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変態

「とりあえずはじめまして、というべきかの。それともようこそ、か」

人のよさそうな顔をしてラナンキュラスはベッドの上の勇者(仮)に微笑んだ。だまされるな。その笑顔は偽物だ。

「あ…どっちでも大丈夫ですー」

その返答はどうかと思う。

どうやら勇者(仮)はなかなかにボケた人間のようだ。

「まずは自己紹介からしておこうか。わしはラナンキュラス・グルーイアという。ラナンと呼んでくれれば構わん」

「はぁ、ラナン、さんで」

「さんはいらんよ」

「いや年上の方にそういうわけには」

ラナンキュラス―もうめんどいから自分もラナンでいこうとツバキは思ったのだが―はくるりと振り向いてツバキだけに底意地の悪そうな笑みを見せた。

「ほほう、勇者殿は若者だというのにしっかり礼儀が身についておられるな。おぬしとは大違いじゃ」

「そりゃお前の本性をまだ」

知らねーからだ、と続けようとしたところで首筋に冷たいものを感じる。

「ラナンキュラス様良い方」

「貶めることは許されない」

そっくりな2つの声が耳元でささやく。

ばっと振り返ると少し離れたところに双子のメイドがにこにこと立っていた。

(…声だけ俺のところに飛ばしやがったな)

しかも見えないナイフを首元に突きつけるという同時技もやってのけている。

なるほど、ただの美人双子メイドではないということか。

「なにかしたら」

「機嫌を損ねるようなことしたら」

「「殺すよ」」

甘い、鈴の鳴るような声に心からぞっとする。

こいつら本気だ。

「ん?なんかいったかの?」

ああ諸悪の根源のこいつをぶち殺したい。

「あの、その方は…」

勇者が戸惑うように声をかけてきた。

「ああ、こいつはあなた様を呼び出した魔導師ですじゃ。ほれ、ご挨拶せんかい」

小突かれて一、二歩前に出る。

勇者をまともに見るのは初めてだ。先ほどはよく見もせずに殴り倒してしまった。物珍しさに思わずまじまじと見つめる。

顔はまぁ整っているほうだろう。右頬に貼られた大きなガーゼが痛々しい。心の中で「ごめん」と小さく詫びる。

目を惹かれたのはやはりその瞳と髪の色だった。

「本当に、黒なんだな」

ぽつりともらした瞬間、げんこつが降ってきた。声も出せずその場にうずくまる。

「…っつー!!!!!」

その前にまず謝らんかーい!!!!」

自分がやったことを謝りもしないのは人として最低じゃぞ、とラナンが偉そうに言う。自分はどうなんだと思ったが双子が怖いので追及をやめることにした。

「あー…なんだ。その。悪かった」

「謝っとるうちに入るかい馬鹿モン」

ああ双子メイドさえいなければこのジジイ思う存分ぶちのめすのにい。

そんなツバキの心の声になど気づくわけもなく勇者はほわーんと微笑んだ。

「いいえ。気にしてませんよ。えっと…ツバキさん、でしたっけ。俺はレン。佐倉レンです。」

ツバキは少なからず驚いた。

頬はまだ痛むだろう。ひょっとすると歯が折れたか欠けたかしているかもしれない。初対面の相手にそこまで思い切りよく殴られて(しかも自分は全く悪くないという)笑える人間がいるというのか。それはもう人がいいを通り越している気がする。

これが勇者なのか。

「ああなんと寛大なお方なんじゃあああああ」

むせび泣く(と言っても多分嘘泣き)ラナンに向かってレンは優しく微笑みかけた。

「そんなことはありませんよ。美人に殴られるだなんてむしろご褒美です」

「…………」

いいやつなのだろう、きっと。

うん。勇者だし。多分。一応。

でもあんまり近寄りたくはない気がする。

「ご褒美、ですか…」

ラナンが少し戸惑っている。いい気味だ。

「そうですね。これで頬を赤らめてちょっと泣きそうな顔をしていたりなんかしたらさらに高得点といったところでしょうか」

それにしてもなんだろうこの勇者の気持ち悪さは。

「ふぉっふぉっふぉっ。いやはや、勇者殿は王と気が合いそうじゃ」

早くも立ち直ったらしい、ラナンが豪快な笑い声をあげる。

ああそういえばうちの王様「勇者たん早く現れないかなはぁはぁ」とか言ってたんだっけか。確かに気が合うかもしれない。感じる悪寒が同一のものだ。しかし男の勇者だと知ったらどういう反応を見せるものか。楽しみなような怖いような複雑な気分だ。「待ち焦がれていた勇者たん…ああもう男でもいいっ!」なんて結論にならないことを祈る。

それにしても王様と勇者が変態だとは、この国は本当に大丈夫なのだろうか。魔物の侵略よりよほど重大な危機に瀕しているような気がするのだが。

「一刻も早く会わせたいものじゃが…その服では少し簡素すぎるかの」

「まぁTシャツとジーパンですからね」

「今日はお疲れじゃろうし、接見はまた日を改めてでよろしいかの」

「ええまぁ俺としては構いませんが。それより聞いてもいいですか?」

「なんなりと」

レンは真面目な顔で告げた。

「イマイチ状況が把握しきれていないんですが、俺はもしかして勇者として異世界に召喚されちゃってたんだったりするんでしょうか」

「いかにも」

「それはやっぱり魔物退治だとか魔王討伐だとかそんなかんじの理由で?」

「いかにも」

「やっぱり結構危険だったりして?」

「言わずもがなじゃな」

「勇者やめたきゃやめてもいいぞ。ちゃんと俺が送りかえしてやる」

ぼそっと呟く。ラナンが驚いた顔でツバキを見た。

「おま、なんちゅうことを…っ」

「うーん。なるほどね。途中棄権できるあたりRPGの主人公よりは良い待遇受けてるって思っていいのかな」

レンはふむふむと頷いた。

「別に異世界の人間のためにお前が命を張ることは無い。いつでも帰らせてやる」

「うーん、でもまぁ、俺どうせあっちにそんな未練ないんだよね」

飄々と言ってのけられた思いもしない言葉に呆気にとられる。

「いきなり召喚されたんだぞ?そんなわけねーだろ。別れを言わなきゃいけない人くらい…」

「特に思いつかないなぁ。俺、家族いないし」

レンの言葉にツバキは目を見張った。この男も両親を亡くしているのか。

大丈夫大丈夫とレンはひらひら手を振った。

「いいよいいよ。困ってんだろ。助けてやるよ。あ、でも痛いのとか苦しいのとかはできるだけ勘弁な」

「もちろんっ有事の際はこやつが身を以てあなたをお守りしますじゃ!」

「勝手に決めんなっ」

「んー女の子に庇われるってかっこわるいからなぁ。それは別にいいや。むしろ俺が君を守るよ」

さらっと言われた言葉に思わず固まる。なんだ今の甘いセリフは。

しかもなんだか妙に似合ってしまうから困る。今の言葉だけで恋に落ちる女子だっているかもしれない。いやむしろ多いだろう。そこそこイケメンだし。

言われたのがツバキでなければフラグが立っていたところだ。

「断る」

一刀両断である。

「うぉーつれねー。いやでもツンデレの前フリと思えばなんてことないか」

「つんでれ?」

 聞いたことのない言葉だ。

「うん、気にしないでいいよ。とりあえず今日から俺は勇者ってことで。よろしくな魔法使いさん」

よろしくしたくない。色んな意味で。

ツバキはそう心の中で絶叫した。

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