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説教

「なんとまぁ…何処の世界に勇者をいきなり殴り倒す召喚士がおるというのか…」

ラナンキュラスが呆れたような、何処か非難めいた口調でため息を零した。

無理もない。待ち望んでいた勇者は呼び出したはずの人間に殴り倒され昏倒し、数刻の時が経つというのにいまだ目覚めないのだから。

執務室のわりにやけに豪奢なソファに座り込んだままツバキは目を逸らした。

「俺ごときに殴られた程度で昏倒するような奴、勇者じゃない」

多少後ろめたい思いを抱えつつぼそっと呟く。

「いやでも、どう見ても異世界の服だったじゃん」

「もしかしたら最近の流行なのかもしれない」

「目も髪も黒かったじゃん。そんな奴おらんて」

「染めてるのかも…」

「なんのために?」

「オシャレで…」

「ほう。おぬし、それが通用すると思っとんのかい」

ツバキだって無理があることくらいわかっている。

「あいつの何処が勇者なんだよ。ぼへーっとしてたぞぼへーっと!」

「四六時中張りつめておったら疲れるじゃろうが!」

「あと絶対あいつ筋肉ねーぞ!父さんのほうがまだマシなくらいだ!」

「ヤブランは一見細いが実は筋肉馬鹿の細マッチョだったからのう…」

「近所の傭兵の兄ちゃんだってもっとムキムキだ!」

「傭兵と勇者を一緒にするでない」

「ああくそっああいえばこういう頑固なじじいだな!」

「そりゃーお前じゃばかたれ」

勇者召喚という目的を果たした今、ラナンキュラスも言いたい放題である。

ムカつく。やっぱり呼び出さなきゃよかった。

しかし、と気を取り直す。考え方によってはこれでよかったのではないだろうか。

もはや勇者を呼び出す必要はない。ラナンキュラスが自分に構う理由ももうないのだ。

「まぁいいや。とにかくお役御免ってことだな。俺は帰るぜ」

「ほう。どこへじゃ」

「うちだよ。決まってんだろ」

「だからそのうちってのはどこじゃ」

「は?もうボケたのかじいさん。何言って…」

言いかけて止める。

グルーイア卿の巷での風評をまとめると以下のようになる。

曰く、温厚そうににこにこ笑っている。

曰く、でも目は常に笑っていない。

曰く、目的を果たすために手段は選ばない。

曰く、常に全ての手駒を押えている。

曰く、捕えた獲物に逃げ場など与えない。食い殺すか飼殺すかの二択。

総評、煮ても焼いても食えないタヌキ爺。

「…じじぃ。てめぇ俺の家に何かしやがったのか?」

「お主の家なんぞ知らんなぁ。ああでもそういえば先ほど大きな火事があったらしいぞ?都の中心からはかなーり離れておるから被害はぽつんと立っておった人嫌いな根暗が住みそうな一軒家だけだったらしいが。いやぁ怖いのう。放火かのう。まぁ家主は運よくでかけておったみたいじゃが。よかったよかった。若い命を無駄にせんですんで本当によかった」

こんなにも人を殺したいと思ったのは初めてかもしれない。

今のはお前の家はもうない、ということだけでなく言外に「何処にも逃げられはしないぞ」というのを匂わせているのだ。「若い命を無駄にしなくてよかった」というのは要するに何かおかしな動きでも見せたら殺すぞ、ということなのだろう。

巷の噂は意外と馬鹿に出来ないものだ。

「俺は駒か。それとも獲物か」

「どちらも、じゃな。勇者を元の世界に返せるのは召喚主であるおぬしだけだからの」

そんなこと初めて知った。知っていれば呼び出しなどしなかったものを。

「おぬしはな、勇者を意のままに動かすための駒よ。だがただの駒ではない。勇者を呼び出すほどの莫大な魔法力はみすみす逃すには惜しい」

「偶々だっつーのに」

「魔法に偶々もへったくれもあるかい。どんなに努力しても魔力は増えぬ。せいぜいが使える魔法が増えると言うだけのものじゃ。種類は増えても質は決して高まらぬ。手の届かぬ魔法は一生手が届かないのじゃよ」

「でも俺は魔法なんて使ったこともなかったんだ!」

悲鳴のような声が漏れた。

「どんな簡単な魔法だって何一つできなかった。この目も髪も何の証でもない、単なる色だ。だから勇者なんて呼び出せるわけない。そんなわけないんだ!」

「だが実際呼び出した」

そう、それがわからない。

そんなことできるわけがないのだ。自分はただの無力な人間なのだから。

ふむ、とラナンキュラスは考え込んだ。

「まぁあれは普通の魔法とは違うからの」

「えっ」

「ほれ、普通の魔法は力を注がなければ発動せんじゃろう。だがあれは陣を描いた者の魔力の多さが重要なんじゃよ。相応の魔力があると世界に判断されれば発動するんじゃ」

世界に判断の意味がいまいちよくわからない。

「見知らぬ人にわが子を預けるのは恐ろしいじゃろ?せめてわが子を守ってくれるくらいの才能を持った奴にしか預けられんじゃろ?そういうわけじゃ」

わかったようなわからんような。

「世界が自分の住人を手放すというのはよっぽどのことなんじゃよ。どんな出来が悪い子でも世界は等しく愛す。たとえそれが自分の身を滅ぼすことになっても愛す。それが親というものじゃ。世界は誰よりも愛情深い親なんじゃよ」

「それほどまで愛した者をなんで手放すんだよ」

「それはほら、わしらの世界もわしらを愛しておるからの。わしらの願いをかなえようと必死こいて他の世界に頼み込むわけじゃ。うちにはこんな優秀な子がいるので大丈夫です。どうかあなたのお子さんを一人任せてくださいとな。そのために魔力の量が重要になってくるんじゃ」

なんかこう、えらく適当な気がしてきた気がしてきたツバキである。

というか世界の愛情の基準がイマイチよくわからない。

あれか、要するに、自分は『お宅の息子さんをください!』って頭下げに行ったようなもんなのか。

「注ぎ込む必要はない。示すだけでよい。だから発動できたんじゃないかの」

「要するにどういうことなんだよ」

「要するにおぬしは魔法を使えんのではなく使い方を知らん。不器用すぎるということじゃ。力の使い方がまったくわかっとらん」

ずばっと言われては返す言葉も無い。

「どんなにパンチ力があってもパンチの仕方をしらんのではどうしようもないからの」

しかしこれは難しいの、とラナンキュラスは白い髭に手をやった。

「誰もが息をするように初めからできていることじゃからの…意識せんもんを教えるというのはほんに難しい」

「そうだな。諦めろ」

「馬鹿を言うでない。極めれば世界チャンピオンになれるかもしれん逸材を見逃す人間がおるか」

「いてもいいだろ一人くらい」

「わしゃその一人になるのはごめんじゃ」

はぁとため息を吐く。やはりどうあってもあきらめてくれそうにない。

「よくため息つくのう。しわが固定されるぞい」

「誰のせいだ誰の」

才能。

そんなものが本当にあるのだろうか。

思いをいくら巡らせてもそんなことがあるようには少しも思えなかった。

コンコンとノックの音がした。

「「失礼いたします」」と気品のある声がしてドアが開けられる。

綺麗な双子のメイドはそれはそれは優美な礼をしてから声を揃えて「「勇者様のお目覚めでございます」」と述べた。

「おぉ、やっとか。ほれ、ぬしも行くぞい」

「なんで俺も…」

「おぬしには責任感という言葉がないんか。しっかり殴ったお詫びをせんかい」

ぐう、と押し黙り、もう一度ため息をついてツバキはラナンキュラスの後に続いた。

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