてもよいのですか」
「心待ちにしておられたのでは?」
「あとは若い者二人での」という言葉を残し一足先に辞去したラナンの後ろを双子がついていく。
「うん、まぁな。勇者が女であればなおよかったんじゃが、現実はなかなかうまくいかんものよのぉ」
苦笑気味にラナンは呟く。
「女であればタキツスベルスも容易く心を開いたであろうしな。…にしても勇者を女だと信じ込んであわよくば嫁に迎えようとしている王をどうやって立ち直らせるかが問題じゃな…」
古今東西、勇者は男である確率が高い。
そう言い続けてはきたのだが、当代の王は嫌な現実からは全力で目を逸らすタイプだった。
『窮地に陥った自分を助けてくれる素敵な異性との恋☆』にあこがれる気持ちはわからんでもないが、その妄想に取りつかれてしまうのは一国の王としていかがなものか。っていうか女子か。お前は女子か。
「たまりにたまった妄想のはけ口が爆発してタキツスベルスに向かわなければいいんじゃが…そんなことでもしおったらあやつ、舌を噛みかねんぞ」
半ば誘拐のように連れてきた自分を強い非難の目で見ながら、それでも目を逸らしはしなかった。
王をも凌ぐ実力者である自分に今や誰もが平伏する。上目づかいで媚びるような目線を投げかけ、そのくせ決して瞳は合わせない。
燃えるような赤い瞳で真っ直ぐに自分を見てくる。自分がどういう人間か知りながら。そんな人間に会ったのは久しぶりだった。
「あやつはまっすぐな人間じゃ。それゆえに御するのは簡単と言えば簡単じゃが、一度手綱の使い方を誤ればどうなってしまうかわからん怖さもある。…そういう芯が強いところは母親似じゃな。頑固そうなところは父親か」
それに、と脳内で呟く。個人的にもあの少女をあまり傷つけたくはない。
こんな連れ去り方をしておいて信じてはもらえないかもしれない。だから決して本人には伝えない。
少女の両親がラナンは好きだった。陰謀渦巻く宮中で、彼らのいる場所だけが清浄だった。
王宮を去る時引き留めることはできなかった。
これ以上いたら彼らまで汚れてしまうのではないかと恐れた。注意深く隠していたはずのラナンとの親交も漏れつつあったし、このままでは自分の政力争いにまきこまれて命を落とすかもしれない。そんな思いも後押しして、ラナンはむしろ率先して逃がしてやった。
世を去ったと聞いたときは深い悲しみに襲われた。こんなに早く逝ってしまうのなら自分の傍に一生置いておけばよかったと後悔した。それは為政者ゆえの身勝手さということもできるだろう。自分の傍にいれば守ってやれたかもしれないという気持ちも少なからずあった。
ヤブラン、アルメリア。
君たちは幸せだったかい?
永遠に答えられることのない問いの答えはツバキを見ていればいずれわかるだろうか。
ラナンはため息とともに感傷を振り払った。
「…タキツスベルスの部屋は容易できたか」
「はい」
「ラナンキュラス様がおっしゃったように」
「思い出がありそうな品はすべて持ち出してあります」
「思い出がなさそうな品も他の部屋に隠してあります」
燃やしたのは本当に家だけだ。家具も小物もすべて持ち出してある。思い出を奪われた人間は何をしでかすかわからないから。特に情の厚い人間は。
もっともその家が一番思い出の象徴だと言われてしまえばどうしようもない。帰る場所を無くすために家だけは処分しなければならなかった。
「そうか。ならば後であやつを迎えに行ってやれ。会話が尽きたらどうすればいいか困るだろうからな」
王宮は広い。迷子にさせるわけにはいかない。
なにせツバキはとっても目立つのだ。「私、めっちゃ強くてバカみたいに多い魔力持ってます」と公言しながら歩いているようなものだ。しかも年頃の相当な美人と来ている。男ばかりの王宮ではそれはもう目立ちまくりだろう。そうなっては色々と困るのだ。
「…魔法を使ったことがないとか言っておったな…」
泣き出しそうな声。きっと偽りなくそうなのだろう。
才能がないわけがない。あの二人の子で、あの外見なのだから。おそらく本当に力の出し方がわからないだけなのだ。
「とっとと魔法の使い方を叩きこんで姿変えの術くらい覚えさせたほうがよさそうじゃなぁ。ミモザ、教えてやってくれぬか」
「かしこまりました主さま」
「アカシアは勇者様にこの世界のことを教えておやり」
「かしこまりました主さま」
双子の声が順番にこだまする。
ラナンは満足げに目を細めた。
「どちらも一筋縄ではいかなさそうじゃが…苦労を掛けるな。頼んだぞ二人とも」
双子の顔がぱぁっと紅潮する。
「「かしこまりました主さま」」
二つの声が綺麗に揃った。
ラナンの口元に笑みが零れる。さぁこの国はこれからどうなっていくのだろう。策は練った。それでもうまくいくかわからない博打に出るのは久々だ。
「とりあえず部屋を見たときのあやつの反応が楽しみじゃのう。後で報告よろしく頼むぞ」
きっと驚いて、喜んで、喜んだことがなんだか腹立たしくなって、その場にいない自分に向かって悪態をつきはじめるのだろう。
直接見られないことが本当に残念だった。
「さて、気は進まんがとりあえずわしは王のことを片付けるとしようかの。二人は勇者殿とタキツスベルスのところへ行ってくれぬか。もう二人とも休んだほうがよかろうて」
双子は同時に頷くと踵を返し、部屋に戻っていった。
ラナンは口調とは逆に楽しげな様子で暗く長い廊下を歩いて行った。




