苦笑
どういう育て方をしたんだと怒鳴ってやるつもりだった。
実際育てたのはきっと他の人間なんだろうけれど。それでも何か一言言いたかった。
ツバキには兄弟というものがいないから、どういうものなのかはいまいちよくわからないのだけれど、それでも一応上の立場であるなら諌めることも可能だろう。
次顔を見せたらそう伝えるつもりだった。
けれどシオンは来なくて。王に呼ばれたあの日から、ぱたりと顔を見せなくなった。
ミモザに聞くのは待っているのかと思われそうで出来なかった。幼稚な意地だと自分でも思う。
悶々としながら日々を送り、気づけば半月が経っていた。
小さなプライドに救いの手を差し伸べてくれたのは、腹が立つことに勇者だった。
「そういえば、ツバキの友達のことだけどさ」
のんびりと何気なく、脈絡もなく放たれた言葉に心臓が跳ね上がる。
「シオンがどうかしたか?」
平静を装いながらさり気なく尋ねる。
「アカシアから聞いたんだけど、ずっと臥せってるんでしょ?いつものことだってアカシアは言ってたけど、やっぱ心配だよねぇ。お見舞いとか行った?」
そういえば、と思い出す。王女は体が弱いらしいと風の噂で聞いたような気がする。その頃ツバキは自分が王家と関わることになるかもだなんて全く思っていなかったから、話半分で聞き流してしまった。
「小さいころから年に何回か高熱を出していたんだって。一度倒れると結構長引くらしいよ。それにしても今回は長いって言ってた。もう二週間だってさ」
二週間。
王と対面したのと同じ頃だ。
そんなに、長く。
知らず知らずのうちに拳に力が入る。
「ツバキ」
「なんだよ」
「鉢植えの花はダメだよ。縁起が悪いからね。ていうか相手お姫様だから、変に何か持っていったら失礼かも」
「なんの話だ」
なにって、とレンは涼しい顔だ。
「行くんでしょ?お見舞い」
「……誰もそんなこと」
「知らなかったでしょ、でも」
ずばりと言われて口を噤む。
「そんで、なんで来ないんだろうって思ってたでしょ。気にしてたでしょ」
わかりやすいんだよツバキは、とレンは苦笑した。
「しばらくあんなに怒った顔してたのにさ。なんか最近不安そうにきょろきょろしてるんだもの。……お姫様が来ないから心配してたんでしょ」
何か言い返そうとして、結局何も言えなかった。
認めるのが嫌だった。
シオンは自分のことを『友達』と言った。『友達』であれば見舞いに行っても構わないだろう。
けれど今のツバキにとってシオンは『友達』ではなく『王の姉』だった。
あんな、民のことを考えない王と血がつながっている人間のことを考えるなんて。あまつさえ心配してしまうなんて。そう思うととても嫌だった。
レンは苦笑したままツバキから目を逸らした。
「むっとした顔してる。……ほんと、意地っ張りなんだから」
そういうところが、と小さく呟いたところまでしか聞こえなかった。
「そういうところが、なんだ?」
「ううん。なんでもない」
レンの顔は相変わらず苦笑のままだった。
「さ、善は急げだ。お見舞い行っといでよ」
急かしながらレンはミモザの方を向いて「いいよね?ミモザ」と確認を取る。
「ええまぁ、そろそろ休憩を入れようとは思っていましたが……」
「だってさ。ほら、準備して」
再びツバキに笑顔を向けたとき、それはいつもの笑顔で。
先ほどの苦笑が頭を掠める。
少し寂しげな色が混じっていた気がするのは、気のせいだったのだろうか。