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召喚

目が覚めるとそれは美しい泉の畔に横たわっていた。

「…わぁ素敵☆なんて言うと思ってんのかじじい」

「なんと最近の若者は心の狭いことよ」

よよよと嘆かれても誘拐まがいのことをされたばかりで心が動くわけもない。

「嘘泣きを今すぐやめろ。そしてここがどこか説明しろ」

「うぅっ服もそれっぽいのに着替えさせたのにぃ」

言われてからようやく気付く。服が簡素な男物の平民のものから魔導師のものへ変わっていた。

白い色は最上級の証だ。パッと見はシンプルな作りだが白い縫い取りが随所に施されている。肌に触れる感触も好ましい。一般的な花嫁衣裳よりよほど豪奢だ。

「…じじぃ、まさかてめーが着せたんじゃねーだろうな…」

「さすがに侍女に任せたぞい。安心してよろしい」

「なんで上目線なんだてめーは」

「感謝してくれるかなぁって思って」

「するかボケ。今すぐ抹殺したいくらいだわ」

「おぉ、最近の若者は危ないの」

ふぉっふぉと笑う好々爺然とした表情がムカついてしょうがない。

「まぁ、堪忍しておくれ。場所も服も決められておるのだ。勇者を呼ぶための、な」

すぅっと目が細められる。

「…じじぃ。てめぇ何者だ」

勇者が訪れる場所は聖なる泉(セノーテ)と呼ばれ、城の奥深く、よほどの立場の者でなければ足を踏み入れることすら許されないと聞く。

自分がいるのはまぁいい。自分は勇者を呼ばれるために連れてこられたのだから。だがこの老爺がいることを許されているのは何故だ。

「まぁ予想はついてるけどな。年齢、此処に立ち入ることを許される身分、その紫の瞳。わかんねーほうがバカだ」

この国において瞳の色は生まれを表す。平民なら茶。貴族なら青。血が濃ければ濃いほど色は深みを増す。

そして紫が示すものは。

「先々代国王陛下の弟御グルーイア卿、自ら動くたぁごくろーなことで」

老爺――ラナンキュラス・グルーイア卿は柔らかく微笑んだ。

「近頃の若者は怠惰な者が多いようでの。お使いもまともにできん。やむなくわしが老体に鞭を打って重い腰を上げたというわけよ。あの二人の子というのにも興味があったしのぅ」

懐かしむような瞳が居心地の悪さを加速させる。

「あぁ、ほんに似ておる。銀の髪はアルメリア譲りじゃな。赤の瞳はヤブランと同じじゃ。懐かしいの。ほんに懐かしいのぉ」

ぎゅっと唇を噛み締める。

髪の色も瞳の色もわずらわしい以外感じたことはない。どちらも異端なものだから。

「おぬしならきっとできる。あの二人の子なのじゃからな」

できない。

自分には何もできない。

最大級の魔力を持つ者の証である白銀の髪も。最上級の魔法を使える証の赤い瞳も。なんの役にも立たない。

眠っている魔力があるはずだと、使える魔法があるはずだと、信じ続けるにももう疲れた。

「そこまで言うなら、やってやるよ」

信じぬのならその目で確かめてみるがいい。

「勇者とやらを呼び出してやる。…やり方を教えろ」

ラナンキュラスはにやりと笑った。なんて胸糞悪い笑顔だ。よほど性格が悪い奴じゃないとこんな顔はできまい。

「なーに、簡単じゃよ。おぬしはただ魔方陣を描けばよい」

「どんな陣だ。こう、図案とかないのか図案とか」

「そんなんないわい」

「じゃあどうやって書けってんだよ」

「わしは知らん、というとるだけじゃ。おぬしは知っとる」

「知るわけねーだろんなもん」

「知っとる」

「知らんわ」

「知っておるはずじゃよ。アルメリアに教えてもらっとるはずじゃ」

「母さんに教わったのなんて…」

 言いかけて口をつぐむ。まさか。 

魔法の絵描き歌(マジック・グース)のことか…」

「そうそうそれそれ。多分それ。一応国家機密」

さらっと言ってのけられると頭が痛くなる。

「…っんな大事なもんを子供の絵描き歌なんざにしてんじゃねーよ!!」

「いいんじゃよ。誰が書いても発動するというわけではないからの。場所も重要じゃし」

しかし考えおったの、とラナンキュラスは関心したように言う。

「どうやって教えたのか気になっておったんじゃが。まさか絵描き歌とはの。それならどんな物覚えの悪いバカでも覚えられるわい」

「おい、誰が物覚えの悪いバカだ」

「言葉のアヤというやつじゃ。気にせんでよろしい」

いちいちムカつくじじいである。

「とにかく、それを描いてみてくれんかのう」

ちらっちらっ。

…イラッ。

年寄の上目使いほどいらっとするものはない。

「描けったって、何処に書くんだよ」

「泉の中に書くんじゃ。ほれ、杖は貸してやる」

「濡れるから嫌だ」

「大丈夫じゃ。その服には決して濡れない魔法がかけてあるから」

小さく舌打ちをする。

どうも、逃がしてくれそうにはない。

ツバキは腹を括った。多少面倒だがこれで毎日のように押しかけてくる使者たちとも縁が切れるのだからやる価値はあるだろう。どうせこの儀式は間違いなく失敗するのだ。 

自分には才能がないのだから。

ため息をついて泉の中に足を踏み入れる。

「あなたに星をあげましょう…丸い太陽と三日月を…」

小さな声で歌いながら陣を描く。

歌うのも書くのも久しぶりだ。

亡き母の優しい声を思い出し、少しだけ切なくなった。

「お皿の上に乗せまして…雨粒ソースを3滴と…」

それにしても不思議な泉だ。水は澄み、不思議に温かい。しかも段々と温度が上昇してくるようだ。

「花の飾りを2つ添え…リボンでくるめば出来上がり!」

トン、と杖を陣の中心に突き刺す。

さざ波が泉の端に達したころ、不意に風が起こった。

(…え…え?えええええっ!?)

反射的に杖を手放して数歩後ずさる。

杖はツバキの手を離れた後もその場に真っ直ぐに立っていた。

湖面が光る。眩しくて目を瞑る。目を瞑っても腕を翳してもなお瞼に差し込んでくる強烈な光。

(まさか、本当に…!)

光はほんの数秒だった。

再び目を開けるとそこには奇妙な格好をした男が立っていた。

「此処、は…」

男は茫然と辺りを見回し、やがてツバキを視界に止めた。

「ツバキ…?」

ぽつりと漏らす。

驚いたのはツバキのほうだった。

「なんで俺の名前…」

「なんでって…え?俺の名前?え?」

遅ればせながら男は混乱状態に陥ったらしい。

「ちょっと待って。そもそも此処どこ?なんで俺此処にいるの?」

混乱状態なのはツバキも同じだ。

なんなんだこの男は。何処から降ってきた。

「異世界に飛ばされたものとしては至極まっとうな反応じゃな!」

ラナンキュラスが何故か満足そうにうんうんと頷いているのが視界に入る。

ということはやはりこいつが勇者なのか。

「いやーさっすが!さすがタキツスベルス家の子じゃ!わしの目に狂いはなかったのー」

嬉しげな声にやっと我に返る。

目の前にいるのは多分勇者だ。あんまり勇者!って感じのムキムキマッチョではない。おそらく認めたくはないが可能性としては勇者であることが高いと言えなくもない。

何故勇者(仮)がこんなとこにいるのだ。

考えるまでも無く哀しいくらい答えは簡単だった。

自分が呼び出したからだ。

では何故このようなことになってしまったのか。

自分には才能など無い。そう知らしめるための手段だったはずだ。実際勇者が召喚されてしまっては逆効果ではないか。

ムカムカと怒りが湧いてきた。

「おい、てめぇ。この勇者」

「へ」

ぼんやりした返事が返ってくる。

間抜けな顔面を思い切り殴り倒した。

「のこのこと…っどの面下げて召喚されやがったんだてめぇはぁあああ!!!」

それがものすごーく理不尽なことは自分でもよくわかっていたけれど。

口の悪いヒロインですが、手が出るのも早いようです。

そんな感じで勇者召喚。

頑張れヒーロー。

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